16 監禁
黒ずんだ煉瓦の壁の薄暗い部屋の中。
どこだここは? 何があった? 監禁されているのか? リリスは無事なのか? ミサーナはどうした?
考えることは沢山あった。
考えなければいけないことは沢山あった。
「ああああああああああー!」
それなのに俺は、ただ叫び声を上げているだけだった。
意識を取り戻したことで、全身を一気に駆け抜ける激しい痛み。
それを紛らわせる為だけに発した、全く持って意味のない行為。
きっと叫び声を聞いて、誘拐犯が来てしまうだろう。
そうなる前に、ここから抜け出す方法や、リリスの目を覚まして現状把握をするべきだった。そんなことは分かっていた。
それでも、痛み、恐怖、不安が、俺を勇者カムイではなく、普通の高校生 神宮蓮をさらけ出した。
絶叫が響き渡り、牢屋の鉄格子の向こうが騒がしくなる。
俺の声に、リリスも目を覚ました。
完全に失敗だった。
鉄格子の向こうから、ドラゴン〇ールGTの三星龍と四星龍みたいな二人組が、姿を現した。
彼らと違うのは、その肌の色が灰色と黒色という点。
あからさまに、私たちは悪者ですというその姿。灰色の肌の男が手に持った、拷問に使うと思われる棘の付いた鞭。
その姿を見た俺の身体は震えていた。
「……」
(どうしよう。笑いそう)
全身タイツで身を包み、SMプレイに興じる変態にしか見えない。
くだんアニメでは、あの姿でも敵キャラとして十分に見れたし、四星龍においては最後に感動的な男気を見せた。
それなのに、いざ現実で似たような姿の変態を見せられると、滑稽過ぎて笑いを堪えるのに精一杯。
恐怖とか痛みとかは、何処かに消えていた。
それどころか、八つ当たりだが俺の叫びを返して欲しい。
まあ似たような奴で、魔人ブウ(悪)は普通に怖いから遠慮願いたいけど。
黒色と灰色がこちらに目を向けて何かを話していた。
この話が終わると、『ようやく目を覚ましたようだな』から始める拷問生活、に突入してしまうに違いない。
こいつらはこんな見た目だが、気が紛れているとはいえ、体中が普通に痛い。
何がなんでも、そんな生活を始めさせるわけにはいかない。
「よう「ああああああああああああああああああああああ」話を「あああああああああああああああああああああああああああ」一回落ち着きま「ああああああああああああああああああああ」悪かったから「あああああああああああああああ」一回手錠外しますから!」
冷静になってしまった俺は最強。
身をよじり体を震わせ、目の端に涙を浮かべながら、恐怖の雄たけびを上げる。
最強な俺には、恥じも尊厳もない。
俺は手錠を外され、服を用意され、フカフカなソファに座らされた。ついでにリリスも。
(あー、ラッキー。こいつらが親切で助かったー)
……俺が言うのもなんだが、意味わからん。
ここが何処かも、この人?が誰かも知らないけど、展開が馬鹿過ぎて、仮にこれが俺主役の映画とかだったら、みんなレビューは星1.誰も円盤買わないと思う。
「え~と~。言うほどお久しぶりという訳ではありませんが~、お久しぶりです~。カムイさん~、こちらのお二人は~、魔族の準幹部~グラスさんと~、グラスさんの配下の~イフェクさんです~」
肌の黒い方を指さし、グラスと、肌の灰色の方を指さし、イフェクと、リリスは紹介した。
「私はグラス。よろしく」
「イフェクです。よろしくお願いします」
グラスはそう言うと、俺の方に手を差し出した。
「これはご丁寧にどうも。俺はカムイです。一応これでも勇者やってます」
俺たちは握手を交わした。
「……」
「……」
「……」
「いやおかしくない?」
どう考えてもおかしいって。
この人たちっていうか、この魔族たちって魔族じゃん。
トートロジーっぽいけど、言いたいことはそこで、魔族だよね? つまり敵だし、リリスが裏切った相手だよね?
魔族が勇者相手に、よろしくしたら駄目でしょ。
「何がだ?」
「?」
「~?」
「……一応確認したいんだけど、魔族と勇者って敵同士だよね?」
三人は顔を見合わせると、こいつ何言ってんの?みたいな顔で俺を見てきた。
「その通り。我々とあなた方は敵同士。決して相容れることは無い」
「リリスとイフェクさん?も、めっちゃ頷いているけど、さっき握手したよね? 敵同士とか言ってるけど、敵対意識低すぎだろ」
「そんなことないですよ~。ちゃ~んと~、私はこの魔族たち嫌いですから~」
「その通りだな。私も周囲を飛び回る羽虫に、向ける程度の嫌悪感を、この羽虫にも抱いている」
「……そうですか」
リリスのほんわかした口調と、グラスさんの分かりずらい言い回しの所為で、敵対度合が全く分からない。
「それに草原で勇者を殺したのは、私だ」
「凄まじく敵じゃん!」
「だからそのように言っているではないか」
言ってはいるけどさ、こいつら見てると全然そうは思えないんだよな。
ガチな勇者と魔王のバトル漫画じゃなく、魔王と勇者のゆるゆるなギャグ漫画の世界線にいるみたいな。
「敵同士なら、あの手錠外してよかったの?」
あんな無様を晒しておいてなんだが、あの時叫びを無視して折檻することは出来た。
「構わない? 最初から直ぐに外すつもりだったからな」
「はい?」
「最初から直ぐに外すつもりだったと言っている。手錠に繋がれたままじゃ痛いだろう」
「痛いだろうって、拷問してたんだから、痛いとか今更だろ」
その言葉に魔族二人は、何のことか分からないという表情を見せた。
「拷問してたよな? 体中傷だらけで結構痛いし」
「してないな」
「していません」
「その傷は、あの蔓を切った時のものだ。あの強靭な蔓は、我々はどれほど剣を振るっても、強力な魔法を使っても、最終的に切ることは出来なかった。忌々しいことにな。次第に過激な方法で切断を試みるようになったのだが、その際に傷つけてしまった。悪かったとは思っている」
「……なるほど。まあ切ろうとして付いた傷なら仕方ないか」
ミサーナの魔法すげーな。
剣が素人のミサーナならともかく、普通に剣と魔法が使えるであろう、魔族の技でも切れないとか、あんな状態の俺たちでは切れないはずだ。
じゃーミサーナの蔓を切ったアイラは何者なんだ? 精霊が切ったと言っていたが、それほどの技術を隠すために、嘘をついたのか?
何のために?
能ある鷹は爪を隠す。
単純に自身の爪を隠したかったのか?
もしかして俺とリリスを、ミサーナから引き離したかったんじゃ……。
「質問なんだが、ミサーナはどうした?」
「その質問に我々は、交わした契約によって答えることが出来ない。しかし、今こうして勇者と話す場を設けた目的を聞けば、間接的にだが答えが見えてくるはずだ」
それからグラスは、近づいてきた目的、自身の事を話した。
『私はこの世界がつまらない。
敵である人間は、歳月を重ねるごとに弱体化。
魔族内でそれなりの地位を得ている私だが、所詮はレベルもステータスも持たない雑魚。
魔王を始め、周囲を囲む六名は、強さに変わりがない。
恐らくレベルが頭打ちなのだろう。
勇者には職業があり、際限なく強さを求めることが出来る。
しかし今の魔族には、最早何の価値もない。
強いだけだ。
私はこの世界を変えたいのだ。
世界を変えて、魔王を倒した後のことに、興味はない。
それは恐らく、勇者も同じだろう。
世界を魔王から救った。
その後、世界をどのように導くかなど、考えて剣を振るっていまい。
所詮はそんなものだ。
革命と言えば聞こえはいいが、革命の後にどうなるかなど、事を起こした当人たちは特に考えない。
現状に嫌気が刺した、自身の利益の為、何を思っていても、世界は流れていく。
止まったままの世界には、崩壊も創造もない。
長々と話したが、要するに私の手を取れ。
魔王を倒し、世界の針を進めるために』
そう言って、グラスは俺に再び手を伸ばした。
「……」
世界を変えたい。
それも何か明確な最終目的がある訳でもなく、ただ世界がつまらないから、とりあえず魔王を倒したい。
そんな目的の為に、手を貸すなんて出来ない……っと拒絶することは簡単だ。
だけど俺は、正義とかくだらないものの為に、魔王を倒そうとしてるんじゃない。
俺だって、自分も目的の為、倒せたら元の世界に帰れるかもしれない、そんな程度の覚悟でこの冒険を始めた。
つまらないから、世界を変えたい。俺なんかよりも、余程しっかりした理由に思える。
相手が魔族だろうと、目的が違えど、その通過点が同じならば、手を取っても俺は構わなかった。
「ふっ、まあ直ぐに答えが出るものではないだろう。もう一人の仲間と、相談する必要もある。再び会う時、答えを聞かせてくれ」
グラスが伸ばした手を引き、キザに笑った。
「結局ミサーナがどうしたのか、分からないんだが?」
「そうだな……。何故、どうやって我々が、このような遠回りをして、勇者との会談を設けたと思う?」
「何故? どうやって?」
「そうだ」
何故?
遠回り。確かにそうだ。
こんなことをしなくても、普通に話かけ……たら絶対に戦闘になるな。
協力を持ちかけられても、信用できるはずもない。
いつでも殺すことが出来たにも関わらず、牢から解放してもらったことで、今この場で戦いにならなかった。
だからこそ今の俺は、協力することに前向きな心境なのかもしれない。
どうやって?
あの場でミサーナを引き離したのは誰だった?
「あのダークエルフとお前たちは、協力関係だったって事か」
「……」
その言葉に、グラスは答えなかった。
「だけど俺たちがダークエルフの森を抜けることを、アイラはどうやって知ることができた?」
「それくらいなら、答えても構わない。私が教えた」
「は?」
「何故それを我々が知っているかという問いには、お前たちの事を見ていたからだ。元々は、ダークエルフを攫い、その者を使って勇者との会談を設けるつもりだった。手荒ではあるが、確実な方法だからな」
「攫ったダークエルフがアイラだったと?」
「その問いには答えられない。直接的な名は出さないと契約している。だが、その者は我々の目的を知ると、反対にある計画を持ち掛けた。それがこれだ」
「……こんなこと言うのもアレだが、あの子、馬鹿だと思ってた」
「本当に~アレなこと言いますね~。同感ですけど~」
リリスは呆れた様子だったが、うんうんと頷いていた。
「攫われて直ぐに考えたんだとしたら、相当な頭の良さだぞ」
「そうだな。私も驚いた。助かりたいから嘘を言っている可能性も考えたが、あの神官にダークエルフの友がいることも知っていた。それに嘘だったとしても、代わりは探せば済む、成功すれば不信感も抱かれずらい」
「そうだな。人質を取られてから話を聞けって言われても、信頼出来たとも思えないしな」
「これで勇者の仲間が、どこにいるか分かったはずだ。アレが何の目的で勇者との分断を図ったのかは、当然私は知っている。答えることは出来ないがな」
「そうか。今後の為に、無理に聞くのは止めとく」
俺の言葉の意味を理解したのだろう。
「確かではないが、仲間に命の危険性はない。それでも急ぐに越したことはないだろう。再び会う時を楽しみにしている」
置き土産としてそう言うと、グラスとイフェクは席を立ち、俺たちの前から姿を消した。
命の危険性が無い。その言葉に嘘はないだろう。
この件でミサーナに危険があれば、魔族との信頼関係など築けるものではない。
「とりあえず、ここから出るぞ」
部屋を出で直ぐの場所に、俺たちの装備はあった。
布製のものは、いくつか駄目になっていたが、その代わりのものは用意されていたし、準備していたその他の道具も、見たところ手付かず。
信用を得る為なのだろうが、かなり親切な対応だった。
俺たちがいた場所は、ダークエルフの森が見える距離にある大き目の家。
もう誰も住んでいない廃村だった。
「カムイは~、奴らの提案に乗り気なんですね~」
「リリスは不満だろうな」
「ええ~。何を言ったところで~、私たちの仇であることに変わりありませんから~」
私たち。
種族として、悪魔として、魔族を受け入れることが出来ないのだろう。
「別に信じなくていいんじゃないか? むしろリリスは、信じないでいてくれると助かる」
「どういうことですか~?」
「分かるだろうが、あの提案悪くないと思ってる。敵に内通者が出来るってことだからな。だが、何かの目的があって、罠を仕掛けるための布石である可能性もある」
「絶対に罠です~!」
「かもな。それを見抜いて欲しいんだ。ミサーナは知らないけど、俺は魔族に恨みとかないし、ずっと疑いを持つことを俺には出来ない。リリスにしか出来ないんだ。辛いのは分かるが、頼めないか?」
「……分かりました」
嫌悪感を隠さない顔で、そう言った。
「絶対に嫌なら断っていいぞ。ミサーナが何て言うかも分からないしな。それに魔王とあいつらだったら、魔王の方が強いんだろ? 強い方を倒してから、それでも恨みが残るなら、その時はあいつらを倒そう」
「そうですね~。そう考えると~、中々いい感じの提案~、私好みです~」
普段大らかな雰囲気のリリスが、サディスティックな顔を覗かせた。
これでリリスは、サキュバス。悪魔なのだ。
「強い方を倒せたなら、後は無双するだけだ。そのためにもまずは、ミサーナを見つけないと」
「はい~」
俺たちは、ダークエルフの森に足を踏み入れた。
・ ・ ・
「んっ……ちゅぱっ! ・・・・・・くちゅくちゅ……ちゅぱ」
私の顔の前には、アイラの幼く可愛らしい顔。
その小さな口に含んだ何かが、口づけと共に私に流し込まれた。
何度、繰り返されたのだろう。
アイラはまたいつもの様に、私の唇を貪るように舐め、小さな舌を私の舌と絡め合う。
痺れて体は動かない。
寝かされているベッドを照らす、桃色の光。この光の影響か、回復の魔法も使えなかった。
「あっ……ん……、くちゅちゅぱっ」
抵抗できない。
アイラの手が胸部に伸び、私の胸を優しく揉みしだいた。
舐めまわすように這いずった舌は、今は胸の先端を捉え、唇は甘噛みを繰り返す。
何日が過ぎたのだろう。
光の刺さない部屋の中で、私はアイラの玩具.
「ミサ、大好きだよ」
私の顔を見て、アイラは無邪気に笑った。
前話と全く同じ、監禁オチ。
構成力の無さに、悲しくなります。




