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息モ苦ルシク #7

 次の日は彼の実家へ挨拶に行った。電車で2時間。しばらくぶり会った義母は奇妙に若返っており、何度も同じ会話を繰り返した。痴呆の初期症状かもしれない、そう思ったが

「ユカリは受験生だから」

マリコは彼女を連れて日帰りで自宅に戻った。シンのハルシオンの事は忘れる事にした。どうせ祖父母が甘やかし、なかなか寝かせつけないに決まっている。何か有ったら

『環境が変わった』

そう言えば良い。それよりも。ユカリが寝静まった真夜中、彼女は帰り際に彼からかすめ取って来た携帯を手に持ち、じっと見つめた。一番肝心な場所をチェックしていなかったから。

 彼からは三回

『俺の携帯、知らない?』

と電話がかかって来た。その上八回も実家の電話から携帯に電話を入れ、探している様子が手に取る様に分かる。焦っている事がバレバレだった。

 彼の携帯には単身赴任の気安さからパスワードの設定がされていなかった。そして昨日の履歴を辿り、彼女の正体が現れた。

 彼女の名前は

“橋本怜”

どうせ

“怜子”

が本名だ。それから着メロはORANGE RANGE。

「ガキかよ」

彼女は呟きながらその画面を見つめた。さすがに写真は保存していない。でもメールはしっかり残ってる。それは絵文字だらけの

“超イケてる”

文面で。

「許せない」

彼女は歯ぎしりをした。その体の奥で湧き上がる思いを

“殺しても飽き足りない”

初めてそう思った。自分だけが努力し、自分だけが我慢をし。良い母であり、良い妻であろうと努力した自分を裏切った夫が許せない。かといって、かといって復讐の手段は無かった。今年はユカリの受験で、今離婚をする訳にはいかない。それに経済的にも無理が有る。マリコはすすり泣きを漏らした。この気持ちを誰かに分かって欲しかった。不思議な事に、この時だけは過換気の発作は訪れず、心ゆくまで泣く事が出来た。

 次の朝、腫れた目をした母に

「どうしたの?」

心配そうな声で娘が声をかけ

「大丈夫」

マリコは微笑んで答えた。短絡すぎるかもしれないけれど、解決方法は有るのだ。そう、それは最終手段。彼が本気で裏切った時に使う奥の手を彼女は考えついたのだ。

 帰って来た夫は妙にやつれた顔で

「昨日の夜はなかなかシンが寝付いてくれなくて大変だった」

と愚痴をこぼした。

「それに携帯が無くなって、仕事に差し障りが出てしまうよ、全く」

それからマリコに構う事無く寝室に向かい

「少し寝かせてくれ」

どうでも良いと言う口調で呟いた。

「あなた、待って」

彼女は後を追う。

「これ、ね? 探していたんでしょう?」

手には彼の携帯電話。

「どこに有った?」

引きずっていた足を止め彼は振り返る。

「私のバックの中」

肩をすくめ、有る程度は正直に話す。バレない嘘は半分が真実。

「中、見たのかよ」

疑わしい彼の声を即座に否定した。

「まさかぁ」

彼女は明るい声で返事を返す。

「別にあなた、浮気なんかしていないんでしょう? だったらそんな必要ないじゃない?」

「あっ、ああそうだね」

カマをかけられているとは知らない彼は受け取った携帯を大事そうに擦りほっと胸を撫で下ろした。そしてぽろりと話してしまう。

「いや、何ね。マリコに話しても解決にはならないんだけど、最近しつこくつきまとって来る女の子がいるんだよ」

と。

「その子はさ、支店長の娘だからむげにも出来なくてさぁ」

“この間のホテルはヒットだったぞ。また連れて行けよ”

デコレートされたテンプレート。

「しつこくて、何回か食事にはつき合っているんだけど」

“べつにぃ結婚してなんて言わないよ〜だぁ。でも奥さんよりぃわたしの事大事にしないとすねちゃうぞ、てへっ”

読みずらい日本語。

「最近変なメールもよこす様になってさぁ」

“どうしたのぉ? 毎日メールくれるって約束したじゃない。この嘘つきぃ!!!!!! 浮気してやる!”

それって確かに変だわね、彼女はやんわりと微笑んだ。その表情を彼は読み違え、心からの安堵を覚えた。

「男の人って、大変ね」

マリコは彼の髪をそっと撫でた。まるで息子の髪を撫でるかの様な仕草で。

 その夜、眠っているマリコの傍らで携帯が二回震え、その度に彼は彼女の狸寝入りを信じベッドを抜け出した。

“口実”

それがこれほど大事だとは思いも寄らなかったマリコだった。彼女は一人で天井を眺める。彼は裏切った。だから、だから。彼女には

“お仕置き”

をする権利が産まれたのだ。


    続く

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