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4 勇者と魔王

「勇者様、旅に出るための身支度を整えたいので、1時間後にまた協会までいらして下さい」


 私、ミサーナはこれまでシスターとして生きてきたが、今日からこの顔だけは良いが、何とも頼りない勇者様と冒険に出ることになった。


 しかし直ぐに出発できるものではない。

 これまで10年ほど過ごした協会の寮、出発するためにはそれ相応の準備をしないといけない。

 という建前を掲げ、私は未だ神父様が残る大聖堂に向かう。


 普通に考えて10年間暮らしてた部屋の片づけが1時間で終わるわけないし、協会の信仰心溢れる信者の皆さんが、善意の証(みつぎもの)としてくれたブランド品を冒険に持っていくのは、シンプルに邪魔。


 そんなわけで、寮のマイルームは私専用の物置兼、無料で泊まれる宿になりました。ブランド品はお金に困ったら売ればいいし。




 大聖堂の扉を開ける。重厚な音を鳴らし、開く扉から神々しい光が溢れる。


「ミサーナ。勇者様はどうされたのですか?」


 神父様は寂し気に私を見つめていた。


「旅の支度をするので、また来るように言いました」

「そうですか……」

「……神父様。何故勇者様にあのようなことを?」


 やはりいつもとは様子がおかしい神父様に、単刀直入に尋ねた。


「あのようなとは?」

「勇者様に対して、結構失礼な事を言ってましたよね。いつもの神父様らしくないでしょ」

 

 神父様は神に対し、狂信といえるまでの信仰を捧げている。その神が世界のために遣わしたとされる勇者様に対して、あの不遜な態度は誰が見てもおかしいと思うだろう。


「ああ、私もあの時は酷く動揺しておりまして」

「動揺?」

「ええ。神託の意味、10年前のあのお言葉の真意をようやく理解できたので」


 神父様はかつて皇国で大神官、教皇に最も近い男とまでされていた。

 聖職者でも使えるものは滅多にいない復活魔法を習得しており、この世界で名を知らないものはいない程の英雄でもあった。


 そんな男が王都からかなり離れた町で、10年も前から神父をしているのは神託があったから。


「神託の意味ですか?」

「それは私がミサーナに会う事です」

「はい? 意味わかりません」


 信仰を超えて狂信の次元に行くと、妄言を口にするようになってしまうのだろうか。


「神の神託を受けたとはいえ、王都で大神官を務めていた私が、このような辺境に飛ばされたのはこの上ない屈辱でした。しかしその思いも初めてあなたを見た時に吹き飛んだ。ミサーナ、あなたは神に愛されすぎている。その身から溢れ出る祝福を見た時、あなたに神聖魔法を教える事こそが私の使命だと確信した。そしてそれは今日この日の為だった」


「つまり神父様は、10年間かけて私を勇者様の力になれるよう育てる事が意味だと?」


 そんなことあり得ないとは言えない。


 ただでさえ適正者の少ない神聖魔法。

 その中でも復活魔法まで使えるものとなると、更に数が激減する。


 その適正を持っていた私がいた場所に、十年前神父様が神託を受けて訪れ、死ぬところだった私を助けてくれた。


 勇者様が現れたタイミングといい、偶然と片付けるには無理があった。

 

「ミサーナが使えるのは神聖魔法 ザオエラルまででしたね」

「2回に1回は失敗するほうですよ。100成功するザオリンクは使えませんよ。悪かったですね」

「その年でザオエラルまで使えれば十分です。勇者様と共に旅をすることで、ミサーナならばザオリンクを、その先の魔法も使えるようになるでしょう」


 神父様は私の姿をしっかりと見据えると、普段と変わらない優しげな表情で微笑んだ。


「シスター・ミサーナ。勇者様の傍仕え、細心の注意を払いなさい。勇者様が殺されたという相手、ただの魔物ではないでしょう」

「まあ気を付けますよ。勇者様の魔物(どうてい)にいつ襲われるか分かりませんから」

「……全くあなたは、ミサは10年前から変わりませんね」


 シリアスな会話のつもりだったのだろう。神父様は嗜めることなくフッと笑った。

 

「どうしたんですか急に」

「やはりあなたは優しいですね」

「へ? 何言ってるんですか? まあ優しいのは当然ですけどね。なんたって私はシスターですから」

「ふふ。もう一度言います。あなたは優しく頭もいい、そして才能にも溢れている」


 いつもは滅多に褒めないくせに、偶にこうして褒めてくれることがある。顔が赤く染まっていくのを感じた。


「急に褒めるな! 理由はわかったからもういいです! とにかくもう行きますから」

私は逃げるように協会を出るべく、神父様に背を向けた。

「勇者様には、あなたのその暖かな心がきっと必要です。いつでも帰ってきてください」

「二度と来るか!」

 私は駆け足で協会を出た。


 聞こえていないと思って言ったのかもしれない。でもその声はしっかりと届いていた。


「私の為を思い勇者様に同行してくれた事。私の為を思い戻ってきてくれたこと。私は嬉しかった。ミサ、誰よりも優しさに溢れたあなたに、神のご加護があらんことを」

 


 ようやく私も理解した。信託の理解、それだけ動揺の理由じゃない。

寂しかったのだ。ずっと一緒にいたから離れてしまう事が。


「ありがとう! お父さん!」


 既に扉は締まっている。中に聞こえたかは分からない。それでも私は精一杯、血のつながりはないあの人に届けようと声を出した。


・  ・  ・


「金がない」


 1500G それが今の俺の全財産だ。

 スタート時、元々の金額から全くの変動なし。

 死んだことによるデスぺナも、ウルフを倒したことによるドロップも何もないようだ。経験値は入るのに、お金は入らないってどんなシステム? 


「1時間って何もすることが無いと地味に長い件について」


 カフェに入ろうにも、金がないのに珈琲で450Gは消費できん。


 他にもパン類がいくつかあったが、どれも100G・200Gくらい。

 現実世界の円の相場と差が少ないこの町では、俺の所持金は1500円という事だ。


 とりあえず教会からさほど離れていない広場のベンチに腰掛け、節約兼時間を潰すことにした。


「魔王いないのか……」


 さっきはサラッと流れてしまったが、金がない事よりもこちらの方が重要だった。


 まあ1500円(G)では、飯は買えても宿には泊まれないだろうから、直近ではこっちの方がヤバいんだけど。


 魔王が死んで100年。


 フロー〇やビ〇ンカ、デ〇ラもいた世界で、プレーヤーの誰かが魔王を倒し世界を救った。

 その100年後に俺は来てしまったのか。


「勇者と魔王が相対すみたいな展開にならなくて良かったけど、これつまり元の世界に帰れないってことか……、ってあれ?」


おかしい。どう考えてもおかしい。


 どうしてあの神父やシスターは俺が勇者だと分かった? 確か俺は魔王と戦わない為には、『勇者の称号を誰にも言わなければバレないはず』とか言っていた気がする。


 周囲の様子が急に気になりだし、俺は辺りを見渡した。


 視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線。


 広場で遊んでいた子どもや通りを歩いている大人。その誰もがこちらに視線を向け囁いている。


【勇者様】と。


 バレないはずの【勇者】の称号がバレている。


 考えてみればゲーム中で主人公が、会う相手一人一人の『俺は勇者だ』なんてアピールをしなくても、相手は勝手に勇者と認識していた。


 鼓動が徐々に速まっていくのを感じる。無意識のうちに足を振るい、手にはじわりと汗が滲む。


【勇者】の称号がフルオープンなのは、この際もうどうでもいい。


 倒すべきはずの魔王はもう死んでいる。本当に?


 魔王が倒されたらそれで終わりなんてありえない。

 魔王が死んだとして、その配下は何もせずに敗北を受け入れるなんてありえない。

 勇者が死んでも生き返れるのに、魔王だけは生き返れないなんてありえない。


 魔王がいないはずの世界で、【勇者】の称号を持った俺が現れた。

 それはつまり魔王かそれに準ずる何者かから世界を救うことが、俺がこの世界に召喚された意味。


 証拠は何もないし、ただの思い込みかもしれない。しかし、もしも事実ならば、俺は逃げることを許されずに、勇者として戦わなければならない。


 勝てる気がしない。この世界はゲームであってゲームではない。俺自身の判断力やメンタルがもろに関係し、ボタンを押すだけで攻撃可能な順番に攻撃できるターン制でもない。


 逃げたい。今ならまだ逃げられる。


「あー糞」


 俺は急いで教会へと駆け出した。

 確証がなくても今の様に警戒もなく平和を享受していたら、いずれ取り返しのつかないことになる。


「いつから俺は主人公みたいになったんだ!」


 関係ない奴がどうなろうと興味がない。ニュースで台風や津波の被害を見てもかわいそうと思う程度で、何か出来ることはないかなんて真剣に考えたこともない。


 大抵はそんな奴ばかりで俺もその中の一人だった。


 これが事実でも思い違いでも、可能性を報告した瞬間に俺は引き返せなくなる。

 それでも逸る想いと足は止まらなかった。


 少し前に出たばかりの教会へ戻り、その扉に手を掛けた時。


『ズーーン!』

 耳の奥を刺すほどに強烈な爆発音が響き、爆風が空気を揺らした。


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