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息モ苦ルシク #4

 もともとハルシオンは害のないクスリだと彼女は思っていた。彼女とて常習していた訳ではなく、どうしても疲れ過ぎて眠れない時に1錠の無飲む程度で。しかも飲んだ後の目覚めは最高。この上なく気持ちよかったから、子供のシンでも大丈夫だと思ったのだ。それに昨夜飲ませたのは規定の量の半分で、まず大丈夫だと踏んでいた。そんな自分の考えが当たったことに彼女はかなり気分を良くしていた。それでも

「おねしょはなんとかしないとね」

彼女は考えた。考えた末、良案を思いつく。彼を今は使っていないオモチャ入れのストッカーに寝かせれば良い。 

 それは縦45センチ長さ75センチ高さ45センチの蓋付きのキャスター。プラスチックで出来ていて、この中だったらおねしょをしても大丈夫。 

 マリコはプリンを食べさせる。ハルシオンのかかったプリン。綺麗に食べ終わった彼を眺め嬉しいと思い、その笑顔を隠しきれぬまま、まるで寝る気配のない息子を連れて子供部屋に行く。息子に読んであげる本、その声が続いている間、彼は暴れ続ける。母は優しく本を読み聞かせる。でもふとした瞬間ぱたりとそれは止み、まるで

“死んでいるかの様な”

沈黙が家を襲った。

 眠りに落ちた息子はストッカーの中。朝目覚めたとき

「どうして僕はここで寝ているんだろう」

と頭をかしげる。母には心配をかけるからと言えない

“酷い頭痛”

を抱えながら。その問いに対しマリコは

「こっちが聞きたいわ」

そう答える事にしていた。

「あなたがいつの間にかそこに潜り込んで寝たがるよの」

さも何も知らないと言う風を装いながら。


 まるでねじの切れた玩具の様に静かになる息子の存在は、彼女にとって奇妙な快楽を運んだ。特に酷く荒れた日には、全ての躊躇いが払拭され、晴れやかな気持ちで臨めた。

 その上彼女はささやかな

“復讐”

をするすべを身に付けた。それは

“蓋をする”

事。

 なにしろそのストッカーには蓋が付いていた。その蓋を閉め、両端に付いている持ち手をぱちんとロックする。静かな寝息が箱の中で響き、彼の鼻先が当たっている所が白くかすみ、密閉された空間が演出される。彼女はその上にそっと腰を下ろす。みしり。普通のプラスチックがしなり、彼女の重圧に悲鳴を上げながら子供にプレッシャーをかける。彼女の臀部から伝わる僅かな気配が、体の下にいる

“生きている”

存在を感じさせてくれ。マリコの喉の奥から何とも言えない声が絞り出され、薄く唇を開きながら天を仰いだ。手や足の先がちりちりと痺れ、体の奥で何かが渦巻く様に音を立てる。それは鬼火というか、なんというか。そう、小さな竜巻の様だった。風を起こし、荒れ狂い。僅かな耳鳴りと、外界の静寂。そして訪れるであろう

“青空の予感”

彼女は大空に向かって舞い上がり、開放されたと思うのだった。


 彼女はそれを

“虐待だ”

とは思ってはいなかった。なにしろそれは家族全員にとって必要な事だと信じていたのだから。

 ユカリがしっかりと勉強できる環境。シンが荒れ狂う心をなだめすかせ、

“彼自身が”

辛い思いをしなくて済む方法。この儀式が有る事で明らかに彼女は救われていた。過換気の発作は彼の傍若無人な行いと比例し悪化するばかり。その度に彼女は頭が真っ白になり、胸掻きむしる苦しい呼吸の間から、何度も同じ言葉を繰り返した。

「静かにして!」

その死にそうな苦しみをスーパーのポリ袋で和らげながら、気合いで明日に立ち向かう。

 そして彼女が完璧な母になれるやり方。それが、これ。ただしケースの上に座るのはオプションだ。

「だって良いじゃない」

彼女は言い聞かせる。その上に乗ったからと言って彼が死ぬ訳じゃない。それにきっちリ5分を必ず守った。だから大丈夫。彼のかんしゃくが収まるまでのほんの少しの期間、お互い楽をする為だ。


     続く

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