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1 プロローグ 異世界

 異世界転生、或いは異世界転移。この際言い方はどうだっていいし、なんなら俺がいるのはゲームの中。つまるところ異世界と言って良いのかすらわからないが、問題なのはそこじゃない。


 俺の装備、ひのきの棒 攻撃力2、くたびれた農民服 防御力3(上下込み)。

そして肝心なレベルは2……。

 

 こういった異世界物もうこれでいいやではお約束の特殊スキルや、元々の世界ゲームの知識も今の俺にはない。

 つまり問題なのは……。


・  ・  ・

『あいつまた全国模試一番だって』

その声に、そんなことないよと、謙遜する。奴を遠くから見る俺。


『次の決勝に勝てば、全国ですよ! しかも第一シード』

その声に、絶対勝つから、応援頼むなと、爽やかに答える。奴を遠くから見る俺。


『また雑誌の表紙決まったんでしょ。次も可愛いの楽しみにしてる』

その声に、ありがとー、頑張るねと、可愛く笑い返す。奴を遠くから見る俺。


 完璧な頭脳も、特出した才能も、端麗な容姿も。そんな誰もが羨むものを何一つ持っていない。


 それが俺、神宮蓮。


 しかしそれは普通のことで、日本人の8.9割は、そんなものだ。


 特に好きでも無いし、ルールすら知らない。でもワールドカップなんかで日本が盛り上がると、それに比例して何故かテンションも上がる。


 特に好きでも無いし、普段は馬鹿にしたりもする。でもみんなが見てたり、友達に勧められると、俺もあのアニメ好き、とか普通に言う。


 そんな普通でありきたりでどこにでもいる高校生。


 そんな俺の前に一本のゲームソフトとハード。それは流行の最先端を行く、PS5やSwitchなどではなく、それより数世代前のDSとそれに適用した、十年くらい前に発売して、周囲ではかなり流行っていたソフト。


 よく俺にアニメやゲームを進めてきた友達が、年末の掃除の時に出てきたものを、面白いからやってみたらと言ってくれたものだ。


 まあ捨てるのは忍びないし、売るにしても大した値段にならないから、何かと理由を付けて押し付けたのが正しいのだろう。


『ドラ〇ンクエストⅤ』


 現在も続編が出ており、今や〇S5、Swit〇hでⅪまで発売されている。

 Ⅺまで出ていて、中途半端なⅤ。恐らく日本中、或いは世界中で誰一人としてプレイしていないであろうソフトを、俺はこれからプレイしようとしているわけだ。


 過去に流行したことから、普通に面白くて、俺も数か月はハマってしまうのだろうが、その楽しさを分かち合う人はいないのだ。


 そんなキャラいたねー、とか、そういえばそんなストーリーだった気がする、みたいなことを、多少覚えている人はいるかもしれないけど。


 ほとんどバッテリーが死んでいて、十分も持たないらしいD〇にコードを刺したまま電源を付け、ゲームを起動させる。


「さすが昔のゲーム。まさかのドット絵か……」


 一人しかいない自分の部屋で思わす声が漏れる。

 言われれば当たり前だし、ゲーム好きならば当然のことかもしれない。


 残念ながら俺は、〇Sを持ったのが小学生以来、3〇S以上のハードを買ったことが無いため、ゲームの知識はあまりない。


 将来ゲーム好きな人生を送るかどうかは、幼いかろから姿形を変えるハードに対応できる財力に掛かってくるのかもしれない。


 それでも一応は現代っ子、4Kや720pの液晶に比べると新鮮な感覚を覚えずにはいられない。


 まさかのキャラ設定も、性別と名前のみ。昔のゲームってキャラクターメイキングとかはないんだな。ドット絵に髪の色や肌の色、身長を求めるのはどうかと思うし、全く見分けがつかないけど。


 性別は男。名前は……。


 特に理由はないが俺は名前を決めるとき、結構時間をかけて考える方だ。後から変えられようがそれなりに時間を掛ける。


 十分経過。


 最近好きなドラマの主人公の名前。若干中二病っぽいサタンとかルシファーみたいな名前。……etc. そして自分の名前から少し拝借した名前。


 結局名前は、苗字の神宮から神の居を取り、『カムイ』になった。

 神の宮で神の居。

 それなりの時間を掛けただけあって、なかなか良い名前になったと思う。


 改めて名前を入力するためDSを持つが、当たり前のことながら。


「熱い……」


 コード差しっぱで十分間放置し、更にバッテリーも死んでれば、ハードが凄い熱くもなる。


 これ以上進めるとD〇が起動すらできなくなる可能性もあるが、ここで止めたら次もまた名前決めで悩む未来が見える。


(俺って優柔不断だよなー)としみじみ思いつつ、チュートリアルだけは終わらせることにした。


「かむいっと」 


 スマホのフリック入力に慣れ、慣れたとは言えないながらもローマ字が身近にある身としては、一周回って打ちづらい、かな入力を経てようやくプロローグ。


【この世界は元々、人間族、亜人族、魔物。その3つの種族によって成り立っていた。人間族は人間族内、亜人族相手に争い、亜人族は亜人族で、エルフやドワーフ、マーマンなど、様々な種族で自分たちの勢力拡大を図る。そして魔物は、知性ある種族共通の敵だった。

 ある意味でバランスが取れた世界に、突如魔界から魔王と呼ばれる存在が現れた。

 魔王は魔族と魔物を従えて、人間族と亜人族に争いを仕掛け、世界を混沌に落とすため恐怖をまき散らしている。

 ………………………………………………………………………………………………………………………。

 その魔王を倒し世界を平和に導くため、勇者【カムイ】が立ち上がった】


「長い……。スキップ機能ないのな」


 長々を流れるテロップを流し読み、徐々に限界突破しそうな〇Sを気にしつつ、ようやく終わったプロローグは要するに、【魔王を倒して世界を救え】ってことですね、はい。

 

 D〇の下画面が黄緑色に染まり、その中の一点に茶色い何かがある。

 察するに、この茶色(茶髪)が主人公で、黄緑色なのが草原らしきフィールドなのだろう。


 しばらくすると画面に突如矢印が現れ、こちらに進め的なことを示唆してきた。てかその方向以外に十字ボタンを押しても進めなかった。


 五歩ほど進むと、灰色の物体(多分犬)が現れた。


 そのまま進み、犬に当たると戦闘用BGMが流れ、DSの上画面に十分に犬と見える敵、下画面には選択肢、【戦う】【武技・魔法】【道具】【逃げる】が現れた。


「ウルフ……犬じゃなくて狼なのね」


 敵名称に、【ウルフ レベル2】と書かれ、HPゲージもその下にある。


『【戦う】を選択してください』


 その指示に従い十字ボタンを操作する。


『ダメージ8を与えた』


 一度の攻撃でHPバーが黄色。


『ウルフが噛みついてきた。ムーンにダメージ12を与えた』


 俺の総HPが21、敵の攻撃強くない? 次食らったら死ぬんだが。


『道具を選択し、薬草を使うをせせせせせせせんんんんんんんんんん…………』


「あー持たなかったか。バクった」


 〇S画面は戦闘シーンのまま凍結し、所々に横線が混ざっている。

 電源落として再起するかどうかは、この時点では誰にも分らない。


「てか一度の攻撃でウルフのHP半分切るなら、わざわざ薬草使わなくてよくないか?」


 チュートリアルだとは分かりつつも、そんなくだらない事を考えながら〇Sの電源を落とした。


 ……目の前が真っ暗になった。


 文字通りの真っ暗。


 ポ〇ットモンスターで敗北し、カツアゲされた時のあれではなく、マジで何も見えない。


 声を出しても何も聞こえず、手足を動かしてみるも感触がない。



…………どれくらいそうしていたのだろう。


 いつの間にすぐ前に光の玉があった。最初は手のひらサイズに見えたそれも、徐々に大きくなっていき、動くことができない俺はその光に包まれた。


 目を開けられない程に眩しかった光が収束していく。


 そこには見慣れた自室ではなく、青い空と風になびく草原、手のひらには立派な木の棒、そして多くの鮮血をまき散らしながら俺に向かってくる、一匹の狼がいた。


 体が重い。

 左足が沸騰してるかのように熱く、頭も上手く働かないが、何よりもまず、このままだと死ぬ。


 突進してくる狼を左側に避ける。

 しかし俺の回避が遅かったのか、狼相手にマドリード決めようとすることがそもそも無理だったのか、狼が右足を掠めて俺は吹き飛んだ。


 俺も吹き飛びはしたが狼も無傷ではない。ただでさえ手負いなのに、猛スピードで突進。

 掠めただけだとは言え、それなりの衝撃を受けて更に傷を悪化させていた。


 そもそも狼が初めから無傷だったならば、初手の一撃を避けられずに死んでいた。


 次が来る


 痛む両足を堪えながら、慌てて立ち上がる。狼はこちらを見据えてはいるものの、今すぐに襲い掛かってくる様子はない。


「もしかしてここはゲームの……」


 僅かな空白。この時ようやく自分の置かれている状況を理解した。


 ここがゲームの続きなら、右足の痛みは噛みつかれた時のもの、そして狼、ウルフの傷は俺が与えたはずのもの。

 つまり、俺はウルフのHPを半分以上減らせる技が使えるはず! 

 それにウルフのHPはもう残り僅かなはず!


 冷静になれば、どうすれば技が使えるのか分かる。

 頭の中に【戦う】【武技・魔法】【アイテム】【逃げる】の選択肢がはっきりと浮かんでいるからだ。


 長年使ってきた道具を使うかのような滑らかさで、【武技・魔法】を選択、その中にある【叩きつける】という選択肢にも違和感を覚えることはなかった。


 体がウルフに向かって動く。足の痛みは増しながらも、何かに導かれるようにウルフに向けて木の棒を【叩きつける】為に動く。


 俺の動きに気が付いたウルフも、俺に向かって不安定な足取りで奔る。


「あああああああーーーーーー」


 叫んでいた。力を出すためなのか、恐怖を紛らわす為なのか分からない。


 衝突する寸前、左に避けながら木の棒の遠心力を利用し右に回った。それはまるで、バスケットボールの技でロールのような動きだった。


『ゴンッ‼︎』


 左上から右下に振り下ろした木の棒は、ウルフの胴で確かに沈み込み、命を刈り取った。


『タラララッタッタッター』


 よく知らなくて誰もが知っている効果音が頭に流れる。


 重かった体は軽くなり、両足の痛みは無く、平常時に比べて働かなかった思考もまとまってきて、さっきまで見えてなかったものも見えてくる。


 視界の端に浮かぶ黄緑のHPバー、その上にある【カムイ】という名前。


 血の付いた木の棒と農民ようなみすぼらしい衣服(自分かウルフの血液付き)。

 地面に横たわったまま、消えることなくいつまでも異臭をまき散らす死体。


「【メニュー】」


 違和感も抵抗も無く、そうするべきという確かな意思を持って、その言葉を口にした。


 メニュー画面にあったのは【カムイ】 レベル2。そして称号……。



・  ・  ・

 つまり問題なのは、低いレベルではない。始めたばかりだし仕方ない。

 貧弱な装備のことも、いずれ買うなり作るなりするから今は仕方ない。

 特殊スキルも知識もない事でもない。まあそういう時もあるし、最近のアニメではそういうチートが無いのもよくある事らしいので仕方ない。


 問題なのは、帰る方法が何となく分かってしまう事と、それが分かってしまう要因の方。


 つまり問題なのは称号。


【勇者】


 この恐らく序盤も序盤、チュートリアルで出てくるような雑魚相手にボロボロになって、RPG世界でも死んで生き返れる保証もない。


 それなのに、レベルは低く、装備も貧弱、チートスキルも無くて、どうやって魔王を倒すんだ! 


 称号【勇者】だからね、俺。最終的に魔王と戦うことになるんだからね。


 そして恐らく、この魔王を倒すことが元の世界に帰るための手段だ。

 このゲームの目的だし。


「引きこもろう。勇者の称号がどれだけ影響力あるか分らんけど、誰にも言わなければバレないはず」


【勇者】という思春期真っ盛りの高校生には、ちょっと嬉しいような、かなり痛々しいような響きに思わず動揺してしまったが、その件については今解決した。


 問題はとか言って、まあまあ長い回想を入れて散々引っ張ってきたものが、仮に文章にしたらたった一行程度で解決した。


 で、新たな問題。


「というか、ここどこ?」


 広々とした草原に、町も村の影も無し。ポツリと呟いた声に答える者無し。


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