2 現状把握
基本的な主人公の現状を説明してるので、かなり説明的かもしれません。
俺の名はカムイ。年齢は一七歳、性別は男。
受験戦争を生き残るべく、身を粉にして勉学に勤しむ俺は、チャラチャラした毎日が日曜日の大学生なんかより、余程しっかりした大人と言って良い。
そんな大人(自称)な俺は、勇者(他称)として世界を救うべく異世界へと旅立ち(強制)、孤高の戦士(孤独)として今日も彷徨って(迷子)いた。
はい。そんな訳で迷子じゃい。
辺り一面草原が広がり目印は何もない。はじめの一歩でおおよその運命が決まると言っていい。
多分普通のRPGでは、スタート地点から最初の町村まで二十ブロックくらいで到着するはずなのだが、一ブロックって現実だと何歩分だよ……。
「まじで何の目印も無いのな。普通もうちょっと何かあってよくないか? 何なら木でも岩でもいいぞ。あ、でも危ない系は勘弁して下さい」
足元に転がるウルフの死体を目の端に入れつつ、独り言は止まらない。
そもそも口を動かす前に足を動かせよって話だが、名前決めの時同様こんな時でも優柔不断な為、スタート地点から一切動いていない。
足が動かないなら手を動かせ、ウルフの死体を処理しろよとも思うが、大抵が『俺、本気出せば喧嘩強いから』とかイキってる、実際はモヤシな日本男児。
ウルフどころか猫の死体、何なら魚だって捌けないし触れない。
ウルフ? 無理に決まってんだろ。近くにだって居たくない。
そこから離れればいいって? ハイ無理。
どっち行けばいいか決められないのもあるが、こいつ無かったら、飯どうすんの? 捌けないし火もない時点で、どちらにせよ無理ゲーなんだが、最悪これ食うんだからもう離れられないよ一生。
「あー臭い。血生臭い。そろそろ腐ってきてるのか、腐敗臭もしてきてる気がする」
そんなわけで無限ループ。
【どっち行こう】→【決められない】→【死体臭いし離れたい】→【飯がない】→【捌けないけど離れられない】→【離れるとしたらどっち行く?】→【どっち行こう】……。
「そういえば、ゲームだと倒した相手は何やかんやあって、アイテム的なのになったりするのでは?」
普段RPGやらないし、やってるゲームもスマホのパズルゲーくらい。
よくやる人だったらすぐ気づくことを、この時点でようやく気が付いた。
「アイテムってことは」
【メニュー】
脳内でメニューを開くと一番上に、【カムイ】♂【レベル2】【職業 無職】【称号 勇者】とある。
勇者の称号にも、形容しがたい謎の感情が生まれるが、無職っていうもの心に刺さる。学生なんて無職みたいなものだけど、本物の無職はこの表示に対して運営を訴えたりした人もいたかもしれん。
ちなみに【カムイ】という名前はまあまあカッコいいと思っている。
名前等の下には、【ステータス】【スキル】【武技・魔法】【装備】【アイテムボックス】【マップ】【設定】とあった。
一番下の【設定】は開くことが出来なかった。
先ほどの選択肢と差があるのは、戦闘中と通常時では異なるかららしい。その辺の線引きもいまいち分からないが、戦闘中に装備変えるとか無理なのだろうか?
【アイテムボックス】
「薬草×3のみか……。これって選択したら普通に出てくるのか、それとも消費されてしまうのか。
今HP満タンだから消費するの勘弁してほしいが、今後のことを考えたら確認しないわけにもいかないよな」
「【薬草】」
『ふさっ』
手の平にほうれん草によく似た草が握られていた。
その瞬間、アイテムボックスに関する知識が頭の中に流れ込んでくる。
元々何となくではあるが、大まかな使い方は理解できていた。その感覚だけで使っていたものに、知識としての情報、いわゆる取扱説明書が入り込んできた感じだ。
ウルフを倒した時に【武技・魔法】を選択し、攻撃できたのは元々感覚で理解していたからで、攻撃直後に【武技・魔法】の知識としての情報が流れ込んでいた。
「なるほど……」
俺はウルフの死体に手をかざし、仕舞う事を念じると草原からウルフの死体は無くなった。触らなくても出し入れ出来るのは、精神衛生上とても素晴らしい。
残ったのは手に握るほうれん草(薬草)のみ。いやこれも仕舞うけどな。
「アイテムボックスって、思いのほか使えない説あるぞこれ」
改めて【メニュー】を開き、【アイテムボックス】を選択する。そこには薬草×3とウルフ×1とある。
本当に確認しておいてよかった。しなかったら死んでたかもしれん。
無事ウルフを収納できたのは凄いし、この中ではアイテムが劣化しない。
つまりウルフがアイテムボックスに中で腐る事がないわけだ。ちなみに生きてるものは入れられない。
そして収納の上限もない。ここまでは凄いを通り越してヤバい。
腐らないなら冷蔵冷凍庫いらないから、家計にも優しい。
使えないのはほうれん草の方。
これをどうしろと? そのまま食べればいいのか?
現代の若者は、そもそも野菜嫌いだし。それよりも戦闘中にこんなもの食ってる暇ねーよ。
食ってる間にこっちが食われるわ!
今後の課題として、飲む系の回復薬がないか調べる必要がある。
「アイテムボックスに関してはこれくらいか」
最初に流れ込んできた知識以外は、実際に試してみないと分からないという現状、今は試すためのアイテムがウルフと薬草しかない為、これ以上の実験は出来そうもない。
「上から確認していくか」
【ステータス】
実際に使ってみないと、機能に関する知識は得られない。とりあえず上から順に試すことにした。
【ステータス】には、HP・MP・筋力・魔力・物理防御力・魔法防御力・素早さの七種類があり、その横に数字が二つ並んでいる。筋力8+2 といった具合に。
軒並みステータスは低いが、魔力と魔法防御力の数値は見方と時代によっては、女性の憧れエンゲージリングに見えなくもなくもないとだけ言っておく。
「これどうしたら使ったことになるんだ? 見る以外にすることが無いのだが……」
恐らく最初の数値が、レベルによって上がる元々の能力値で、+の後の数値が装備とか付属品によって増加する能力値ってことだろう。筋力の+2って【ひのきの棒】の攻撃力だと思うし。
「……ということは、武器を装着すれば使ったことになるのでは?」
俺は地面に転がっている【ひのきの棒】を見つめる。
……いや装備してなくね? 武器転がってるじゃん。
自然に溶け込んでるけど。このまま放置したら、微生物的なのに分解されてそう。
【メニュー】【装備】
「改めてみると何とも貧弱なことで」
頭・上・下・足・右手・左手(使用不可)・アクセサリーが2カ所(内1カ所は使用不可)の計8カ所。上下が【くたびれた農民服】で埋まり、右手に【ひのきの棒】。
「空白が頭・足・左手・アクセサリー×2っと。足って靴はちゃんと履いてるけどな。ステータスに反映されない装備は、身に着けても装備したことにならないっとことか?」
新たな発見をしつつ、俺は既に手放している【ひのきの棒】を、右手の装備から外すことを選択する。
見た目上では一切の変化は見られない。
しかし、【装備】に関する知識に加えて、筋力値が変化したためか【ステータス】の知識も流れ込んできた。
「なるほど」
【装備】に関しては思った通り、外したことで使ったという扱いになった。
つまりこれまでの物理的に外したままでは、破損しない限り装備したままの扱いになるらしい。離れた時の限界は分からない。
装備品も上限数が8個と決まっており、レベルなどのよって使用不可の場所は解放される。
つまりインスタ勢(草)みたく、ゴリゴリにメイクアップしたところで、ステータス上昇に反映されるのは装備された8個まで。
そして、【ステータス】。
変化がない装備はそもそも装備することが出来ず、逆に最強装備を手に持ったり着たりしても、装備しないと紙切れのように意味を成さない。
この仕様が【アイテムボックス】とかの仕様に比べて、リアルとの矛盾を孕んだあたりが一番ゲームっぽい。
オリハルコンの防具を今の俺が着てても、ウルフにでも噛まれたら死ぬって事とか。
【ステータス】は先ほどの考察通り、最初の数値が装備をすべて外した時のパラメーターで、+の後の数値が装備品を合計した時に上昇する数値ということだ。
新たに分かったことは二つ。
一つ目は、ステータス上昇系や妨害効果は、その効果が持続して間には、最初の数値に反映されるという事。
しかし戦闘中に【ステータス】の表示無いよね? 選択しになくても頭で思い浮かべれば見れるものなのだろうか? これもそこまで重要ではないけど調べる必要がある。
そして二つ目はかなり重要なことで、今の俺のレベル2というのは、職業レベル、つまり【職業 無職】としてのレベルが2という事。
加えて職業レベルボーナスによるステータス上昇があり、例えば【無職】の時にレベルを10まで上げた後、他の職業に転職した場合は、(レベル1につき1の全ステータス上昇)素のステータスに10の数値が追加される。
流れ込んできた知識によると、転職できる場所【ヴァルセイユライト皇国 パレスティア神殿】とやらにあるらしい。
「なるほど、分らん。てか長い」
直ぐに固有名詞を覚えられるほど、優秀な頭脳はしてないが、頭に流れ込んだ知識だから普通に覚えることができた。しかし長いのでハローワークに命名。
この世界の地理を知っているはずもなく、試しに【マップ】を開いてみるも現在地以外は真っ暗。
特に文字も記されておらず、ハローワークの場所も、今いる場所の地名も分からなかった。
【マップ】には一つも選択肢が無いため、使う事が出来そうにない。行ったことのある場所は記録される以外にわからなかった。
あと残りは【スキル】なんだが【スキル】ってなんだ? 【武技・魔法】と何が違うんだ?
スキル覧は現在空白。【マップ】同様、選択肢が無いために知識を得ることが出来ない。
【武技・魔法】は、単純に戦士職がレベルを上げると覚えられる技が武技、魔法職がレベルを上げると覚えられる技が魔法だ。
現在得られる情報では、スキルの正体もよく分からないし、現在地もよく分からない。
見られそうな項目を全て見たが、結局のところ、これからの行動の指針になりそうなものは、何一つ得られなかった。
ついでに上げれば、このゲームの世界観もよく分かっていない。
「こんなことのなるなら、最初のプロローグ真剣に見ておくんだった。まあ見ててもこれからの行動も、本当に魔王を倒せば元の世界に帰れるかも分からなかっただろうけど」
再び苛まれる不安。
そもそも魔王を倒すことが100不可能だけど、倒したら帰れる保証もない。全てが想像でしかない。
ただでさえ【メニュー】の操作で散漫になっていた注意力が、先の見えない未来から更に散漫になっていた。
だから見落とした、近づいていた影に……。
鮮血が宙を舞い、青い空と爽やかな草原に鮮やかな赤を描く。
何があった、誰にやられた。
そんな思考は背を引き裂かれた痛みを前に、考える気力も必要すらも失わせた。
切られた瞬間に意識を手放していた。しかし身体は首から斜めに真っ二つにされたことは理解した。
俺、神宮蓮こと【勇者 カムイ】死んだ。