11 鍵
「来ない」
「来ませんね」
教会で神父にお茶を貰い、朝食を済ませた俺は、二人でミサーナが来るのを待っていた。
後で教会に来なさいとは言われたが、時間指定は無し。
一応先に居た方が良いという判断のもと、なけなしの1500Gを使い朝食のパンを購入し教会に来た。
残り350G。寂しい懐だが、魔物を売れば潤うはずと皮算用をしてたりする。
「当分来ないと思いますから、また改めていらっしゃいますか?」
「それもいいけど、入れ違いでミサーナを待たせるのも悪いからな……」
「お優しいですね。しかし時間を決めずに教会に来てとは、ミサーナらしいですね。あの子は時間にルーズですから、早くとも来るのは昼過ぎになると思われますよ」
昼過ぎか、時間を決める間もなく出て行ったから、まあ仕方ないのかもしれない。
「じゃー昼過ぎに改めて来るよ」
「それが良いかもしれません。しかし、ごゆっくりどうぞ。昼を過ぎてもいないでしょうから。ミサーナが時間を守った事など、10年で数えるほどしかありません。それでよく年上のシスター達から指導を受けてました」
「数えるほどって、ミサーナには時間の概念が無いのか?」
「無いでしょうね。指導を受ける時でさえ、半日は遅れてきていましたから。時間を決めていないとなると、明日以降ということもあり得ます」
過去を懐かしんでいるのか、微笑ましそうに神父は笑っている。
「笑えねー」
そんなモンスターと俺は旅に出るのか。
なんなの? インド人ですか?
日本人としては、マジで相容れない未来しか見えない。
「ミサーナを相手にするのは本当に、ほんとーに大変ですか、ミサーナの事を守ってあげてください」
「実感込めすぎだろ! まあ努力はしますけど」
守るって言われても、ミサーナの方がどう考えても強い件について。
魔物にトドメ刺すだけなら、別に俺じゃなくてもいいんだよな……。
「まあ苦労する未来っていうか、もう既にしてますけどね。昨日一回死んでるし」
俺は昨日の騒動の裏を話した。
「そんなことが、勇者様とミサーナが上手くやれているようで何よりです」
「話聞いてたか? 俺裏切られて死んだんだが」
神父は既に、ミサーナの被害を受けすぎて、この程度では最早、苦労ではない次元に居るのかもしれない。
「なんでしょうか、その憐みの込められた視線は」
どうやら俺は調教済みに神父に、未来の俺を重ねて憐れんでいたらしい。
「いや、何でもない、です。はい」
「ミサーナと一緒にいれば、その程度の被害可愛いものですが、私が言いたいことはそういう事では無いのですよ」
「はあ」
可愛いものなんだ。
極まってんな……。
「これから先、勇者様はミサーナと旅をしていく。その冒険で多くの歳月を共に過ごし、強大な敵や困難を共に乗り越えていくのでしょう。ならばどれだけ立派なメッキで覆っても、いつかは必ず剥がれ落ちることになる。私はミサーナが勇者様に対して、本当の自分を見せられることが嬉しいのです。ミサーナは本当の自分を、誰からも愛される偽物の姿で覆ってしまう子ですから」
優しいトーンで唐突に始まった話。
聖職者らしく、説法といったところかもしれないが、その説法は俺の心にとても響いた。
そっか。俺ミサーナと上手くやれてたのか。
なんてところに響いたのでは決してない。
俺は、ミサーナから一度たりとも、愛される自分とやらを見せてもらったことが無い。
それはつまり。
「俺の事、心底興味なくて、どう思われようと関係ないだけだろうが!」
「そ、そのようなつもりで言ったのではないのですか……」
思い返してみても、ギガントア倒した時の民衆への態度、夜の飲み会での態度。俺の前ではかなり口が悪かったけど、見える所では明らかに清純派のお嬢様ムーブかましてたよな。
俺に対しては初めから、一緒に旅をするくらいならシスター辞めるとまで言って嫌がられ、装備がひのきの棒だと知ると、さんと様を付けることを義務付けられ、ってこれは俺も悪いな。
最後にミサーナの為にしたことを、利用されて俺死んでる。
ミサーナ、俺の顔は好みじゃなかったっけ? 見切り付けるの早くない?
もう少し俺と接してから、仮面を脱いでも良かったんだけど。
「とにかくです勇者様、ここは良い方に考えましょう。ミサーナの本心はともかく、これ以下の態度になることはないんです。今が最低ライン。だったらこれから上がっていけばいいんです」
最低って言っちゃたよ。もう夢も希望もないよ。
「まあそうだよな。プラスに考えれば、これから何をしても下がることはない。つまり多少エッチなことをしても許されるってこと「ではないですね」」
許されないか。直接的なものは少し自重しよう。
「分かった、分かった。不可抗力を除いてエッチなことはしません」
「そうしてください」
神父はミサーナの親代わりみたいなものらしいし、色々心配なんだろう。
そう考えたら、俺は娘の父親に対して、ご息女にセクハラしてますと言っていた訳で……。
ヤバいな。
元の世界なら、殴られて海に沈められるまである。
『コンコン』
「失礼いたします」
聖堂の扉が開けられ、40代くらいのシスターは入ってきた。
「神父様、勇者様、お話し中のところ失礼いたします。シスター・ミサーナの件なのですが、街中で爆発して病院に運ばれているとのことです」
「爆発! ミサーナは無事なのか?」「そうですか」
対照的な二人の対応。
前者が俺で、後者が神父だ。
「冷静だけどミサーナが爆発に巻き込まれたとかで、病院に運ばれたんだろ? 心配じゃないのか?」
神父は笑った。
これまでの優しい笑いではなく、それはもう面白そうに。
「残念ながら勇者様。爆発に巻き込まれたのではなく、ミサーナ自身の魔法が暴走して爆発しただけでしょう。最近は少なくなっていたのですが、数年前までは毎週のようにありました」
「毎週って何なのあいつ、爆弾魔なの?」
「さあ、今回が爆発だっただけで、一面を森にしたり、水浸しにしたり、地面からクリスタルを生やしたりと、色々ありますね」
レパートリー多いな。森にするって、対地球温暖化最強魔法だろ。
「十分に危険だろ。もう少し心配してやれよ」
「必要無いでしょう」
「それで勇者様。シスター・ミサーナから伝言がありまして、病院に来て欲しいとことです」
なんで心配の必要ないんだろう?
爆発の規模にもよるけど、街中だったら死人出そうなものだけど。
「それでは勇者様。またのお越しをお待ちしております。出発の際には顔を見せていただけると幸いです」
「お、おう。また来るから」
完全に聞きそびれた。まあ心配の必要が無いなら大丈夫か。
教会を出た後、病院の場所が分からないことに気が付いたが、かくかくしかじかで無事到着しましたとさ。
・ ・ ・
ひょっとしたら本当は俺の俺は、世間一般で言うところの普通では無かったのかもしれない。
人間誰しもそういうことはある。
その一面に気が付かないまま人生を終え、新たな一歩を踏み出すことが出来ないことが。
しかし俺は踏み出せた。踏み出してしまったと言い換えてもいい。
今日この時、そこへたどり着くための鍵を手に入れたから。
世界のユートピア。
桃源郷への鍵を。
病院というと白塗りの壁。そのイメージからはかけ離れていた。
田舎の木造建築の学校といった具合で、ファンタジー的には教会を病院と言い張った方が世界観に合っている。
まあ教会に行って神父に直してもらった方が早いらしいのだが、病院と教会は違うらしい。
看護師さんに、教室、ではなく病室に案内されたドアの前に立つと、中からミサーナとあのお姉さんの声が聞こえた。
「ミサさん~、良いじゃないですか~」
「いやよ離しなさい。そもそもミサって何よ!」
「駄目ですか~、ミサ~。仲良くなった感じで~、とてもいいです~」
「きゃっ、ちょっ、触るなー! 私があんたと仲良くなったのよ!」
どうやらお姉さんは爆発に巻き込まれたか、それともお見舞いなのか、この部屋にいるようで、仲睦まじい会話が聞こえる。
「入るぞー」
ノックはしなかった。
もちろん過失だ。故意にするのを忘れたわけじゃない。
不可抗力を除いてエッチなことはしないって言ったばかりの俺が、邪な考えで扉を開けるわけがない。
もし中で着替え中とかだったら?
もちろん不可抗力ですが何か?
そこで俺は鍵を手に入れた。
「尊い……」
絡み合う裸体。重なり合う乳房。共有する一つのベッド。
ミサーナの下着を剥ぎ取ろうとするお姉さんと、必死に抵抗するミサーナ。
要するに下着姿のミサーナの上に、同じく下着姿のお姉さんが覆いかぶさっていた。
桃源郷。
美少女と美女の美しい世界。満ち足りたその世界に、男なんていらない。
俺はその場所の扉を開いた。
ちなみに、扉は開いたけど、ハーレム展開への期待は忘れていない。
ハーレム展開への期待は忘れていない。
重要な事なので2回言ったぞ。
「どうぞ続けてください」
「お言葉に甘えさせていただきますね~」
俺の姿を見ても慌てることなく、お姉さんはミサーナのブラジャー、或いはベールに隠されたその下への執着を見せた。
「ごゆっくり」
「ごゆっくりじゃないわよ! 見てないで助けなさい! ……って見るなー!」
ミサーナは年の割に(実年齢は知らない)は成熟し、男子高校生の俺と対等に話せるくらいには、エロい会話で恥じらったりはしない。
しかしノーマルな身としては、百合百合して顔を真っ赤にしているところを見られるのは面映ゆいみたいだ。
「見ないと助けられないんだが?」
「見ないで助けてよ!」
「無理っぽいから、見ながら助ける方法を考えとく」
そんなわけで、心のスクリーンショットに永久保存。
ついでに動画を取ってDVDにダビング(出来たらいいな)するレベルでガッツリ見ることにした。
「じゃー見るなー! リリスもいい加減にしなさいよ!」
あのお姉さんはリリスという名前らしい。
俺に助けを求めながらも、ミサーナはリリスとの攻防戦を繰り広げている。
リリスは決め手に欠けるのか、攻めあぐねていた。もしかしたら、俺が見ていることで少し気が散っているのかもしれない。
しかし俺には、この桃源郷を見守る義務がある。
そんなわけで。
「リリスさん。もっとやれー! 先にパンツの方から攻めるんだ」
「かしこまりました~」
「カムイ! 後で覚えておきなさい! ちょっと、そっちは駄目っ! いあや、待って、あんっ!」
「覚えてますとも」
この光景を、俺は一生忘れない(キリッ)。
「そ、そうだ。カムイ、今なら引きはがす口実で、リリスの身体に触れるのよ! 好きなだけ触っていいから、助けて」
「っな……。その発想は無かった」
どうする俺。
この桃源郷に、男の俺が足を踏み入れるなどあっていいはずがない。
それでも、禁忌を犯したとしても、魅力的なおっぱいがそこにあるのなら……。
「カムイさん」
リリスらしくもない。はっきりとした声が届いた。
「好きなだけ触ってください」
(パチッ)
リリスからのアイコンタクト。
理解した。
【私の身体に触ってもいいです~。ですから~、脱がすのに協力してくれませんか~】
この瞬間、俺たちは確かに意思を共有していた。
「今助ける!」
さながらルパンダイブの勢いで宙を舞い、リリスとミサーナの柔らかそうな美肌に触……
『ドゴッ!』
「がはっ!」
……わることが出来なかった。
「あんたたち、ここを何処だと思ってるの! そういうことは、そういう宿でしなさい! 周りの人に迷惑でしょうが!」
蹴り飛ばされ、背中に感じる痛み。
そこには、忍た〇の給食のおばちゃんにそっくりな、病院のドンと思われし御仁がいた。
どうやら俺を案内した看護師さんが、手に負えないと呼びに行ってしまったらしい。
「チックショー」
最後まで桃源郷を鑑賞することも、至高の宝珠に触れることも叶わなかった。
失ったものも大きく、これ以下に下がる事のないはずの、ミサーナからの信頼は更に下がった。
初めて評価もらいました! しかも☆5です♪
かなり嬉しいです。
これからも呼んで貰えると嬉しいです。




