息モ苦ルシク #1
略奪愛とはいえ平凡で幸せな家庭を築く事が出来たマリコ。その彼女の唯一の悩みは反抗期に入った息子の事だった。
彼女は手を叩く
「その手が有ったわね」
マリコは昔から行動力には自信が有った。
“思い立ったら吉日”
手元には自分用に処方してもらったハルシオン。ベンゾジアゼピン系睡眠導入剤。
「シン、ちょっとこっちに来て頂戴」
それはとても良いアイデアだったから。
彼女は長女のユカリと息子のシンとの三人で暮らしていた。と言っても夫がいない訳ではない。単身赴任だ。
『ほんの2年だから』
その言葉が3年、4年と伸びている。実のところ
“夫がいない日常”
はそんなに悪くはない。なにしろ男と言う生き物は手間がかかるから。彼の生活に合わせご飯を作ったり、世話をして。落ちている服を片付けたり挙げ句の果ては横になってテレビを見る姿に
『子供がマネするから止めて』
等という事を言わなくても済む。何よりも来年の2月にはユカリの中学受験が控えていて夫になんか構っている暇がない。だから好都合。教育資金の足しにと去年から始めたパン屋さんでのパートも忙しい。ユカリは女の子だから塾の送り迎えも必要で、ママ達との情報交換も欠かせない。マリコは毎日をスケジュールで刻み、判で押した様な生活を繰り返すことで見た目よりもハードなその生活を乗り切っていた。
彼女は後妻だった。彼と
“恋愛”
を始めた頃、彼が妻子持ちだとは知る由も無く、
『昨日正式に別れたよ』
の一言で現実を知らされた。それでも彼女は自分が幸せだったと思う。なにしろ彼は
“きっぱりと”
前の妻とは別れたのだから。しかもその女は女性にはありがちな
“二度と会いたくはない”
という感情に突き動かされ慰謝料も無く離婚が終結し、今では再婚もし、風の噂では幸せそうにやっていると言う。唯一つ、子供の一件だけを除けば。
前の妻は派手な女で、彼はそのけばけばしい
“女らしさ”
に目がくらんだと後からマリコに悔いる様に話したものだった。
「だから君みたいに理知的で落ち着いた人を求めたんだよ」
その言葉に彼女は納得だった。公立の大学を卒業し、身持ちの固い会社でOLをしていた彼女は、自分で言うのもなんだが理想的な結婚相手だと思う。それに比べ前の妻たるや。それは彼の実家に挨拶に行ったとき、あからさまに感じた事だった。義母は
「最初からこの人と結婚していたら良かったのに」
と言い、義父は
「これでやっと安心できる」
と喜んでくれた。当然だと思った。しかし。
前妻には子供がいた。ユカリより4歳上の女の子。その子が
「凄いわね」
義母が何気なく漏らした一言が引き金になる。
「ノンちゃん、とういん学園大付属中学に受かったんですって」
ノンちゃんというのがその娘で、とういん学院大付属中学というのは知らない人はいないとうい超有名私立女子学校だったのだ。偏差値65。マリコは耳を疑った。あんな女の子供がそんな学校に入れる訳が無い。高卒で、スナックで働いた事も有る様な女。性格が悪く辞めさせられて、バイトで働いていて出来婚で夫と結婚した女。キレイだけが取り柄で、頭は空っぽ。そんな女の子供を、あれ程まで彼女を褒めてくれていた義母が
「凄いわねぇ」
と口にする。
「ええ、本当に」
マリコはそう答え心の奥で歯ぎしりをした。あんな女の子供がまともな中学に進学できて、私達の子供が出来ないはずが無い。というか、それ以上、行けるはずで。
『負けられない』
その瞬間からマリコの中では戦いが始まった。
続く