デビュー戦
昼を少し過ぎた頃。
少し休憩を挟みながら、食堂で朝霧と話していた。
朝霧には頑張らないといけないことが2つある。
1つは恐怖心の制御。朝霧は殴られることにも、殴ることにも抵抗があるらしい。
それが普通ではあるのだが、いざという時足を引っ張る可能性がある。だからデビュー戦を通して少しでも慣れてもらいたいって目論みもある。
もう1つは自分からすれば必須ではないのだが、魔法の習得。これに関しては自分も手伝わないといけない。
案の定というか、魔法を覚えさせることはできなかった。それもそのはずで、そもそもこの世界には魔力の概念がない。
自分が普段から使ってる魔法だって、おそらく自分自身のエネルギーを魔力に変換してるだけだ。
ならそれを朝霧でもできるように…とも考えたが、そんなことをしたらエネルギー変換が朝霧の命を脅かす可能性がある。
魔力を蓄えることも難しいだろうしな。
そのため、どうやって魔力に回せる力を用意するかが壁となっていた。
それさえどうにかなれば魔法習得は可能だろう。
「体内で魔力を生成できれば楽なんだが…」
「できないの?」
「おそらくできる。だが、それだと不老魔法に組み込んでる成長促進効果に悪影響が出るんじゃないかって思っててな。成長自体もできるし、成長に応じて魔力の保有量も上がるだろう。
その代わり、身体能力の成長速度が落ちると見てる」
もしそうなる場合は、風谷と朝霧のツートップは難しい。
魔法を使えるのであればそれを応用してもいいが、実戦で使えるかと言われれば怪しい。自分達と同様の存在か、身内同士での戦い限定になる。
身内同士での戦いにしても、成長が遅い以上体力面や接近戦で不利になるし。
「友香がすごい早さで強くなってるから、それは流石に困るかも…でも魔法も使いたいし…う~」
「友香以上に沢山食事を取れば、一応エネルギー不足問題は解決するとは思う。だが自分とは違って、朝霧の場合魔力保有量は大きく減るはず。
どこで魔力枯渇状態になるか分からない以上、かなり危険だ」
「だよね~…それにいっぱい食べるのもなんかはしたないし」
そこ気にする所なのか?
「だが沢山食べないことにはエネルギー不足解決は難しいだろう。魔法を使いたいなら覚悟した方がいいぞ」
「アリエルさん的にはどうなの?」
「…え、何がだ?」
なんで急に自分の話になった?
「その、沢山食べる女の子ってどうなんだろう…って」
……「思考透視」を使う。
(アリエルさんが気にしないならそれでも良いんだけど…そうじゃないなら、もう少し女の子らしくいきたいな)
違うか。
シンプルに恥ずかしいだけらしい。
(…なんかアリエルさん考え込んでるけど、まさか心を覗いてる?)
なんでバレた!?
「すまなかった」
「…正直なのはいいけど、変なこと考えてる時に覗かないでよ?」
「言葉の意図が分からなかったから覗いただけだ」
まさか朝霧も恋に落ちたわけじゃないよな?と一瞬疑ってしまったから、この結果はむしろ助かるが。
話が逸れたが、別に答えるメリットがあまりないのと朝霧が忘れてるっぽいのでそのままにする。
「二人でイチャイチャするなー!」
「そんなつもりは全くないからね!?」
唐突にやってきた風谷の言葉に朝霧が突っ込んでいた。
「風谷も来たか」
「少し前からいたんだけどね?なんかいちゃついてるなーって」
「頭の中花畑か?」
「ストレートな悪口だよそれ!?」
明らかに好意を持たれてるなら話は別だが、そうじゃないなら相手に失礼じゃないか?
「まあ、アリエルさん相手だしまだ良いと思うけど…」
「否定しろよ」
…ホントに恋に落ちてるわけじゃないんだよな?
◇
「という感じだ」
「私がいない間にそんなことがあったんだね…」
友香は今朝の出来事を知らないため、簡潔に話した。
ただ流石は友香というべきか。
返り血を浴びて戻ってきた、と朝霧から聞いても至って普通の反応をしていた。
「…友香、アリエルさんって普段からこうなの?」
「今回みたいなことは初めてだったけど、アリエルさんだったらいつかするだろうなーって思ってたから」
「どういう意味だ…」
「でもアリエルさんだけで対応しちゃったんだね」
「時間が無かったし、状況もかなり酷かったんでな。初めてであれに対処させるのは流石に申し訳ない」
風谷でも上手くやってくれるか怪しかった。朝霧に至っては、耐え切れずに吐いてしまう可能性もあっただろう。
急がば回れって言葉もあるし、わざわざ自分一人でできることに無理して巻き込む理由もない。
「ってことは、最初はそこまで難しいことをしないの?」
「難しいことをしないわけではないな。自分が重要視してるのは『どれほど安全か』、そして『どれだけ小規模か』の2つ。
今回は慣れてもらうためではなく、流れを理解してもらうためのもの。耐性をつけるのはそれからでも遅くない」
「そうなのね、行き先はもう決まってるの?」
「あぁ、ただかなり遠いからテレポート必須だが」
今回行く場所は東に80kmほどある。
流石にこの距離は走れないため、「瞬時移動」を使ったほうが圧倒的に楽だ。
「じゃあ早めに行かない?その子、今もいじめられてるんでしょ?」
「…そう、だろうな。ちなみに、場合によっては保護することもある」
「保護…私は賛成だけど」
「私も賛成!仲間が増えたら楽しそうだし、何よりこの場所が世界一安全だもん」
「核兵器が飛んできてもアリエルさんならどうにかしそうだからね…」
できるとは思うが、そもそも飛んできて無傷だったら偵察時に認知される危険もある。
認識阻害も完璧にはできない。最悪、国を消すつもりではいるが…
そもそも核が飛んでくるような状況にはならないでほしいものだ。
「今回は保護する必要がないと思うけどな」
「仮に保護したとして、大丈夫なの?ここの事情を聞いたら怯えちゃいそうだけど」
「それは…まあ、心を覗いた上で決めていくつもりだ」
「…心ってそんな平気で覗いて良いものじゃないのにな〜」
「隠されるよりはましだ」
そのジト目をやめてくれ。
「とりあえず準備はできてるし、もう行かない?友香も大丈夫だよね?」
「うん!確かに怖いけど、これから人助けをするんだって思うと楽しみなんだ」
「…やり過ぎるなよ?」
「なんで私達が圧倒するの前提!?」
実際に戦ってみれば二人も実感すると思う。
まあすぐに分かるだろう。
「よし。…裾をつまんでくれ。裾だぞ、腕は絶対触るなよ」
「そんなに言わなくてもやらないって…」
そうして風谷が右を、朝霧が左をつまんだ。
両手に華だな。華にしてはめっちゃ距離感あるが。
…他人事だと思い込もうとしてるが、めっちゃ怖い。
さっさと移動しよう。
「瞬時移動」
◇
「着いたな。もう離れろ」
「そこ普通離れていいぞって言う所じゃ!?」
着くや否や、即座に二人に距離を取ってもらう。
目の前には…小学校。
小学校は場所にもよるが、中学高校と比較すれば軽いいじめであることが多い。
だが同時に、幼いために心が未熟だ。純粋だとも言える。
その分だけ傷つきやすいし、その分だけ遠慮を知らない。こういう場所だと、大男という自分の図体が不利になりやすい。
いじめの犯人には有効かもしれないが、子供を虐待する構図に見られでもしたら穏便な解決が程遠くなってしまう。
「ここがそうなんだ…」
「この後どうするの?」
「平日だから授業中のはずだ。だからまだ学校には入らない」
「えっと…じゃあ、なんで学校に来たの…?」
「学校の位置を覚えておいてくれ。これから歩きで向かう所がある」
「どこだろう」
「今回の被害者の所だ」
今回の目的は、いじめに終止符を打つことといじめ被害者の心のケアだ。
昨日下調べをした時は不登校気味になってるという情報を得ている。そのため、おそらく自宅にいるはず…
「ちょっと待っててくれ。『術者透明化』」
姿を消してから学校に侵入をする。女の子と遭遇したら壁にぶつかって気付かれる可能性があるため、学校のグラウンドから中を覗く。
被害者は5年生だから…3階の手前だな。
視力の高さを生かして、空を飛びつつ遠くから観察をする。2クラスとも教室内授業で助かった。
本人は…やっぱりいないな。
どのクラスだったかまでは把握していないが、1組の席の1つが空いていた。それ以外に空いてる席もなく、この席の生徒で間違いないだろう。
(机や椅子に何かされた痕跡はなさそうだな)
念の為確認はしたが、まだ過激ないじめには発展してないようだ。
一旦戻って術を解除する。
「戻ったぞ」
「わっ!?いきなり現れないでよ」
「いやさっき目の前で透明化しただろ」
「ぱって消えてぱって現れるんだね、それ…」
少しずつ消えるわけじゃないから、見てる人がいたらびっくりするものなのかもな。
「それはともかく、やっぱり校内にはいなかった。だからこれからその子の家まで行く」
「了解〜。ちなみにその子の性別は?そういえば聞いてなかったから」
「………」
「…女の子確定だね」
「この反応は絶対女の子だろうね」
◇
家までやってきた。
女の子は一人っ子だということと、両親ともに優しい人だということは判明している。夫婦良好で、特に家庭内トラブルも起きてないことも。
色々壁はあるが…最悪ごり押しさせてもらおう。
インターホンを押す。
『はい』
母親と思わしき声が聞こえてくる。
今回、事前に声をかけることをしていない。そのためどうするか…
まあ、どうにかなるだろう。決して考えるのが面倒だからではない。
「すみません、鈴木夏希さんの家はここで合ってますでしょうか。その子についてお話がしたいのですが、お時間いただけませんか?」
「敬語だ…」
「アリエルさんの敬語なんか違和感あるね」
一応元会社員なんだから敬語くらい普通に使うぞ…
少し待つと、女の子の母親が出てきた。
「はい。…あら?そちらのお二人方は」
「あぁ、学校の子とは違いますよ。私の身内だと思っていただければ」
「分かりました。…それで、どういった御用で…?」
「中でお話をさせていただきたいのですが、その前に…鈴木さん、貴方のお子さんがいじめられていることはご存知ですか?」
「えっ!?」
知らなかったらしい。
「…あの、学校の関係者の方ですか?」
「いえ、そういうわけでは…」
「鈴木さん、今回私達は夏希ちゃんのいじめを止めるために話に来たんです。もし良かったら、夏希ちゃんも交えてお話がしたいんですけど…」
朝霧がフォローしてくれた。すまん、助かる。
「…そちらの事情はよく分かりませんが、そういうことでしたらどうぞ。今夏希を呼んできますね」
そう言って家の中に上がらせてもらう。
「本当は入りたくないんだろうね」
「うん…若干顔が引きつってるもん」
「聞こえてるぞ…」
家に入り、今に案内してもらった。そこに椅子がある。
が、3つしかない。自分は立っておくか。
「夏希ー?お客さんが来てるわよー?」
「え、誰?」
「学校の関係者ではなさそうよ。女の子を二人連れてる男の人」
「女の子?…茶髪の子?」
「どっちも黒髪の子だったわよ」
「…行ってみる」
上で話し声が聞こえる。
少し待っていると、一人の女の子がやってくる。
女の子はこっちを見るなり「誰?」って顔を向ける。そりゃそうだ、知ってる人かと思ったら全員知らない人なんだからな。
母親も後ろから来ているが、女の子の反応に疑問を感じたんだろう。
困惑していた。
「自己紹介をさせていただきます。私はアリエルと言って、一言で言えばとある組織のリーダー…みたいなものです」
「組織…とは?」
「迫害される子を減らす活動をしています。先程質問させていただいた時に思ったのですが…その子、いじめられてることを話してなかったのでは?」
「なんで!?私誰にも話してないのに!」
女の子が突然声を荒げる。余程親に知られたくなかったんだろう。
「夏希、なんで話さなかったの…?」
「だって、お母さん達忙しいじゃん!こんなことで迷惑かけたくなかった!」
「…」
言いたいことはあるが、女の子が相手なだけに口を開きづらかった。
「夏希ちゃん、お姉ちゃんからのアドバイスだよ。よく聞いてね」
風谷が喋る。
「えっと…お姉、ちゃん…?」
「一応年上だよ!?」
「ご、ごめんなさい」
吹き出しそうになった。
まあ、見た目だけなら風谷達のほうが歳下に見えるよな…
「いじめっていうのはね、我慢してても何も変わらないんだ。ずっと苦しいだけだし、もし心配してくれる人が周りにいるなら話してあげるだけでその人のためにもなるんだよ。絶対に解決できないなら我慢した方が良いこともあるけどね」
「…そうなの?」
「お母さんと一回話してみようよ。協力してくれるはずだよ?」
「…お母さん、本当?」
母親はというと、少し泣きそうになっていた。
「そんなことで心配しなくても…!私達は、夏希が楽しく過ごしてくれるんならなんだってしたわよ…」
「お母さん…」
「…」
どうしよう、話の輪に入れない。
「…ポンコツアリエルさん」
「…すまん」
今の所何も貢献できてなかった。
「話してくださってありがとうございます。まさか、いじめられてることを隠してるとは思いませんでした」
「いえ、ここからが本題です。私達はいじめを終わらせるためにやってきましたので」
「えっと…終わらせる、というと…?」
「説得します。それでダメなら別の作戦を使います。ただそのためには、夏希ちゃんと鈴木さん自身の協力が必要です。
私はいじめっ子の親の対処を、うちの子達にいじめっ子の対処をしていただくつもりなのですが、まずどんないじめをされてきたかを話していただければなと思います」
内容が分からないと説得のしようもないしな。
ただ、最悪脅したり魔法で制約をかけることになる。その場合は見られるわけにはいかない。
武力行使での解決は今回必要ないだろうしな。もしかしたらいじめっ子の親に武力行使してもらうかもしれないが。
「…話します。私が受けてきたいじめは――」
…上手くいってくれよ。




