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5 覚悟

 爆風の方角に目を向けると、遠くの方で黒煙が立ち上っている。

 正確な距離はつかめないものの、5キロ以上は離れていると思われた。


「魔王?」


 思わず口から洩れた言葉。

俺が思い至った時を狙ったかの様に発生した爆発。

 タイミングの良さに、神のような存在が全てを仕組んでいるかのようにも思ってしまう。

 

 偶然に大事故が発生した可能性も当然あり、魔王など微塵も関係ないのかもしれない。


 しかし現状、この場所からでは事実を確認する術はない。


「勇者様! 何故ここに?」


 開けるために手を掛けていた扉が開かれ、先ほどの神父が姿を見せた。


「少し神父に話したいことがあったんだが……」


 そう言いつつも俺は爆発があった方角へ視線を向け、神父も同じように顔を向けた。

 次々に職員と思われる制服を着た人々が現れ、その中にはミサーナさんの姿もある。


「あの煙は? 一体何があったのですか?」

「分からない。だが確証はないがあの爆発には魔王が関わっているかもしれない」

「そんな馬鹿な!」

 

 神父は驚愕の声を上げ、周囲にざわめきが伝染していく。


「詳しい話は後だ。とにかく今はあそこに行かないと」

「そうですね。関所の方なので怪我人が大勢いるかもしれません。我々も救援に行かなくては」

 

 神父はざわついた職員たちに聞こえるように声を張り、治療に必要なものを準備させていた。


「何が出来るわけでもないが、俺は先に行く」

「待ってください」

 

 駆け出そうとした背を引き留められる。


「なんだ? 俺が行っても何も出来ないが、これでも勇者だ。ほんとは行きたくないが、行かないなんて出来るかよ」

「行くなとは言っておりません。むしろ安心しました。あなたになら心からミサを任せられる。シスター・ミサーナ! こちらへ」


 慌ただしく行き来する職員たちの中に声を掛け、その中から蒼い宝石が付いた杖を持ったミサーナが現れた。


「はい神父様。準備は出来ております」

「よろしい。勇者様、シスター・ミサーナを共にお連れ下さい。彼女はこう見えて私以上の神聖魔法の使い手。勇者様のお力になれるでしょう」


 さっき会った時とはまるで別人。

 凛とした瞳を携えて、その身体からは白く輝くオーラが湧き出ていた。


「ありがとう。ミサーナさん、よろしくお願いします」

「ミサーナで大丈夫です」

「俺はカムイ」


 その言葉を最後に、俺と彼女は爆発の方へ向かった。


 俺もミサーナの力は知らないし、彼女自身も俺の力を知らない。

 それでも、ウルフ一匹に死にそうになっていた俺だが、彼女の姿を見ていると不思議と誰が相手でも負ける気がしなかった。




「敵がいないならそのまま救援、敵がもし居た場合、ミサーナが後衛で支援魔法、俺が前衛で敵を倒す。それで大丈夫そうか?」


 足を速めつつも戦うことを想定し、それぞれの役割を話し合っていた。


「はい大丈夫です。しかしカムイ様、その防具で戦うのですか?」

「……」


 そういえば俺が着てるの、くたびれた農民服じゃん。

 もっと言えば俺の武器、何の変哲もないひのきの棒じゃん。


「えーと、カムイ様、防具はそれでも武器の方はどちらに?」

「……」


 完全に足が止まっていた。

 誰が相手でも負ける気がしない? バッカじゃねーの! 誰が相手でも勝てる気がしねーよ


「カムイ様?」

「……これです」


 アイテムボックスから大人しくひのきの棒を取り出した。


「……」


 視線が痛い。見ないで! こんな俺を見ないで!


「馬鹿なの死ぬの?」


 真剣で敬う態度が見て取れたミサーナはもうそこにはいない。

 そっと彼女はこの場から離れると、近くにあった武器屋まで行き、お金を払い鉄の剣を購入した。


「これ貸しだから。あとやっぱ名前に『さん』か『様』つけて」

「はい」


 抵抗などできるはずもない。

 大人しく【メニュー】【装備】を開き、右手のひのきの棒を鉄の剣 攻撃力12 を装備した。


 やったー筋力8+12(計20)になった。

 ひのきの棒の時は8+2(10)だったから、ピッタリ2倍だね! 

 ついでに言うと俺よりも武器の上昇値の方が高いんだね! はい。


「……」

「……」

「そんなわけで、俺が前衛で敵を倒すので、ミサーナさんに後方支援をしていただいてもよろしいでしょうか?」

「そうね。最低限の支援はするから」


 最大限の支援をお願いしたいが、それを望む権利は俺にはない。



 それ以降、互いに無言で足を進めるとその先にあったのは正しく地獄だった。


 元々は石材が積み重なり堅牢な砦だったと思われるものは、無惨にも崩れ去り原型を留めていない。

 その開いた穴からは、ウルフを含め、骸骨や緑の肌の巨人、人型で豚頭の魔物など多くの化け物が入り込み、町の人々を襲っていた。


 その被害は爆発の火炎と共に広がっていく。


(吐きそうだ)


 今も目の前で子どもが棍棒で頭を割られ、ぶちまかれた血と脳の異臭が、少し離れたこの場所にも届いている錯覚を覚える。


「カムイ様! 勇者様!」


 何度も呼ばれたその声に現実へと引き戻された。


 勝てるわけがない。何もできるわけがない。最初から分かっていたことだった。

 それでも何か出来ることがある、勇者にしかできないことがあると思い上がっていた。


 俺は【勇者】なんかじゃなく、ただ普通の高校生でしかないのに。


「無理だ。勝てない。なんで俺が勇者なんだよ! 勇者なんて俺に」


『パンっ!』 


 高く響いた音と共に、頬に熱い痛みが走った。


 涙がこぼれる。いつの間にか泣いていることに気が付いた。

 恐怖で泣いていたのか、叩かれて泣いたのか覚えていない。

 そんな涙をこぼしている瞳を、ミサーナは正面から真っすぐ見ていた。


「なんであなたが勇者かなんて、私が分かるわけない。それでも、どんなに拒絶してもあなたが勇者である事実は変わらないんです! 勝てないかもしれない。死ぬかもしれない。その恐怖は私にだってある。だけど! 傷つき倒れている人を助ける。それが勇者であるあなたと、その力になると決めた私たちの使命なんです!」


 涙は止まらない。勝てるとも思わない。だとしても、たとえ死ぬことになったとしても、助けるために立ち上がらなくてはいけない。


 拒絶しても泣きわめいても、俺は【勇者】だから。


「ありがとう」

「こういう時、ごめんじゃなくて、ありがとうと言える人は素敵です」


 彼女は笑った。


「行くぞ!」

「はい!」


 剣を構え魔物の群れへと駆け出した。


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