さすがです、お嬢様
誤字脱字報告ありがとうございました。
何より大切なお嬢様の侍女として気配を消しつつ後方で控えながら、私は無表情の下に煮えたぎる憤りを隠していた。
私の大事な大事なお嬢様は、モンブラン伯爵家のご令嬢であるシェリー様。色白でふくふくとしたマシュマロのように愛らしいお嬢様は、おおらかで和みと癒やしの権化とも言える素晴らしいお方だ。
その魅力に骨抜きになる者に年齢や性別は関係ない。離れた国からお嬢様に拾われて付いてきた私もその一人だ。
私はお嬢様の母国であるこのグレナード王国から小国を3つほど挟んだ大国、リヴァイ帝国の人間だ。
ただし、確実に帝国民であるかどうかは分からない。私は犯罪組織に育てられた孤児だからだ。
お嬢様との出会いは10年前。お嬢様が7歳、私が推定11歳の時だ。
外交の仕事で帝国を訪れたモンブラン伯爵に付いてきたお嬢様は、身代金目的で私が育てられた犯罪組織に誘拐された。
一目惚れだった。
7歳のお嬢様は今より当然小さく、白くて柔らかくてまるまるとしていた。
頬をつついてみれば感じたことのない至福の想いが私の中を埋め尽くしたのだ。
すぐに組織を壊滅させてお嬢様を救い出し、請われるままに父親の伯爵の元へ送り届けると、お嬢様が私も共に母国へ連れ帰ることを望んでくださった。
その場でお嬢様への忠誠を聖霊に正式に宣誓し、私はお嬢様の護衛兼侍女として共に生きる幸運を得た。
この世界は唯一神の父神が人々の信仰対象である。
父神には子となる聖霊が五霊在る。風の聖霊、火の聖霊、水の聖霊、土の聖霊、闇の聖霊である。そしてそれぞれの聖霊の眷属に様々な精霊たちが存在している。
魔法やスキルと呼ばれる特殊な技は、加護を受けている聖霊や精霊の力を借りて行われるものだ。
というのは帝国では常識なのだが。
グレナード王国では父神の子は精霊であり魔法やスキルの発現には加護を受けている精霊の力を借りる、と教えられているようだ。
この国では精霊は存在しても聖霊は存在していないことになっている。
私に加護を与えている闇の聖霊に理由を訊いてみると、グレナード王国では2〜3代おきに愚かな男性王族が現れ、政そっちのけで取り巻きの権力者の息子たちと一緒に女にうつつを抜かしては罪無き弱者を虐げることを繰り返し、聖霊たちの怒りを買ったことで、王族や聖職者の家系ですら聖霊の加護を受ける者が生まれなくなって久しいのだとか。
父神も呆れて、子らにグレナード王国の人間へ加護を与えることを強制はしないから、気まぐれな精霊が退屈しのぎに与える程度の加護を持つ者でも、この国では英雄や聖女のような扱いを受けるようだ。
まぁ、限度はあるが。
私の大切なお嬢様の正面のソファで戯言を捲し立てている女、グレナード王国の公爵家の令嬢ロザリアもその一人。
光の精霊の加護持ちで王太子の婚約者。
非常な有名人だ。いや、非常識な有名人と言い換えたほうがいいだろう。
最初の内は光の聖女だと持て囃され、王太子の婚約者でありながら、王太子の取り巻きの男たちや学園の男性教師、果ては男の暗殺者までを籠絡して侍らせ、己の欲求を男たちの権力やスキルで叶える悪女。
社交界でも学園でもロザリアに婚約者を奪われた令嬢は多い。だがロザリアへの不満を一言でも口にしようものなら破滅─辺境の修道院送りや国外追放や平民落ちに実家の没落─へ一直線。
だから今では誰もロザリアと関わろうとはしない。
先日、とうとう冤罪での処刑まで出たからな。
ロザリアに同性の友人は皆無だ。
公爵令嬢で王太子の婚約者だとしても、受け取りようによっては不満に聞こえなくもない程度の一言で実家まで破滅するような女の取り巻きになど、親だってリスクを考えたらさせようと思わない。
そんな中で孤立するロザリアに手を差し伸べていた男爵家の養女が、冤罪で処刑されたのだ。
ロザリアの望みによって動いた権力者の男たちのせいで。
こんな汚物のような女に私のお嬢様を近寄らせたくもないと言うのに、身分を盾に命令されたら招待に応じない選択肢は無い。
「だからね、私は別にヒロインを殺してくれなんて言ってないの。だって彼らがヒロインに心奪われたら私の死亡フラグが立っちゃうし、怖くて仕方なかったのよ」
困惑するお嬢様に、気が狂れているとしか思えない内容を唾を飛ばして喚き続けるロザリア。汚いな。お嬢様に臭い液体を飛ばすな。
常に私がかけた闇の聖霊の保護膜で覆われているお嬢様に汚液が付着することはないが。
「私が彼らに言ったのは、ヒロインが私を殺す未来が見える、怖い、助けて、ってそれだけ。言ったのは一人あたりほんの数回よ? 暗殺者にだってヒロインの暗殺の依頼もしてないわ。ヒロインの不審死の死体なんか転がってたら世間は私を疑うもの。これ以上冷たい視線が増えるのは耐えられないのよ!」
イライラと金の巻毛を振り乱すロザリアの話は要約するとこうだ。
自分には前世の記憶がある。この世界は自分が前世でやった「おとめげーむ」という遊びと同じである。王太子以下籠絡した男たちは、その遊びの「攻略対象」であり、攻略したら勝ちで負けたら身の破滅という恐ろしい遊びである。攻略とは恋愛的に堕とすことである。先日処刑された男爵家の養女は「おとめげーむ」のヒロインであり、ヒロインが攻略対象を攻略するとロザリアは破滅することになっていた。自分の身を守るためにヒロインより先に攻略対象を全員攻略しただけで、自分は世間で言われるような悪女ではない。ヒロインを退場させたかったけど殺す気は無かった。
早朝から呼び出され既に昼過ぎだが、こんな内容を身振り手振り付きで喚くロザリアこそ自己陶酔する悲劇のヒロインのようだ。
世間で言われるような悪女か。貴族や上流階級の人間はお上品だから「悪女」程度の噂なんだが。
既に平民の間でも広まっている噂では「腐れビッチ」と呼ばれている。
男爵家の養女は元平民で、癒やしの精霊の加護を持ち無償で貧乏人を癒やしていた「下町の聖女」で人気者だった。
それを籠絡した男たちに冤罪で処刑させたのだから、ロザリアは現在グレナード王国で最も嫌われている女ぶっちぎりのトップに躍り出ている。
この女が顔を隠さずに町に出たら、石つぶてがあらゆる方向から飛んでくるだろう。
この嫌われようでは王妃どころか王太子妃の公務も不可能だ。
そこで腐れビッチが目を付けたのが、清らかで愛らしい誰からも好かれるお嬢様だ。
ガリガリに細ければ美しいという貴族女性に蔓延する美意識すら平伏して道を譲る我がお嬢様の愛されオーラにあやかろうと言うのだ。図々しい。
私のお嬢様が腐れビッチを「大好きなお友達」と宣言して、他国にも広く繋がるお嬢様の人脈に売り出してくれれば現状を打破できるなどとほざきやがった。
「未来の王妃のお願いだよ? この国の貴族として協力すべきだと思わない?」
お願いの名を借りた命令であり脅迫だ。「未来の王妃」「この国の貴族として」の言葉に含まれるのは、拒むことは王族の命令に逆らうことであり実家の伯爵家にも厳罰が下るという強制。
困惑しながら終始穏やかに話を聞いていたお嬢様も、さすがに聞き流せる内容ではない。
ふんわりした白い手をきゅっと握り、覚悟したように小さくぽってりした口を開いた。
「ロザリア様、私は嘘がつけないのです」
お嬢様の加護は水の聖霊の眷属、真実の精霊だ。嘘を口にできない代わりに偽りを見抜くスキルを持つ。だから幼いながら父親の外交に随行していたのだ。
この精霊の加護を持つ者は、王族や高位貴族の罪を取り調べる立場に就くことが多く、身命を狙われることが多いために秘匿されている。お嬢様の加護を知っているのは、父親のモンブラン伯爵と国王、あとは聖霊にお嬢様への忠誠を宣誓した私だけだ。お嬢様の母親や王妃も知らない。
私がお嬢様の護衛をモンブラン伯爵に許されているのも、万が一この加護の情報が漏れてお嬢様が狙われる事態になった時に、国家にしがらみの無いお嬢様だけの護衛が必要になるからだった。
「は?」
怪訝そうな顔をするロザリア。
お嬢様は、こんな腐れビッチに秘密を打ち明けてしまうのだろうか。ならば秘密を知った者は全員抹殺しなくては。
「ロザリア様、申し訳ありません。私にはロザリア様を『大好きなお友達』と口にすることができないのです。ロザリア様のご意思に添えなかった私と我がモンブラン伯爵家には厳しい沙汰が下されるのでしょう。その時を家族揃って静かに待たせていただきます」
ふんわりしたボディながら、音もなく立ち上がったお嬢様は優雅なカーテシーを披露する。
「それでは失礼いたします。ごきげんよう」
やんわり微笑んで暇の挨拶をしたお嬢様が上げた右手を、すかさずエスコートのために取る。いつもながら素晴らしい肌触りと感触だ。
ロザリアが我に返って呼び止めようとする頃には帰りの馬車の中だ。
お嬢様が帰る意思を示した時から、ロザリアに加護を与えている光の精霊に闇の聖霊を通じて脅しをかけておいたから動けないだろう。光の精霊は闇の聖霊の眷属の中でも下っ端だ。
「お嬢様がアンジュ様のように冤罪で害されるならば私はこの国を滅ぼします」
アンジュは男爵家の養女。ロザリアが「ヒロイン」と呼び、男たちに処刑させた「下町の聖女」。
そして、お嬢様が一度も偽りを感知しなかった友人だった。
「大丈夫よ、ミュゲ。アンジュが処刑された時に離宮にいらしてあの蛮行を阻止なさらなかった国王様は、もうあれが冤罪だったことをご存知ですもの。王太子殿下の廃嫡も視野に入れてご準備なさっているそうよ」
馬車の中で穏やかな微笑を浮かべながら可憐な声で話すお嬢様。
悪い噂しか無いロザリアからの呼び出しに警戒したモンブラン伯爵が、今日の御者は腹心の部下にすり替えているので、不穏な話をしても問題はない。
「お嬢様、ちゃんと怒ってたんですね」
アンジュが処刑され、静かに涙を流しながら友人の死を悼んでいたお嬢様は、それでも態度を荒らげることはなかった。
「友人が無実の罪で殺されたんですもの。感情を乱して口にしない筈の真実を口にしてしまえば加護がバレてしまうかもしれないわ。だから私は常に穏やかでいることにしているけれど、亡くなった友人を貶められ家族に危害が加えられる脅しを受けて、あの場であれ以上は耐えられなかった。それに国王様は王太子殿下の言葉より私の言葉を信じてくださいますもの」
にっこり。とお嬢様が笑う。
お嬢様の加護を知っている国王は、お嬢様の言葉を疑えない。優秀だった自分の息子の耳を疑うような愚行を報告されても。
お嬢様は静かに怒りを保ちながら、穏やかに事態の推移を眺めていたのだ。
次代の国政を担うに相応しくない愚者たちが、自分たちの行為で周囲の信頼を失い自滅していく様子を。最高権力者に「真実」を密かに伝えながら。
「今日のロザリア様のお話もご報告するわ。もう宰相様や臣下の方々は王太子殿下廃嫡の方向で調整していて、国王様のお心から迷いが消えれば即日宣言されることになっているの。どれだけ愚かになっても期待をかけていた優秀な第一王子ですものね。改心して行いを改めるという希望を持ってしまうのでしょう」
既に宰相や大臣たちから見限られている王太子と取り巻きは、国王の親子の情だけで首の皮一枚が繋がっている状況か。
ここで婚約者のロザリアがお嬢様に突き付けた汚らわしい要求を報告し、その要求を拒んだお嬢様とモンブラン伯爵家に王太子がその権力で害をなそうとしたら・・・国王の迷いも消える。
「お嬢様、さすがです」
奴らの破滅の日は近い。
「国王様の迷いが消える前に我が家に危害を加える手が伸びてきたら、ミュゲ、守ってくれる?」
お嬢様が小首を傾げると、ふくふくした頬がたゆんとする。
「当たり前じゃないですか。私がお嬢様の体も命も心もお守りします。そのための力です」
聖霊の加護を持つ者は多くはないが、聖霊の加護があればその眷属の精霊たちの力も借りて使うことができる。
お嬢様を守るために、害敵を消してしまえる力を持つ眷属が闇の聖霊には色々といる。
いざとなったら、国ごと消してしまえる。
「ミュゲ、暴走はダメよ?」
柔らかい指先に、私の頬がちょんと突かれる。
「はい・・・」
しおしおと項垂れる私に、お嬢様はフフッと笑った。
「心配しなくても、彼らはすぐに自滅するわ。だってロザリア様のお話は『全部真実』だったのだもの。バッドエンド?だったかしら。悪役令嬢のロザリア様がヒロインのアンジュを害してしまったら、シナリオ?の強制力でどのルートに逃げてもバッドエンド?だったわよね。ロザリア様は処刑か貴族籍剥奪で監獄送り、または犯罪奴隷落ち。メインヒーローの王太子殿下は廃嫡で幽閉か自殺。他の攻略対象の男性たちも身分を剥奪されて国を追われるんだったかしら」
お嬢様が口にした『全部真実』に思わず目を見開く。あの荒唐無稽な戯言が、腐れビッチが思い込んでいる妄想ではなく『本物の真実』だった事実に驚きが隠せない。
お嬢様の加護のスキルは精霊のものにしては強力で、見極める対象者が真実だと思っている話の中から偽りと真実を選別する。
お嬢様がさっきの話を『全部真実』と言うならば、奴らはロザリアに唆されてアンジュを殺した時点で自分たちの破滅を決定していたのだ。
「私たちはシナリオ?の強制力を待てばいいだけよ。ロザリア様も言っていたじゃない。モンブラン伯爵家なんてモブ?にも出て来ないシナリオ?と無関係な存在だって。だから私を使えば強制力に対抗できるかもしれないって」
そういえば、そんな無礼な発言をしていた。
ん? あれが『全部真実』と言うことは、お嬢様ならシナリオとやらの強制力に対抗し得るというのも真実だったり・・・?
思考して逸れた目線をお嬢様に戻すと、それはそれは良い笑顔で黙されていた。
「・・・さすがです。お嬢様」
奴らを救う気などさらさら無い。
笑顔から読み取り、私は闇の聖霊とコンタクトを取る。
これから近い内に起こるグレナード王国の次代の主導者たちの総入れ替えで、周囲がうるさくなるだろう。
煩わしい騒音からお嬢様をお守りしなくては。
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多少の騒音を捻じ伏せて、諸々の断罪劇が行われるのを傍観し、お嬢様が日常を取り戻したのは三ヶ月後のことだった。
「お嬢様、王太子殿下がお見えになりました」
メインヒーローとやらだった前の王太子が廃嫡され、王太子として指名されたのはお嬢様の婚約者の第二王子だった。
第二王子は母親が伯爵家出身の側室で、公爵令嬢だった正妃が産んだ元王太子に比べれば容姿も才能も凡庸と言われ目立たなかったが、それでも王位を巡る争いを起こさぬようにと伯爵令嬢のお嬢様が婚約者に選ばれていた。
もっともそれは表向きの理由で、国王としては強力な加護を持つお嬢様を他国に流出させたくないし、臣下の家に余計な力を付けさせたくもないし、第二王子が第一王子を害して王位を狙う意思があるのかお嬢様に監視させたかったのだが。
凡庸と言われていたが、あくまで第一王子と比べてのこと。第二王子は十分に優秀で、何よりお嬢様に対して誠実だ。そうでなければこの10年の間でとっくに闇に葬っている。
「ん? なんだか急に冷えてきたな」
首を傾げる新しい王太子を見て、お嬢様が私に声をかけた。
「ミュゲ、リュシアン様がお風邪を召さないようにしてくれる?」
私が不穏なことを考えたのがバレている。大人しく頭を下げた。
「かしこまりました」
室内の暖房を調節して熱いお茶を淹れる。当然、王太子の寒気の原因になった不穏な思考は引っ込めた。
だが婚約者が大好きなお嬢様から、お仕置きが下される。
「ああ、そうだわ、ミュゲ。庭園の向こうの薬草園まで体を温めるハーブを摘みに行ってちょうだい。ベルドと一緒に」
何より尊いお嬢様からの命令に即答できず一瞬固まる私より先に、部屋の隅に控えていた男が気配を表して一礼した。
「かしこまりました。行きましょう、ミュゲさん?」
差し出された手は無視する。
私はお嬢様に頭を垂れると部屋から出た。薬草園へ向かうためだ。背後からベルドがついて来るのが気配が無くても分かる。
「クソ。お嬢様の命令でなければお前の命など助けなかったものを」
低く呟くとベルドが声を潜めて笑う。
「いいだろ。俺は役に立つ。正式な宣誓もしたからお嬢様には絶対服従で決して傷つけることもない」
闇の精霊の加護持ちのベルドに、私を通して闇の聖霊にお嬢様への絶対の忠誠を宣誓させて縛った。
だからベルドが何を考えようがお嬢様を守り従うことしかできないことは分かっている。
それでも不愉快なことに変わりはない。
「腐れビッチに骨抜きになってた暗殺者が役に立つとは思えない」
ボソリと言えばベルドが大げさに溜息をついた。
「あんまりこっちの事情を知りすぎてるから惚れたフリして近くで探ってたんだって説明しただろ? 大体、俺が本当にあの女に骨抜きになってたなら俺だって他の『攻略対象』と同じように『バッドエンド』になってたはずだろうが。俺は駆け出しの頃『下町の聖女』に命を救われている。『ヒロイン』に骨抜きになるならともかく『悪役令嬢』に骨抜きになるわけないだろ」
分かっている。分かっている!
私が不愉快なのは、ベルドが聖霊への宣誓を済ませたからと、お嬢様に真実の精霊の加護があるというトップシークレットをこいつにも話してしまったことだ!
「俺はお嬢様からミュゲを守るように命令されてるんだし仲良くしようぜ」
おまけに精霊の加護しかない男に聖霊の加護持ちの私を守るように命令されるなんて悔しくて仕方ない!
「お前より私の方が強いのに」
睨みつけると残念な子を見る目で見返された。
「魔法もスキルも使わなけりゃ俺の片手にも敵わないくせに」
悔しい・・・。言い返せない。
「あとは、ミュゲの心を守れってさ。あんた、お嬢様に大事にされてるな」
お嬢様に大事にされてるな。その一言で単純に浮上する感情。
この時の私は知らなかった。
ベルドが受けたお嬢様の命令の全文が、
「ミュゲを女の子として守ってね。心身ともに。私の大事な家族なの。あなたにも悪い話ではないはずよ。だってあなた、ミュゲにどうしようもなく惹かれているもの。私が結婚するまでにはちゃんとミュゲを堕とすのよ? それで、夫婦で私の従者としてお城に上がってちょうだい。あ、もし逃げたりミュゲを泣かせたりしたら、ちょん切って豚の餌にするわ」
などという見た目を裏切った過激さと、私がとっても困る内容だったことを。
私の背後をついて来るベルドが、獲物を狙う目で私を見つめていたことを。
お嬢様は一年後、婚約者の王太子と結婚して王城に住まうようになった。
当然ついて行った私の隣に誰が立っていたのかは、悔しいから言いたくない。