3 シスター
「消えた⁉︎ 死んだのか!」
「わ、分りません。伝承では消えるなど……」
「勇者は確かに殺したはずだ。それだというのに」
???は周囲を見渡した。青々と広がる草原。ただの一色しか、そこにはない。改めて自身の持つ禍々しい鎌を見るも、血液や四肢の欠片も残っていない。
「勇者はまだ死んでいないやもしれん」
「そんなまさか、奴は真っ二つに切り裂かれたはず」
「報告するぞ。勇者が再び現れたと」
灰色の肌の大男と黒に限りなく近い肌の男。彼らは自らの背から羽を広げると、大地から飛び立った。
・ ・ ・
(おー勇者【カムイ】よ。死んでしまうとは……)
「あがああっー」
箱の中で反響する叫び声と、同時に『ガゴッ!』と鈍い音がする。
「……なさ、け、ない」
「……起きてきませんね。死んじゃいました?」
「いやいやまさかまさか」
顔を見合わせる聖堂服を纏う壮年の男性と、シスター姿の金髪美少女。
ここは協会。
二人の前にあるのは、黒紫の重厚な石製の箱に純白で十字が装飾された、世間一般で言うところの棺桶だった。
「神父様。棺桶の蓋外した方がいいのではないでしょうか?」
「そ、そうですね。そのようにして下さい」
その言葉に、神父もシスターも動くことはない。
「シスター・ミサーナ。棺桶の蓋を……」
「女の私にこんな重い蓋、持てるわけないじゃないですか」
上の立場の者からの指示を、彼女は普通に拒んだ。
「そうですよね。では私も持ちますから、手伝っては頂けませんか?」
「か弱い女性に重いものを持たせようとするなんて、神様はそんな世界を作りたかったのでしょうか」
上の立場の者からの指示を、彼女は理屈をこねて拒んだ。
ワザとらしくその豊満な胸の前で手を合わせ、そっと目を瞑り祈るように。
神父はそっと少し手が沈んでいる胸から目を逸らしつつ、大きくため息をついた。
彼女のいつも通り怠惰な性格と、全ての行動が彼女の計算ずくだと分かっていても、これ以上強く言う事の出来ない自分自身の弱さに。
「……分かりました。私一人で持ちます」
石製の蓋の重みは、50kg以上はある。神父は横から蓋を滑らせ、なんとか蓋を動かすことに成功した。
その間、神父からシスターに向けられる視線を、彼女は一切気にすることなくスルーした。
「これ死んでますね。まああれだけの衝撃で石の棺桶に頭突き決めれば、それはそうなりなすよね(笑)」
「ぜぇー、こっこれ! ぜぇー、勇者様に、対して、ごほっごほっ、そのような……」
「水をお持ちいたしましょうか?」
流石に老体に鞭打つ姿を見て思うところがあったのか、彼女にしては珍しく自分から行動する意思を見せた。
打って変わったように真摯な態度で、まるで聖女のような微笑みをみせる。
初めて彼女を見た殆どの男性は、彼女にコロリを落ちてしまい、最終的には全ての財産をつぎ込んでしまうという。
「ふー……。いえ、大丈夫です。落ち着いてきました。ところで、お願いですから勇者様に対して失礼のないように」
「りょーかいです♪」
「全く信用できませんが」
「いやだなー。神父様も知ってるでしょ。私が初見の人には穢れなき美人シスターで通してるって」
「それはそれで別の問題が発生してるんですが!」
彼女に惚れて散財したり、行くところまで行って離婚までしたりした信者たちが、ほぼ毎日協会に抗議や求婚しに来る。
そして抗議をしに来た人達と、求婚に来た人たちで乱闘になる事も珍しくない。
その日はもはや聖書を読み聞かせたり、炊き出しをするどころではない。
それもあって彼女を一度、協会の寮で謹慎させたこともあったが、それを知った信者が、協会に魔法を打ち込んできたこともあった。
「そんなことより勇者様、そのままでいいんですか? 頭から血流したままですよ」
「……もちろん今すぐ蘇生するつもりでしたよ」
「忘れてましたね(笑)」
「覚えてましたとも。忘れるは……」
「勇者様の顔って結構イケてますね。水も滴るいい男ってね」
神父の言い訳を遮るように棺桶の覗き込んだ。
「突っ込むなら最後まで突っ込んでから、別の話題に移ってください! 忘れてましたよ。こんなことで私が嘘をついてしまうなんて……。あと水ではなく、滴っているのは血液です」
自らの罪に懺悔しながらも、律義に突っ込んでいた。
「【ザオリンク】おー勇者【カムイ】よ。死んでしまうとは情けない」
「そのセリフ毎回言うんですね。死んだ相手に情けないって、容赦なさすぎでしょ」
「私だって何でこのように言うのか分かりませんよ。伝承では勇者様復活の際は、このように言うとあるのです」
「へー、そうなんですね。まあ確かに、あれで死ぬのは情けないですしね。いや不甲斐ないって感じですか」
その言葉をまだ目を覚ましていない勇者に、聞かれていないことに神父は安堵した。
「こ、これシスター・ミサーナ。勇者様に対してそのようなことを言ってはなりません」
「そもそも本当にこれ勇者様なんですか? あれで死ぬのは弱すぎでしょ。まあ私も死にますけど」
「私だってあれは死にます。しかし本当に、どうして勇者様が再び現れたのでしょう?」
二人は揃って首をそろえる。
なぜなら。
「魔王はもうこの世界にいないのに」
そして絶叫が協会に響く。
「あがああっー」
その叫びに二人は何となく顔を見合わせると、揃ってにこやかな笑顔を顔に張り付けた。
・ ・ ・
「あがああっー」
切られた。殺される。
とにかく逃げようと這いずるように走ろうとして、『ガツッ』と鈍い音がした。
「ごふっ」
顔全体に痛みが拡がり、弁慶の泣きどころには鋭い痛みが走った。要するに何かに足を取られて、顔から転んだらしかった。
冷たい床が心地よく、顔の痛みが和らいでいく。
痛みと心地よさに、切られた恐怖とかもうどうでもよくなっていた。
「……」
「……」
視線を感じて体を起こすと、そこには白髪交じりの壮年の神父と、金髪巨乳でシスター服に身を包んだ超絶美少女がいた。
「エロい」
清楚で清廉なシスターだろうと、それが金髪美少女でしかも巨乳。
男子高校生として、それ以外の言葉は不要だった。
「……」
「……」
「……」
転げたままの姿勢の俺を、見下ろしたまま何も言わない二人。
そして無意識に口走ってしまった言葉。
「死にたい……」
転んだこととか、何なら異世界転生すらどうでもいい。ただただ死にたくなった。
何もかもどうでも良くなった俺は、誘導されるがまま椅子に座り、問われるがまま何があったのかを話した。
「…………そのあと、よく分からないんですが、多分後ろから体を真っ二つにされて死にました。そして気づいたらここに」
話しているうちに徐々に冷静になり、色々なことを考える余裕ができた。
まず一つ目は、俺が生きているということだ。
どうやらこの世界で死んでも、協会で生き返ることが出来るらしい。
これに関しては実際に死んでみるなどの実験できなかった。あのまま死んで生き返れない可能性も十分にあったのだから。
二つ目が、今いる場所は協会、つまり何処かの町の中だということだ。
あのまま草原を彷徨っていても、結果的に迷子になって今と同様な末路を辿っていただろうし、優柔不断な俺ではどちらに行くか選択することは出来なかっただろう。
「それはとても大変な思いをなさったのですね。……一つ言わなくてはならないことがあります。勇者様が元の世界に帰る為には、魔王を倒さなくてはならないようですが、魔王は百年ほど既に勇者様によって倒されています」
今なんて言った? 魔王が倒されてるとか言わなかったか?
「そうなんですよ。もう大変でこれからどうしようかなーって感じです」
「魔王は百年ほど既に勇者様によって倒されています」
俺は何も聞かなかった。シスターさんのエロ、じゃなかった。可愛さだけを考えていればいい。
「それにしてもシスターさんは……、どのような仕事をしてるんですか?」
「魔王は百年ほど既に勇者様によって倒されています」
可愛いとか、綺麗、みたいなことを言って、お近づきになりたかったが、俺の口の熟練度は何処まで行っても男子高校生(陰キャ)らしい。
「そうですね。普段は協会へ足を運んでくださる方を、あるべき道へと導くことや、貧困に苦しんでいる方へ、炊き出しをするくらいです。後は空いてる時間を見つけては、協会を清掃することでしょうか?」
「魔王は百年ほど既に勇者様によって倒されています」
「素晴らしいですね。私も貴方のように素晴らしい人間になりたいです」
見た目だけではなく、中身もエロ、じゃなくて美しいらしい。
いやまあ、別に中身がエッチなのはシスター的に逆にポイント高いから、むしろ推奨したい。
「いえいえそんな、私なんてまだまだですよ。精進する毎日です」
「魔王は百年ほど既に勇者様によって倒されています」
「……」
「……」
「魔王は百年ほど既に勇者様によって倒されています」
「分かってるよ聞こえてるよ! 昔のRPGの村人Bかお前は!」
『ここはホイミン村です』みたいな。でもそっか、魔王居ないのか。
「魔王は百年ほど既に勇者様によって倒されています」
「分かってるって言ってんだろ! 最近はめっきり見なくなった天丼芸人かお前は!」
「失礼しました。勇者様がRPGや芸人などと仰るものですから、頭がおかしくなってしまったのではと、要らぬ心配をしてしまいました」
「そこはかとなく馬鹿にしてないか? まあRPGとか芸人とか通じないこと言った俺も悪かったが」
「ところで勇者様。私お嫁にするならフ〇ーラがいいです」
「RPG知ってんじゃん。ていうかこの世界で百年前の人だろ人! もう死んでるし、あんた見たことあっても、フロ〇ラおばあさんだろうが! まあ今のあんたの年齢的には丁度いいのか。何歳になったって人を好きになる権利はある。色々言って悪かった」
でもそっか、フロー〇おばあさんになっても美人なのか、流石ヒロイン。ちなみに俺はビアン〇選ぶつもりでした。
「いえ、私が彼女に惹かれたのは12歳の頃なので、彼女は60歳くらいだったと思います」
「権利ねーよ、あるわけねーだろ! どんだけ熟女好きなんだ。あと数字の言い方! 芸人知ってんじゃん! てか何で世界のナベアツ? ブームとっくに過ぎてんだよ!」
「な~に~、やっちまったな」
「クールポコ! さっきから古いんだよ! ひょっとしてあれか、このゲーム発売時のネタしか知らねーのか! あとその話し方ヤバいから、似合ってないどころかキャラ崩壊しすぎて、ス〇エニにクレームの電話殺到するぞ!」
二人ともかなり昔にブーム過ぎてるのに、名前スッと出すぎだろ俺。
異世界転生の副作用で頭の回転早くなってるのか?
そもそも俺ってこんなにツッコミするタイプじゃないからね。クラスの隅で影薄くしてる陰キャだからね(って言ってるやつ、実際かなりウザいツッコミ属性な件について)
「どうもすみませんでした!」
「……」注・俺
「……」注・シスター(途中から空気)
「響です」
「ネタかよ! 分かりずらいんだよ! 謝ってんのかネタやってんのか、もっとはっきりしろよ!」
どうやら異世界転生の副作用では無かったらしい。異世界転生特典で頭が良くなるのは大歓迎なんだが。
そもそも何で俺こんなオッサンと長々と関係ない話してるんだ? 誰も求めてないし、話すならシスターさんと話したいが。
えーとなんだっけ?
確か魔王がもう倒されているんだったか。そろそろ本筋に戻らなければ。
「魔王がもう死んでいて、それから約百年経っているって話でしたっけ?」
魔王を倒す必要が無くなったということだが、同時に元の世界に帰るための手段が分からなくなってしまった。喜べばいいのか悲しめばいいのか分からん。
「ようやく本筋に戻りましたね。全く勇者様が脱線するから」
「俺の所為か! 俺の所為かもしれないけど、あんたも同罪だろうが!」
もしかしたらこの神父、俺の心内を察してワザとこんな態度をしているのかもしれない。
途中から魔王のこととか、元の世界のこととか、どうでも良くなってきてるし、そう考えると一見頭のおかしい神父のボケも、彼なりに俺のことを励まそうとしているように思えなくもない。
「……とはいえ勇者様も、異なる世界でお一人では何かと不安が尽きないでしょう」
無視か。こいつ結局俺一人の所為にしてないか? やっぱ励ますとか微塵も考えてないな。
「まあそうですね」
「ですがご安心ください。このシスター・ミサーナが、勇者様と共に旅をし、傍でお支え致します」
考えてました!
今更だが名前すら知らない神父様は、本気で俺のことを考えてくれていた。
美少女と一緒に旅に出る。
そのフレーズにテンションが上がった俺は、そもそも旅に出ることが確定してる事に気が付かない。
「はあ⁉︎ 何で私が! 無理、絶対無理。よく知らないけど、この人絶対弱いじゃないですか。私お守はご免です。そもそも」
「シスター・ミサーナ」
ミサーナの声を神父は遮った。
「なんです? 何度でも言いますけど、私は嫌ですから」
「そうではなくてですね。勇者様が泣きそうです」
その声に振り返ったミサーナの先には、若干涙目になっている俺がいた。
「そうだよね……。俺なんかと一緒は嫌だよね。一瞬舞い上がっちゃってごめんなさい。もう死にます」
「……」
「困っている人がいるのならば、その人に手を差し伸べるのは人として当たり前のこと。その当たり前を人々に導くことこそが、我々の仕事であり神様の教えなのです」
「だったら私、シスター辞めます」
真顔だった。
「そんなに嫌ですか! まあ確かにあなたの性格では嫌がるだろうとは思いましたが、で、ですが勇者様かっこいいですよ、あなたの大好きなイケメンですよ」
ゲームの主人公キャラなんだから、かなりイケメンだと思うが、説得の仕方それでいいのか? 全く神の教え関係ないだろ。
「……確かに。かなりかっこいいし、よくよく考えれば私のタイプかも」
食いついた⁉︎ イケメンに食いつくのか!
このシスター見た目と役職に対して性格が合ってなくないか? 初対面の対応と全然違う。もしかしてこの女、本当はビッチでは?
「なあやっぱり俺一人……」
「そうですかそうですか。あなたはこれから勇者様と共に旅に出て、この世界を救うのです」
「遮られた! それに魔王倒されてんのに、誰から世界救うんだよ」
「おっと。そうでした、魔王は既に倒されているんでした。ともかく、シスター・ミサーナ。あなたはこれから勇者様と共に行動し、勇者様の力となるのです」
「……」
断ろうとする声は、俺の童貞によって封殺された。
確かにどう考えても清楚系ビッチ臭がするシスターと、これから一緒に旅するっていうのには抵抗あるよ。
今後troubleの予感しかしないし。
でもさ、それはそれでよくない?
パーティーメンバーがビッチ、いやエッチで、しかも美少女。それは最高な天国だと囁く、俺のSONも確かにいるわけで、正直T〇L〇ve的な展開を少しでも期待している。
全ての決定権が彼女の意思に委ねられ、二人の視線がシスターへと向けられる。
「うーん。まあいいですよ。実際そんなに嫌というほどではないですし」
「軽くないですか? さっきシスターを辞めるとまで言っていましたが、まあその気になってくれたのならいいです」
「それじゃー勇者様。これからよろしくでーす」
「よ、よろしくお願いします」
おれは内心の下心をどうにか隠し、神父はギャルの如く軽い彼女の態度にため息をついていた。
きっとこの神父さんは、このシスターさんの二面性に散々苦労させられてきたのだろう。
分かっている。俺だって苦労させられることは容易に想像できる。だがそれもいい。
美少女にこき使われ苦労させれるのは、むしろある種ご褒美(ドⅯじゃないよ)。
魔王もいない何をすればいいか全く分からないこの世界。
いつの日か真の男になって、一皮むけることを目標に生きていくことにした。
途中本筋とは一切関係のないネタがありましたが、あれらのネタはこのゲームが発売されたという設定の2008年に流行した、一発屋芸人たちのものです。