13 冒険者ギルド
「冒険者登録をしに行くわ!」
数日後にこの町を出るにあたって、俺たち三人は食料や寝床の準備を着々と進めていたある時、唐突にミサーナが言った。
「いいですね~。ですけど私~、サキュバスなのに冒険者になれるんですか~」
「そこは私の力があれば、どうとでも出来るわよ。きっと」
「良かったです~」
ミサーナの言葉にリリスも乗り気な様子。しかし俺は……。
「カムイも行くからね」
既に冒険者登録を済ませていた。
冒険者登録を済ませていること自体は問題ない。
だが俺には、それに付随する事柄で知られてはならないことがあった。
それは二日前の事。
冒険の準備を各自で進めてはいるものの、俺には絶対的に足りないものが一つあった。
それは金だ。
元々寒々しかった懐は、初日の衣食住で既に底を着いており、今はもう衣食住全てが、ミサーナに頼り切りのヒモ勇者になっていた。
そんな中、冒険の準備をする金銭的な余裕はもちろん無いし、薬草の代わりになるものや、くたびれた農民服よりもまともな装備を買う事など、到底出来るはずもない。
そんなわけで、俺は一人で冒険者ギルドに来ていた。
冒険者ギルドとは、ランクごとに決まられた難易度の依頼を受けて、達成したら報酬を受け取ることが出来る。その過程で倒した魔物の素材も、買い取って貰える場所。
俺の金策は当然、前者の依頼を受けて報酬を受け取る事では無い。後者の持っているギガントアなどの魔物を買い取って貰う方だ。
「お邪魔します」
初めての場所に多少の緊張もあり、か細い声を上げ冒険者ギルドの門をくぐった。
外側はシンボルが掲げられたり、大きな看板があったり、我こそは冒険者ギルドであると主張していたが、内側はこの間行った酒場と大して変わらず、カウンターがあって、テーブルでは飲食をしている人もいる。
違いを上げるとすれば、そこにいる人間の人相の悪さだけだ。
「……」
勇者に対する視線には、いい加減慣れつつあった俺だが、この場所の視線はまるでヤクザから向けられるそれと同じ。
これまでの『勇者様だ。カッコいい(妄想)』的なものではなく、『勇者じゃねーか。勇者だろうと、舐めたこと言い出すようなら海に沈めんぞ(被害妄想)』的な、強面たちの超絶物騒なもの。
つまり、ちょー怖い。
「勇者様。本日はどういったご用件でしょうか?」
俺のビビっていたオーラを察してくれたのか、20代くらいの女性ギルド職員が、救いの手を差し伸べてくれた。
あまりの女神っぷりに、思わす求婚して振られるところだった。
「倒した魔物をここで売れるって聞いたんだけど」
「はい。冒険者登録、または身分証を表示していただく必要がありますが可能ですよ」
「またはってことは、身分証っていうのを持っていなくても、冒険者登録はできるってこと?」
「はい。あくまで身元の確認の為ですから。冒険者登録は、その人の魔力の波形を全ての冒険者ギルドに登録することになるので、一度登録したら二回目の登録は出来ません。つまりそれが今後、身分証の代わりにもなります」
魔力の波形ね。指紋みたいなものか?
全ての冒険者ギルドで分かるって、ネットもないだろうにどういう仕組みなんだ?
ファンタジーと言えはそれまでだけど。
「じゃー登録お願いします」
「それでは、こちらの石板に触れてください。その後、頭の中で声が聞こえますので、それに答えていただければ結構です」
差し出された30㎝幅の石板。模様もなく、何の変哲もない石の板にしか見えないものに触れた。
するとその石板に、青白い光の筋が走った。
その筋は形を変え続け、波打つように鼓動している。
この波紋が魔力の波形なのかもしれない。
【名前を答えてください】
頭の中に声が聞こえた。
(カムイ)
その後も質問は続き、年齢や性別などの簡単ないくつか答えて、冒険者登録はあっけなく終わった。
「これで登録は完了しました。魔物の素材を売りに来たとのことですが、どちらにございますか?」
「アイテムボックスにあるけど、どこに出せばいい?」
「アイテムボックスですか……?」
受付のお姉さんは、アイテムボックスを知らないのか、不思議そうな表情を浮かべた。
「簡単に言うと、色々な物を自由に持ち運べる入れ物みたいな感じかな」
「なるほど。勇者様のお力ということですか。それでは買取場の方に魔物をお願いします」
「わかりました」
俺はお姉さんの後について行き、買取場に持っていた魔物の2割くらいを出した。
合計100以上は入っているアイテムボックス。
30体以上出したが、これ以上は置くスペースが確保できなかった。
そして俺は念願のお金、23万5600Gを手に入れた。
日本円とレートは対して変わらないと考えれば、23万円手に入れたことになる。
まだまだ魔物は残っているし、当面は色々できそうだ。
冒険の準備? 薬草の代わり? 装備の新調?
やるべきことは色々あるが、最も重要なことがある。
そんなわけで風俗に行こう。
冒険の準備のためのお金じゃないのかって?
まさかまさか。
童貞を卒業するために、お金を手に入れたに決まっている(言い切る)!
とはいえ、この世界にもエチケットというものは存在する。
くたびれ農民服では失礼に当たるだろうし、そんな男の相手をするのは、女性の方も嫌だろう。
「まずは服屋か……」
適当に冒険者っぽい装備を買い、俺は若干の緊張と膨大な期待を胸に、歓楽街に足を向けた。
・ ・ ・
冒険者登録は済ませた。
持っていた魔物を売った。
ここまでは知られても良い。
それでもそのお金を使って風俗に行った、なんてことは何があっても知られてはいけない。
ましては風俗に行ったにも関わらず、俺が童貞を卒業していないなんてことは、絶対に隠し通さなければならない。
例えこの町の住人の殆どが知っていたとしても。
「カムイも行くからね」
どうする俺。この問いに対して、俺はどのように答えればいい。
無難なのは『もう冒険者登録は済んでるから』だろう。
変に予定があるとか、具合が悪いみたいな嘘を重ねるよりは、最も安全なはず。
「お、俺はもう冒険者登録済んでいるから、二人で言って来いよ」
「そうなの? だったらその時に誘いなさいよ」
「そうですよ~。パーティメンバーなんですから~」
「悪い悪い。なんか成り行きで」
「成り行きって?」
しまったー! 余計な言葉を付け足してしまったー!
「成り行きは成り行きだよ」
「ふーん」「ほえ~」
リリスはともかく、ミサーナは明らかに何かを疑っている目だ。
「……」
「……」
「……」
何もない。
誰も何も言わないからこそ、逆にそこに何かがある事を証明している。
なんでもいい。何か言わなくては。
「まあどうでもいいわ」
と思っていたのだが、ミサーナはあっけなく引いた。
(助かったー)
「じゃーカムイはついてきなさい」
「は? どうして? 俺もう登録終わってるんだけど」
「それはパーティ登録するために決まってるじゃない。冒険者登録したんだから、それくらい察しなさいよ」
パーティ登録、だと……。
全く聞き覚えが無いが、言葉的に一つのパーティとして、メンバーの登録をすることだろう。
しまったー! こんなことなら、嘘でも予定があるとか、具合が悪いと言っておくべきだったか。
最初に言わなかった以上、もうこの言い訳は使えない。
どうする俺。ミサーナの言っていることは、どう考えても正論。
パーティ登録の利点が何かは分からないが、その制度がある以上、冒険者として何らかの形で必要なものなのだろう。
せっかくさっきの危機を、ミサーナが引いたことで乗り切ったと思ったのに。
……いや待ておかしい。
何故ミサーナは大人しく引いた。
最近何度も思っていて、またしても思ってしまったことだが、俺とミサーナは出会ってからまだ数日しか経っていない。
だが、何かある事が明確な俺に対して、あそこで手を引くのはミサーナらしくない。
いやそもそもだ。
俺が成り行きだと言った時、ミサーナはどうして疑いの目を向けた?
リリスの様に、成り行きが何か気になることはあっても、ミサーナの様に、疑いの目を向けるのは不自然だ。
まさか、こいつ……、俺が風俗に行ったことや、そこで童貞を卒業できてないことを、最初から知っていたんじゃないか?
勇者の称号を垂れ流している俺が風俗に行く。
現代的に言うならば、SNSで【勇者が風俗に来たよ♪ 勇者の聖剣はオリハルコンじゃなくて爪楊枝だった(爆笑)】と、全世界に拡散されているのに等しい。
俺が店から出た次の瞬間には、もう店の前に人だかりが出来ていた。
俺が店から立ち去ろうとした瞬間には、もうプレイ内容(本番無し)は嬢から群衆にバレされ、緊張して思わずカミングアウトしてしまった童貞である事も、嬢から群衆にバラされていた。
そう。
つまり俺は今、この町のトレンドとも言っていい。
それなのに都合よく、ミサーナとリリスの二人だけが知らないなんてことある訳ない。
どうにか隠そうと画策している俺のことを、何も知らないふりして冒険者ギルドまで連れ出して、公衆の面前で馬鹿にするつもりなんじゃないか?
ありえる。性根の腐ったミサーナであれば、寧ろそう考えて然るべきだ。
ここで絶対行かないと、理由も言わずに子どもの様に駄々をこねてもいい。
しかし、冒険者をしてパーティ登録を、いつかはしなければならないものだとしたら、時期が早いか遅いかの問題。
いつかは絶対に行くことになる。
腹を括るしかない。
大人しくミサーナとリリスに同行して、どうにかそこで切り抜ける活路を探すんだ。
「そうだな。パーティ登録しないとだもんな」
「じゃー今から行くわよ」
「はい~」
賽は投げられた。
ミサーナの動向に最大限意識を集中させろ。
「……え?」
そんな俺の警戒は全くの無意味だった。
「勇者ってその面で童貞なのかよ。ひょっとして童貞どころか包茎だったりしてな」
明らかに荒くれている冒険者の言葉に、周囲にいた他の冒険者たちは大きな声を上げて笑った。
「風俗まで行っておいて童貞のままとか、勇者様の勇者はどれだけお粗末なんだ?」
その言葉に、またして大きな笑い声が上がった。
よくよく考えれば、ミサーナ一人を警戒したところで何の意味も無かった。
町中の人が知っているわけだし、冒険者の面々が知っているのは当然の事。
「……」
あーもう泣きそう。
そんな俺の心に温かな光をくれたのは、意外なことにミサーナだった。
「うるさいわよ。あんた達。少し黙りなさい」
「そうですよ~。いいじゃないですか~童貞でも~。童貞は童貞で~、初々しいところが可愛いんです~」
風俗に行ってまで童貞を捨てきれなかった俺のことを、ヤジを飛ばす冒険者に怒ってまで庇ってくれるなんて。
俺はミサーナの事を、誤解していたのかもしれない。
ちなみにリリスの言葉には、若干傷ついた。
「ミサーナ、お前……」
俺の救いを求める目を見て、ミサーナは言った。
「ねえカムイ。あんた私のお金で養ってもらってるくせに、風俗なんて行ったの? そんなお金は何処から出たの? 言っておくけどこれまでのお金、貸してるだけで上げたわけじゃないのよ? それなのに、私にお金を返すこともせずに、風俗なんて行ったんだ。へー」
「ひぇっ!」
呪詛の様に紡がれた言葉に、俺は思わず悲鳴を漏らしていた。
それは俺だけじゃない、黙りなさいと言われた冒険者たちも、同様に悲鳴を漏らし、恐怖を顔に張り付けていた。
彼らのせめてもの救いは、その怒りの矛先が自分に向いていなかった事。
そしてその矛先である俺は、色々ヤバかった(語彙力)。
「もしかして、ヤキモチを焼いて怒って……」
「は?」
「んなわけないですよね」
ミサーナの気を紛らわそうと放った言葉は、火に油を注いだだけだった。
「あのですね~。ミサ~、カムイは風俗に行ったとはいえ~結局童貞を卒業できなかったばかりか~、プレイ内容からアソコのサイズまで町中に知れ渡ってしまっているわけで~、っその辺で許してあげませんか~?」
リリスは知ってたんかい!
「は? なんでそんなことになってるの? じゃあ何? 全身性器のカムイと、私たちはここに来るまで一緒に歩いてたっていうの!」
ミサーナは知らなかったんかい!
「まあ~そうなりますね~」
ミサーナの目の瞳孔から、光が消えた。
「カムイ、正座。リリス。あんたも」
「「はい……」」
俺もリリスも、ミサーナの言葉に大人しく従っていた。
気が付くと、大勢いた冒険者は既に全員ギルドから消えており、職員でさえも奥に隠れてしまっていた。
(あー何があっても来るんじゃなかった)
リリスは知ってたのに言わなかったことで折檻され、俺は持っていた魔物のこと、アイテムボックスの事を全て白状し、リリスより100倍くらい辛い折檻をされた。
過去編でダークエルフのフラグを立てましたが、今回は全く関係のない話でした。
次はようやく出発します。




