14 旅立ち
様々な準備を済ませて、俺たちは今日この町を旅立つ。
目的地は【ヴァルセイユライト皇国】。
本来はダークエルフのテリトリーである森を迂回するルートが一般的で、一カ月ほどは掛かる道のり。
しかし、ミサーナ曰くダークエルフには友達がいるとのことで、この森を突っ切ることが可能で、2週間は短縮できるんだとか。
そのため、森を通れない馬や、長期保存できる食料は準備していない。
だからこそ、たった一週間で冒険の準備が整ったともいえる。
その準備期間に紆余曲折あって、俺がミサーナに血祭に上げられたりと色々あったが、今は一刻でも早くこの町を出て、真っ白な自分に戻りたかった。
装備も新調したし、薬草に変わるポーションという飲み薬も手に入れた。
アイテムボックスに残っていた魔物を、換金したおかげだ。
余談だが、合計して100万G以上にもなったお金は、必要経費(装備・ポーション)を除いて、全てミサーナに持ってかれた。
ミサーナとリリスも、そのお金で装備を一新し、ミサーナは元シスターのくせに、ヒラヒラの超ミニスカートに、へそ出しの薄いTシャツ。
南国ですか? エロすぎだろ。誘ってんのか?
リリスは下半身も上半身も露出度は低く、黒色を主体の探したら何処かに居そうなOLのような格好だが、完全にサイズが合っていない。
おっぱいも太股もパツパツで、格好ではなく肉体がエロティシズムを表現している。
こいつら今から冒険に行くこと知っていて、この装備を選んだのか?
俺以外全く旅に向いた服装じゃないが、ともあれ俺たちは今から、初めての冒険に出かけるのだ。
「それじゃあ行ってくるわね」
「行ってきなさい。元気で」
ミサーナの元気な声に、優しい笑みを浮かべて答える神父。
神父に続いて、他の教会関係の人やミサーナの信者たちが、「頑張って」や「いってらっしゃい」と声を掛ける。
「……」
「……」
それらの声の中に、当然俺とリリスに向けられているものは無い。
だから何となく、俺たちは肩身が狭かった。
自意識過剰かもしれないが、一応俺は勇者。
このパーティの要と言ってもいいし、仮に俺たちに名前を付けるとしたら、【勇者パーティ】となるだろう。
しかし、ここはアウエー。
俺にはたった一人の知り合いもいないし、リリスもそれは同じ。
言うならば、仲の良かった友達の誕生日会に招待されたから参加したものの、実際に参加してみたら周りはみんな知らない人。
唯一知っている友達は引っ張りだこで、周りからはあの人誰だろう、みたいな目を向けられている。
今この場所は、俺たちにとってそうなっている。
実際のところ、俺は勇者と認識されている分まだいい。
リリスにおいては本当に誰?である。
耳を澄ませれば、ミサーナへの激励に紛れて俺とリリスへの声が聞こえてくる。
「勇者の野郎。ミサーナ様だけじゃなくて、あんなすんごいおっぱいさんと一緒に冒険だと……。殺す」
「童貞勇者のくせに、あんなにたわわなお方と一緒に冒険……。死ね」
「無職のニート如きが、たゆんたゆんな至宝を独り占め……。呪う」
あれ違った。完全に俺に対してだけの呪詛だった。
「……はあ……はあ」
あれ違った。リリスは居心地悪いどころか、寧ろ居心地が良さそう。
この女、おっぱいを見られて興奮してやがる。
さっきから喋らないから、俺と同じで肩身を狭くしている同士だと思っていたのに!
でもそれが良い。
どうでもいいが、俺は露出プレイには適性がある。
いや、この場合は露出というより、羞恥プレイかもしれない。
「そろそろ行くか」
リリスが興奮しているのを見て、俺もこのまま興奮するというプレイを楽しんでいても良かったが、俺には興奮しているところを見られる趣味は無いので、ミサーナに声を掛けた。
露出プレイに適正あるんじゃないのかって?
ここで一万字くらい露出の尊さを語ってもいいが、それはやめておこう。
端的に言うと、外で発情している女の人を見るのは好きだが、自分が外で発情するのを見られるのは嫌という、思春期の男心である。
まあ変態の男心ともいうが。
「そうね。いつまでもここに居ても仕方ないし、そろそろ行きましょうか」
「そう、です、ね~……」
はいそこ! 残念そうにしない。
何だったら、いつでも俺が付き合ってやるぜ、ぐへへへへ。
……なんていうか俺ヤバいな。内心の自由とはいえ、流石に少し自重しよう。
「頑張れ」「しっかりな」「元気で」
そんな声援(10割ミサーナに向けて)を受けて、俺たちはこの町を旅立った。
・ ・ ・
「暇」
「暇だな」
意気揚々と出発したは良いものの、することが無さ過ぎて完全に時間を持て余していた。
最初の内は、これから始まるであろう美少女と美女二人との冒険が、始まった事を実感しピョンピョンしていた心と体も、ロングビートを淡々と刻む事に耐えきれずに萎えてしまった(意味深)。
それはミサーナも同様で、『やるわよー』と息巻いていた何かは見る影もなく、代わりに『殺るわよー』と八つ当たりの相手を探すだけの、バーサーカーになっている。
広々とした高原に魔物の影は一つもなく、これまでのエンカウント率は0%。
草むらに入っただけでモンスターが襲ってくる、あの有名なゲームのエンカウント率の高さにもイラつくことはあるが、全くモンスターがいないというのもまあまあイラつく。
元高校生の俺はもちろん、シスターになってからあの町を出たことが無いというミサーナに、この退屈は耐えられそうにない。
今現在まともな思考回路を保てているのは、旅の移動に慣れているリリスくらいだ。
「まあまあ~。旅なんて~、その8割は移動ですから~」
「「はあ」」
重なるため息。
「チッ」
男の子は女の子と行動が重なってしまうだけで、幸せを感じてしまうものだが、どうやらミサーナが感じているのは辛さらしい。
舌打ちまですることないと思うんだけどな……。
旅は8割が移動とは、考えてみれば当たり前。
ゲームの様に殺意だけで襲い掛かってくるような魔物は、現実にはいない。
彼等も生きるために必死で、俺たちを襲うためにわざわざ、こんな見晴らしのいい草原に身をさらすリスクを冒したりしない。
殺意だけで行動しているのは、今この場所ではミサーナくらいしかいない。
「……あの、痛いんですか」
魔物がいないからと、手に持った杖でガシガシ叩いてくるのは止めて欲しい。
HPバーの数値が、1ずつ減っていくのが見える。
最初は魔法で攻撃されていたが、魔法では全く痛みを与えられないことに気が付き、今では物理でチクチクされている。
無職とはいえ、レベルは42もあるため防御力は高い。だから杖で殴られようがデコピン程度の痛みしかないし、それに。
「【ヒール】」
ご丁寧に回復魔法まで掛けてくれる。
ストレス解消の仕方が特殊すぎる。
(ここで強引に止めさせると、更に機嫌悪くなるんだろうな)
「はあ……。リリスは旅慣れてそうだけど、これまでどんな国に行ったことがあるんだ?」
もうミサーナは好きにさせることにした。最初から好きにさせていたが、勝手に向こうが回復してくれるなら、気にしたところで仕方がない。
「そうですね~、魔族に命令されて仕方なくですが~、それでもこの周辺は一通り行きましたよ~」
「じゃー今向かっている、ヴァルセイユライト皇国にも?」
「ええ~。ですがあそこは宗教国家~。悪魔の私が入り込むには難しく~、手前で引き返しました~」
「ヴァルセイユライト皇国は、教会の総本山があるのよ。神父様も元々がそこに居たんだけど、神託を受けたとかで今はあの町にいるのよ。あの神父様レベルの神聖魔法の使い手がいる国じゃあ、リリスが入ったら即消されていたでしょうね」
会話に参加するのは良いんだけど、代わりに杖で殴るのは止めてくれないかな……。
「でも出発の時、神父はリリスが悪魔だって気づいていた様子は無かったぞ?」
「それは私が前もって言っておいたからね」
「ですが~。ミサーナさんは初めて会った時~、私が悪魔だって気が付いてませんでしたよ~?」
リリスは不思議そうな顔で尋ねた。
その言葉に、ミサーナはバツの悪そうな顔を浮かべた。
「うっ!」
痛いところを突かれたと思ったのか、HPの減りが2になった。
「どうどうどう。もう少し抑えてくれ」
「うるさいわね!」
HPの減りが3になった。1ずつコントロールできるのって器用だな。
「その、私ってイメージしたことなら魔法で出せるんだけど、悪魔かどうかなんて魔法、イメージとかそういうことじゃない訳で……」
「つまり探査系の魔法は使えないと」
「そういうことになるわね……。まあリリスが悪魔だなんて、私以外の教会の人間なら全員気が付いたと思うわよ。その魔法基礎中の基礎らしいし」
「ミサが~、最初の教会の人で良かったです~」
リリスは心底安心していた。まあ下手したら消されてたわけだしな。
「という事は、ヴァルセイユライト皇国にはリリスは入れないって事か?」
「申し訳ありませんが~、私は周辺の何処かで身を潜めてます~」
「そっか……」
少し残念だし、可哀そうな気もするが、そう言う事なら仕方がないか。
「ふふふ……」
ミサーナが笑った。
いや笑ってないな。何て言うのこういう奴。自慢げ? よく分からんけど、さっさと続き言えよ。
「え~と~、ミサ~?」
「ふはははは……」
だから続き言えって。それよりもなんかこの感じ覚えがあるな。
「どうかしましたか~」
そんなわけで。
「ふ「ハーッハッハッハ!」」
「何でカムイが言うのよ!」
「なんかノリで」
そんなわけで遮ってみた。
「で、ミサーナは結局、何を自慢したいんだ?」
「カムイ、後でしばくから」
現在進行形で3ずつのダメージを受けているのだが、これはしばいている内に入らないらしい。
「これを見なさい」
そう言って懐から出したのは、封蝋の押された一封の封筒だった。
「それは~!」
「なんだ?」
流石に漫画みたいなリアクションにはならなかったが、ミサーナはズコーってなった。
お約束かなーと思って、突っ込んでみたんだけど、流石ミサーナ。悪くないリアクション。
封筒の意味をリリスは分かったみたいだが、俺には分からん。
「まあ変態のカムイじゃあ、分からないのも無理ないわね」
「変態は一切関係ないし、変態度だったらリリスの方が上だ」
「当然です~。カムイも中々のものですが~、私のは遠く及びません~」
「あんたそこは否定しなさいよ。一応は女の子なんだから」
「でもまあ一番のムッツリスケベェは、ミサーナだと思うけどな」
下ネタやセクハラにも全く動じないし、性知識を自分で仕入れては、発散していると見た。
「は?」
「実は~、私もそう思ってたんですよ~! 一人慰める夜は~、かなりマニアックなことを妄想してるんじゃないかって~」
マニアックな妄想……。
SM? 露出? 痴漢とか? なんか想像したら興奮してきた。
いけないいけない。沈まれ俺のカオス!
「はあっ! ちょっとあんた達いい加減に」
「ところで結局あれは何なんだ?」
「あの封筒にある紋章は~、教会の紋章の一つで~、中でもあれは~大神官や教皇、高位の神官の紋章だったと思います~」
「なるほどなー」
「あんた達、勝手に話進めてんじゃないわよ! 私はムッツリじゃないから! マニアックな妄想なんて全くしてないんだから!」
「その話はもう終わってるから」
「ですね~。まあ~、一人慰めるのを止めて~、これからは二人一緒に慰め合うなら~、また再開してもいいですけどね~」
「同意」
「……」
からかい過ぎたか? なんか空気が淀んでる気がするし、加減を間違えたかもしれない。
ミサーナは何も言わずにピクピク震えてるだけだし、これヤバいかも。
「ふざけんなー!」
ミサーナを中心に閃光がはじけた。
はじけた光の粒、一つ一つが種子となり、地面に触れた瞬間そこから芽を生やし、ニョキニョキと成長し、一瞬で成木となった。
タイムラプスの様に流れるそれは、何もなかった草原を数秒で小さな森へと変貌させた。
そしてその渦中にいた俺たちは、成木から伸びた蔓に巻き付かれ、身動き一つ取れなくなった。
俺も、リリスも、元凶であるミサーナも。
「……」
「……」
「……」
なるほどなー。これがミサーナの自爆か。拘束はされたが、全く痛みはない。
俺の視線、リリスの視線が、ある一点に向く。
「縞々」
「縞々です~」
一人だけ天地が逆転していたミサーナは、ミニスカートが災いして水色の縞パンが丸見えだった。
「見るなー!」
そのセリフどっかで聞いたな。見るけど。
「で、マジで話が進まないんだけど、その手紙が大神官からだと何なの?」
「手紙の中身を確認しないことには分かりませんが~、恐らく皇国における私の身元保証をしてくれた~、という事だと思います~」
「なるほどな」
俺とリリスは、真面目な会話をしつつも、視線は片時も縞パンから離すことはない。
「見てないで助けなさいよ!」
そのセリフもどっかで聞いたな。助けないけど。
というか。
「俺たちも拘束されたままだから、助けようがないんだが?」
「え~と、残念ながら~本当に助ける手段がありません~」
助ける手段もないが、助かる手段もない。
それにこのままだと、ミサーナは本当にまずい。普通に死ぬ奴だ。
「ミサーナ、魔法でどうにか出来ないのか?」
「どうにかって言われても、私の魔法じゃこの蔓は切れないし……」
「魔法の効果が切れたりとか~……」
「それだっていつになるのか」
もうパンツがどうこう言ってる場合じゃない。
「やばいな。ミサーナは体勢を変えないと死ぬぞ。体を揺らしで蔓が切れないか試すんだ! 俺もどうにか切れないか試してみるから」
「私もやってみます~!」
試行錯誤すること約10分。
凄まじく頑丈な蔓なのか、成人女性のミサーナがどれだけ揺らしても、一向に切れる様子はない。
俺はレベル任せの筋力で蔓を引き千切れないか試したが、それも出来なかった。
リリスも羽や尻尾を生やして、それを動かして外すことを試みるも、効果は無かった。
「おいミサーナ! 大丈夫か!」
「まだ一応ね」
そう言いつつも、ミサーナはかなり具合が悪そうにしている。
もう一度、蔓を引き千切ろうと力をこめるが、何度やっても切れる様子はない。
(どうしようもないのか……)
誰もがそう諦めかけた時だった。
「ミサー!」
疾風のような速さで森を駆け抜け、何者かがミサーナの身体に抱き着いた。
抱き着いた勢いが強かったのか、どれだけ揺らしても切れなかった蔓は、そのままの勢いで引き千切られた。
『ドサッ』
ミサーナに抱き着き、結果的にミサーナを救ったのは、銀髪で褐色肌の子ども。
「会いたかったよ。ミサ」
「どうしてアイラがここに!」
アイラ。
聞き覚えのあるその名前は、ミサーナが言っていたダークエルフの友達だった。




