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心臓ヲ捕ラマウ #5

 その

“贈り物”

が樹里からだという事は明白だった。例のメッセージのあとにtomokoと入ったメールアドレス、それから最後に

『痛むからクリームは付けなかったよ』

そこだけ見慣れた彼女の文字が有った。もらったアドレスが彼女のものじゃない事はすぐに気がついた。でも彼は諦めない。クイーンの文字が彼に有る事を教えてくれたから。それは一番最初にやったやり方。

 露澪はPCで無料のアドレスを作るとそれを封筒に入れ彼女に送る。@マークを☆にする事も忘れない。彼女の親にバレたら厄介だから。それからポストへの投函は親が付き添う病院で行った。彼らの方が友延よりも管理が甘かったからだ。

 アドレスは

“rorence”(ロレンス)

シェイクスピア劇で二人の結婚を取り持つ新婦の名前。届いたメールは

“uba”(乳母)

からだ。

「樹里らしいや」

彼はパソコンに向かって微笑んだ。こうして再びかれらの

“交際”

は始まった。


 丁度その頃、心臓病の新薬が開発され彼のハートも少しは安らぎをえる事が出来ていた。

 彼の母親も落ち着き、父親はアレから何も切り出さない息子を疑わしく思いながらも穏やかに暮らしていた。

 二人の逢瀬はネットの中。それは2年以上続く事になる。

 彼女は同じ県下の進学率の低い共学に入り

『家は貧乏だし、私は頭が悪いから、高卒で就職って決まってるんだよね』

からっとした口調で日々の暮らしをメールで送ってよこした。樹里は彼がいないなりに青春を謳歌しているらしく

『今日は県の演劇祭に行って来たよ』

白鳥の湖張りの衣装を身に着け、隣りに王子らしい男が立ち彼女の腰に手を回している画像を添付し送って来たりもする。その公演が有る事を知っていた露澪だったが当然見に行けるはずがない。彼女を独り占めできない我が身のふがいなさを呪いながら、動くことのない彼女の写真を食い入る様に見つめていた。

 彼女の名声は彼の行く進学校でも轟いていた。

“潮崎ジュリエット”

と言えば知らない人がいない程の有名人で、アイドルデビューの噂さえ流れている程だったのだ。

「芸名要らずだね」

彼女の話しをしているクラスメートを横に友延が笑う。ご丁寧にも友延は露澪と同じ医療進学系のクラス編制に入っていて、彼らは四六時中べったりとくっついていた。

『お前達、デキてんの?』

そう噂されながら

『まぁね』

露澪は余裕で答えた。その頃になると露澪も彼の家の事情が呑み込め、友延も好きでこの

“仕事”

をしているのではないと分かっていたからだ。

「その子って、そんなに可愛いの?」

友延は立ち上がり、彼らが手にしているビラを覗き込んだ。

「ふ〜ん。まぁまあ、かな?」

彼は端正な唇の端をにっと歪めてみせた。

「お前、贅沢だなぁ」

クラスメイトが騒ぐ。

「85・56・82だぞ?」

結局年ごろの彼らの関心はそこだったりして、

『畜生!』

露澪は心の奥でほぞを噛んでいた。


『僕はいつでも君の事を想っているよ』

『早く大人になって、君と二人きりで会いたいよ』

彼は日常の報告を送るメールの中に気持ちを託した。

“他の男の目にさらされている君が嫌いだ”

そんな本音を忍ばせながら。


 樹里も樹里で色々と複雑だった。もともと母親以外にも商売女と関係を持つ様な好色な父親が、何かと彼女を付け狙っている、そんな感じがしたからだ。母親は母親で彼女に対しより辛く当たっていた。それは打つという暴力以外でもそうだった。なんと、17になった樹里に見合いを持ち込んで来たのだ。相手は36歳の自称青年実業家。

「うちはお金が無いから、この不景気にお前を食わせるんでも大変なんだよ」

母親は顔を歪めた。その男の写真はどう見ても40過ぎのおっさんで、どう見ても修正が加えられていて実物の悲惨さをありありと物語っていた。

「今の世の中、お金がないと生きていけないからね。高卒で無事に就職できるなんて甘い事考えちゃいけないよ。それかいっその事キャバ嬢するってのも手かもしれないけど」

さらりと口にする母親に

“この女だったら、面接さえ通ったら今からでも現役キャバ嬢ヤリそうだよ”

そう思う樹里だった。

 学校は学校で大変だった。成績は最悪なくせに舞台のセリフだけは覚えられる彼女。

“憑衣系”

と気味悪がられ、なまじ美人なだけに友達も出来ず、そのくせ

「私の彼にちょっかい出すの止めてくれる?」

みたいな手合いがやたらと多く完全に孤立している日々だった。

 補習の帰り、無くなっているローファー。探している所に

「ゴミ箱で見つけたよ」

持って来る見知らぬ男。

「ありがとう」

本当はそんな事言いたくない。でも言わない訳に行かないから、それを奪い取る様に受け取り、吐き捨てる様に口にし、逃げる様に校門を抜ける。かといって家は決して居心地の良い場所ではないから。

「会いたいなぁ」

誰も信じる事が出来なくて

「露澪、今頃何してんだろう」

彼の名前を呼ぶ。

 酔っぱらった振りをした父親が彼女のいる風呂場に押し入って来る

『親子なんだから一緒に入ろうや』

 長電話のあとの母親が寝る前の樹里に話しかける

『あんた、まだ処女だよね?』

彼女の手には宝石のカタログ。

『大事にしときなよ。その方が高く売れるんだから』

 露澪との関係は親にはバレていなかった。だから嫌がらせもこれ程度で済んでいると言う自覚が有る。その事にほっとすると同時に、この苦痛がいつまで続くのかと不安になる。

 その夜乳母からロレンスに届いたメールには

『二人で逃げたい』

そう書いてあった。


     続く


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