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黒ク蠢キ #3

 黒い固まり。ほんの大人の親指程度の大きさ。ガサ、ガサ、ガサ。本来人の気配で怯え逃げ出すはずの彼らは一カ所に留まり蠢いていた。ガサッ、ガサッ、ガサッ。長い触角がゆらゆらと動き、まるで黒い波。彼らの目は二人を凝視しているかの様にざわめいていて

『私達のテリトリーを犯すな』

威嚇しているかの様だった。


 その頃不動産屋は行きつけのキャバクラで

「キャッキャ」

と遊んでいた。

「本当だって。その物件さぁ

“ゴキブリ城”

って呼ばれていたんだぜ〜」

そして女の子達の

「嫌だぁ〜」

のかけ声。

「家を掃除するときなんか、ゴキブリ多すぎて専門の業者さん頼んだ位だからな。それもさ、掃除使って吸い込むんだぜ、こう

“バキューーーン!”

ってさぁ。するとタンクにゴキブリが詰まって、

“カサカサ”

動くんだよ。超気持ち悪りぃの」

「本当、キモイ〜!」

それはゴキブリ同様、お前もだよの意味。

「いや、本当、マジで。以前に住んでいた大学の教授が大のゴキブリ好きで、専門がゴキブリの研究だったんだぜ。それもさぁ」

そこで彼は声をひそめるフリをしてはっきりと

「セックス」

そう言った。

「ゴキブリのえっちの研究してたんだぜ。たまんねぇよなぁ」

女の子達はさすがに我慢も限界。

『たまんねぇのはお前だよ』

嫌な顔をする。

『仕事だから笑ってやっているのが分かんないのかよ、この変態!』

彼はそんな態度に気がつかず、

“インパクト与えちゃった”

なんて喜んで。

「気味が悪いよなぁ、ゴキブリのセックスなんて。もしかしてあのオヤジ、ゴキブリ相手にしてたかも? な〜んって」

ヒャッヒャと笑らい、隣りに座る女の子に

「俺だったらやっぱ、人間ちゃんとセックスしたいなぁ」

あからさまに体を触るから。彼女はそっと

“ヘルプ”

の信号をスタッフに送る。

『こいつ、いっぺんゴキブリにやられちまえ!』

そんな事を思いながら。


 そしてあの家では、ハッと我に返ったパパはそろりそろりと体を引き剥がし、出入り口まで行くと一目散に洗面所へと駆け出していた。洗面台の下にはスプレー式のゴキブリ除去剤が有るはずで、ソレさえ有ればなんとなると思った。その大きさでアノ数を退治できるかどうか、そんな事どうでも良くて。

 洗面所の明かりをつけ、勢いよく観音開きのドアを開け

“カサッ”

彼の足下に黒い固まりが落ちて来る

「ひぃっ!」

彼は反射的に踏みつぶす。ぐしゃり。暖かいとか冷たいとかは感じない。ただ、固い外羽根とむちむちとはみ出した内臓と。

 自分が何をしたのか気づくのには少し時間がかかり、それよりもその戸棚の中に蠢くゴキブリ達に目を奪われた。

“カサカサカサッ”

ピンと立った触角がコオロギみたいに揺れている。でも彼らはコオロギじゃない。ゴキブリだ。ヤツらは中にとどまっている。パパは勇気を振り絞り戸棚の中にある、そう目の前にあるスプレー缶を手に取るとそっと抜き出し、一気に彼らに向かって噴射した。

「ざまぁ見ろ!」

そしてぱたりと戸棚を閉めた。こうすれば中に毒ガスが充満し、確実に死んでくれると思ったのだ。

“我ながら冷静に対応できた”

彼は歯を食いしばりながらそっと片足を持ち上げた。粘る液体が彼と床をつなぎぬらぬらと跡を残す。

「畜生」

崩れた残骸。半分はゴキブリの形をとどめ、もう半分はまるで魚の内臓を彼に連想させてくれ。

「全員、殺してやる!」

かけてあるタオルで素早く足の裏を拭き決意を固めた。丁度その時

“ぽたり”

閉めているはずの扉の隙間から

“彼ら”

が滑る様に逃げ出して。

「嘘だろう?」

その言葉より早くパパはスプレーを吹きかけていた。

「死ねよ、お前ら!」

ひっくり返り、足をばたつかせ、それでも彼らはじりじりと動く。そして

「うっ!」

ぶりぶりとその尻から何かをり出す。まるで便の様に黒い、小指の爪よりほんの少し小さな小判型。卵鞘。死んでなお子供を残すその生命力。

 這い出したゴキブリが天井を伝い家中に散らばろうとする。あるものは飛びながら二階へと向かい、あるものは玄関へ、そしてあるものは……。


 彼らは叫んでいた。かつては

“安住の地”

だったこの家が犯されてしまったと。今までこの家のどこにいても追われる事は無く、ましてや敵意を剥き出しにして毒ガスを振りかけられる事など無かった。

“先生”

はいつでも歓迎してくれたから。一番てっぺんにある部屋に沢山の御馳走を用意しれくれ、慈しんでくれた。

 彼の手の上を這えば撫でてくれ、夜中に布団に潜り込んでも潰される事無くそっと抱きしめいてくれたものだった。

 彼らは仲間を募りこの家にやって来た。ここに来れば憎しみに満ちた目で見られる事も無く、スリッパではたき潰される事も無い。仲間の死骸の匂いを嗅ぎながら

“明日は我が身”

と怯える事は無かったはずだ。そして家族が増え、この夏には一気に数倍にも膨れ上がり、あの親切な

“先生”

にいつかは

“ご恩返し”

をしたいと思っていた。それなのに春も近い或る夜の事、あの人はこつ然と姿を消したのだ。ガランとした家の中、じっと息を潜め先生を待つ。気配さえ感じず、ただ無駄に仲間達が増え続ける。卵を産み落とし、赤ちゃんが産まれ、もうすぐ食料が足りなくなるかもしれない……。そう怯えていたある日、沢山の仲間達が突然

“拉致”

され、

“清掃人”

達は毒々しい香りをこの家にまき散らし始めた。殺虫剤だった。ゴキブリ達は苦しみ足掻き、慣れ親しんだこの家を後にした。しかし、しかし。屋根裏のあの部屋の壁に練り込まれたゴキブリ達を引き寄せる強力な

“フェロモン”

は、一般業者のクリーニング程度では抜ける事無く、殺虫成分の抜け始めたこの家に彼らを誘う。一匹、また一匹と。

 彼らがやっとの思いで戻って来た我が家は、侵略者に占領されていた。その女は

“嫌らしい香り”

を家の中にまき散らし、彼らがこの家に住むのを拒んでいるかの様だった。彼らの脳裏に過去の惨劇が蘇る。捕まえられ引き裂かれる家族、殺されて行く仲間達。地獄の釜の様な音を立て彼らを吸い込む悪魔の口は

“伝説”

と化し、彼らを恐怖に陥れた。

『俺達は虫けらだから』

気弱な一匹が呟き、それに迎合する大衆。かさこそと身を潜め壁の後ろに隠れる虫達。

 ある日彼女がいなくなり、悪臭の消えたこの家に平和が舞い戻って来た。ゴキブリ達はその有様に胸をなで下ろした。やはりここは自分達にとって安住の地なのだと。そこで今度こそはと決意を固める。

“武力”

に負けず、この地を守り抜くのだ!

 幸いな事に、

“新しい女”

とやって来て、今現在家に残っている

“新しい男”

の行動は

“この男も先生と同じ様に僕たちを愛してくれているのかもしれない”

そんな風に彼らに思い込ませるには十分なものだった。

“今度こそ、今度こそ”

彼らは期待を込めた面持ちで彼の言動を眺めていた。そんな矢先の事だった。

 今晩のいきなりの襲撃に彼らは悟った。散らかった台所も、生ゴミで溢れた屋根裏部屋も全ては欺瞞。一時的な行い、気まぐれ。彼らを心から受け入れた印では無かったのだ。


 新しい住人が引っ越して来てから

“もしかしたら”

それはゴキブリ達に間で起こっていた

“疑惑”

だった。

“もしかしたら先生はもうこの世にはいないのかもしれない”

“もしかしたらあの人達に殺されたのかもしれない”

“もしかしたら”

そして今日、彼らは知った。

『この人間達が殺したに違いない!』

『我々を殺した様に』

『残忍に!』

“それならば”

一匹が言い出す。

『それならば同じ様な目に遭わせてやろう!』

『そして我々の自由を取り戻すのだ!!』


     続く

黒ク蠢キ #3 有る意味、ギャグですね。ゴキブリにもゴキブリの主張が有りますからね、あはははは。

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