魔法使いの私は魔法の天才ではなく、剣の天才でした。
「マジですか…」
そう呆然としながら紙に目を落とすもそこに書いてある文字は変わらなかった。フィリアの声は誰にも届かず風に乗って消えた。
*********
ここはルンベーク王立学園。国内の貴族や優秀な庶民達が通う場所。ここで生徒達は魔法使いや騎士、官僚に成るための教育を受ける。他にも魔道具科、淑女科、錬金術科など多種多様な科が存在する。屈指の歴史を持ち、優秀な人材を輩出してきたこの学園は完全な実力主義であり、過去には七賢者のうち三人を輩出した学園として有名だ。
そんな栄あるこの学園で一人の少女が中庭のベンチでひっそりとうずくまっていた。彼女の名前はフィリア・アルベール。魔法科の一年生である。
今、フィリアは途方にくれていた。それは彼女が持っている一枚の紙に起因している。
『退学通告』それが彼女を悩ませてる原因だ。
「うー、どうしよ……」
フィリアはベンチの隅で頭を抱えて座っていた。
そもそも何故彼女がこの紙を持っているのかと言うと、ただ単に彼女が落ちこぼれだったからだ。フィリアは辺境の村出身で16歳で受ける魔力測定でその膨大な魔力量を認められて特待生としてこの学園に入学した。しかし、彼女は見事に魔力の操作が下手だった。
この世界にはスキルという概念が存在しており、魔法はそのスキルを使って行使する。魔法科の生徒達はまず【魔力操作】と言うスキルを獲得する。このスキルは自身の体を巡る魔力を感知、そして操作して魔力の流れを掴むことで獲得できる。これは魔法使いになる過程で必ず必要なスキルだ。これが無ければ生活魔法を除いて下級魔法といった魔法が使えないからだ。だから入学した魔法科の生徒たちは一人残らずこのスキルを覚えさせられる。そう、一人残らずだ。
フィリアは致命的なまでの不器用だった。魔力の感覚は掴めてもそこからどうすれば魔力を操作できるのか全く理解できなかった。
ゆえに彼女が瞬く間に落ちこぼれのレッテルを貼られたのは必然だった。
「フィリア〜いたいた。もー何してるの!一緒にお昼食べる約束してたでしょ!」
「ユア……」
フィリアに向かって走って来た亜麻色の髪の女の子は彼女の親友でユア・チベットと言う。チベット商会の一人娘で商業科に在籍しており、彼女とは寮の同室者でもある。
「どうかした?また、スキルが取れなかったから落ち込んでるの?」
「……これ見て」
「ん?なになに『あなたは今度の春の大会で結果を残せなかったら退学とします』ってナニコレ!?」
「私はそもそも特待生として入学したから結果を残せなかったら退学みたい……」
フィリアは暗い表情をして顔を下に俯かせた。
「─ッ、でもフィリアいつも頑張ってるじゃん!夜遅くまで練習したりスキル取るために何回も倒れたりしたり…」
「でも、ここは実力主義の学園だよ。結果を残せなかったから今この状態なんだよ」
諦めたような表情で言うフィリアにユアは歯がゆい思いをした。フィリアが悩んでいたことはしっていた。でもそれでもひたすら努力をして頑張っている姿をユアは知っていたし、勇気も貰っていた。
「……そのままあきらめるの?そんなのフィリアらしくないよ!いつも元気で明るくずっと諦めなかったのがフィリアでしょ!退学なんてしないでよ!」
「──!ユア。……そうだよね。諦めずにここまで来たんだ。よしっ!私なりに頑張ってみるよ!」
「そうだよ!!頑張って!」
ユアの応援を受けてフィリアは最後まであがくことを決めた。
しかし、そう決めたもの彼女には根本的な壁が立ちふさがっていた。
放課後フィリアは学園の訓練所に来ていた。ここでは生徒達が魔法の練習や剣の模擬試合など思い思いに活動している。もうすぐ学園恒例の春の武道大会がありそれに向けて練習している生徒が多かった。
春の武道大会と言うのは学園三大大会の一つで騎士科や魔法科、戦士科などの生徒達が競い会う異種格闘技戦だ。毎年注目度は高く、国内外問わず見に来る人は多い。また、優秀な生徒をスカウトしようと貴族や宮廷魔導師、騎士団果ては王族が見に来るなどその期待は高い。生徒達は目に留まれるよう必然的に熱が入る。
そんな訓練所の隅でフィリアはいつも練習していた。
(あ〜どうしよ。ユアには頑張るって言ったけどな…)
フィリアはため息をはいて自身の手を眺めていた。目を瞑り自分の中にあるじんわり温かい魔力を感じとる。それを指先に集中させようとしてフィリアは更に精神を統一しようとした。心臓から腕、腕から手、手から指先、魔力を操作していく。そしてじんわりと更に温かくなった指先を感じてフィリアは成功を確信した。しかし、
(魔力は操作できた。……でもスキルがやっぱり取れなかったな)
そう、フィリアは血の滲むような努力で何とか魔力を操作できるとこまでかぎつけた。だが、スキルまでは取れなくてそこから伸び悩んでいた。
そもそもスキルと言うのは、ある特定の行動をして授かるものだ。しかし、その行動をしたからといって必ずしもそのスキルが獲得出来るとは限らない。
例えばある人物が1000回剣の素振りをしてやっと剣の基本技能【スラッシュ】を取ったとして、また別の人物は10回程度で【スラッシュ】を取れる人もいる。そして何回素振りしても【スラッシュ】を取れない人もいる。
魔法協会は彼らの明確な違いは確認出来ず、結果、才能の違いとして結論づけた。
魔力は操作できる。が、スキルは取れない。スキルが無ければ次の段階に進めない。フィリアは途方にくれ出口のない道に迷い込んでいた。
すると、後ろから誰かが近づいてきた。
「アルベール。まだ魔力操作のスキルが取れないのか」
フィリアはバッと振り向きその姿を目にすると眉間にシワを寄せた。そこには魔法科トップの成績を持ち賢者の再来と言われる天才、ルクス・シュタインがいた。藍色の髪に神秘的な切れ長のアメジストの瞳。鼻筋はすっと通っており白い肌、形のいい眉、薄い唇、それぞれが完璧に配置されている。クールな雰囲気の美青年で常に女性からの熱い視線を受けている。
フィリアはルクスが苦手だ。一緒にいると劣等感を刺激されるのもそうだがルクスのこの冷たい雰囲気が苦手だった。
「だったら何よ…」
「いや、そこまでして取れないのだったらお前には魔法の才能が一切無いのかも知れないと思ってな」
肩をすくめて此方を見る瞳には何も感情が宿ってない様に見える。
フィリアは唇を噛んで俯いた。そんなの自分が一番わかっていた。何度努力してもスキルが取れる気配すらない。こんなの才能が無い以外に何があるのだろうか。だがフィリアにも譲れない思いがあった。魔力が多いとわかって喜んでくれた家族。特待生制度で入学金が無料だとはいえ、生活費まで出るわけではなく、裕福と言うわけでもないのに毎月十分な仕送りをしてくれる。そんな家族の期待を裏切らない為にもフィリアはここまで頑張ってきた。それが才能が無いからダメだったと認められるわけがなかった。
何も言わなくなってしまったフィリアを見て、ルクスはため息をついて言った。
「まあ、魔力操作はできているんだ。スキルもそのうち取れるようになるだろ。……俺が言ったこともできてるようだし」
ルクスはフィリアが練習してるとふらりと現れて少し嫌みを言いながらアドバイスして去っていく。何故自分に近づくのかフィリアには理解できないがここまで魔力操作ができるようになったのはルクスのおかげでもあるので苦手に思いながらも彼を拒めなかった。
「ふっ、でもまあこれでも理解できなかったらお前の脳ミソはサル以下だな」
そうバカにした様子でルクスは鼻で笑った。
……拒めないとは言ったけど殴りたく無いとはいってない。フィリアは拳を握り締めた。
しかも、ルクスはそのうち取れるようになるといっているが、春の大会まで時間がないフィリアにしてみれば、
「……そのうちじゃダメなんだよ。もう今じゃなきゃ……」
「……?何を言ってるんだ?教師に何か言われたのか?」
まあ、似たようなものだけど。ルクスには苦手とはいえ散々世話になったから言いたくないけど言わなくちゃと思いながらフィリアは重い口を開いた。せめて、ルクスが気にしないようになんてことのないように。
「うーんとね。まあ、近いんだけどさ。……もしかしたら退学になっちゃうかもしれないんだよね」
「──はっ?」
肩を竦めてルクスを見るとルクスは呆けて固まっていた。そして、その美麗な顔を歪めて低くどういうことだ、とフィリアに尋ねた。
フィリアはルクスの変化に驚きながらも自分の状況を説明し始めた。
「いや、どういうことだ、って言われても。春の大会で結果を残せなかったら退学って学校側から通知されたんだよ……」
ほら私特待生だし。
チラリと見るとルクスは眉間にシワを寄せて何か考え込んでいるようだった。そして、
「……認めない。退学なんて俺は認めないぞ」
「ヘッ、いや認めないとか。どうしたの、急に。」
まさか心配してくれてるとか?いやでもルクスだしな……。
ルクスが何を考えて発言しているか分からずフィリアは困惑した。
「ちなみに聞くが、まだ【魔力操作】のスキルは取れていないんだよな」
「ぁあ、うん。」
「……お前試合の時避け続けろ。魔法に当たるな」
「えっ、避ける?」
「相手の魔力不足を狙うんだ。魔法が出なくなったら殴るなりなんなりすればいい」
「……いいのかな、それ。」
「いいもなにも、それくらいしなくちゃお前は勝てないだろ」
うう〜ん。でもまあ、私も切羽詰まってるし仕方ないの、かな…?
しかしルクスは苦虫を噛み潰したような表情で、
「だが、これが通用するのは魔法使いだけだ。騎士科の奴等に当たったらお前は……」
そう。春の大会は異種格闘技戦。魔法科も騎士科も戦士科なども出場する。フィリアはしまった!というような顔をしてルクスを見た。でも、グッと決意を顕にして。
「その時はその時だよ。とにかく私は勝てる可能性が無いわけではないんだ。頑張るよ!……あと色々心配してくれてありがと」
「アルベール……」
よ〜し。そうと決まれば魔法を避ける練習するぞー!!
フィリアは目に闘志を燃やして決意した。
*********
『さて、皆さんお待たせしました!次の試合は騎士科と魔法科の生徒です!騎士科はなんと、前回の優勝者、あの剣聖の息子のフレドリック・アーバン!!魔法科からは、特待生のフィリア・アルベール。両者どのような試合を見せてくれるのでしょうか!』
……終わった。
フィリアの頭には今それしか占めてなかった。あの闘志に燃えてた瞳は死んだ魚のように輝きを失っていた。
フレドリック・アーバン。
アーバン公爵家の次期当主で父親は剣聖と呼ばれる騎士団総長。
幼いころからその才能を発揮させ、齢10歳にしてランクAの魔物まで倒したと言われるまごうことなき天才。前回の春の大会の優勝者でもある。
太陽に照らされて光る金糸のような髪。アクアマリンのごとく、深い海を連想するような青い瞳。黄金比に並んだそれぞれ形の良いパーツ。王子様より王子様らしいと言われるその姿がフィリアの目の前にいた。
ずぅぅええぇぇたいムリィーー!!
は、何?神は私を見捨てたのか……。
フィリアが絶望してると、審判が合図の準備をした。
「あっ、ちょっ、まって、やっぱムリ…『両者始め!』」
瞬間、一瞬で目の前にフレドリックが剣を振り上げて現れた。フィリアは反射的に間一髪のとこで床を転がりながら避けた。
しかし、斬撃は続きフィリアは防戦一方になっていた。
『おお〜っと。フレドリック選手果敢に攻めます!フィリア選手魔法を繰り出す隙もありません!!』
ヤバい。このままじゃ私の体力が保たない。一回離れないと。
フィリアが思うも相手は離れる気配すらない。その間もずっとフィリアは避け続けていた。
時にはしゃがんで、時には転がって。そのアクロバットな動きに観客も、おお〜と歓声が出た。
一方、フレドリックは内心驚いていた。けして本気とはいかないが、この少女は自分の剣技を間一髪で避けていた。
そんなフレドリックの内心を知らずにフィリアは焦り、咄嗟に生活魔法のフラッシュを使った。
生活魔法とは、魔力さえあれば誰もが使える魔法であり、火をつける【ファイヤ】、水を出す【ウォーター】など、【フラッシュ】はそんな生活魔法の一つだ。
ただ至近距離からのフラッシュは意外と使えたらしく、フレドリックの動きは止まり、剣を思わず落としてしまった。
フィリアは、これ幸いとその隙に体勢を整えようと離れた。
しかし、そのチャンスも数瞬でフレドリックは魔法で直ぐに氷の剣を作り構えた。
フィリアは何とか打開策を見つけようと考えたが、何も思い浮かばず、泣きそうだった。ふと、視界に剣が落ちているのが見えた。フレドリックが落とした剣だ。
フィリアはその瞬間ある考えが浮かんだ。普段のフィリアだったらあり得ないと思い実行に移す気もないが、今のフィリアにはそれが素晴らしい考えだと思った。
フレドリックはフィリアに向かって踏み込んだ。剣を振り上げた瞬間、フィリアは横に避けて、そして落ちている剣を掴んだ。世界がスロー再生のようにゆっくり感じた。フィリアが剣を振り上げたその瞬間世界の声が聞こえた。
『スキル【一刀両断】取得』
ガキィーーーーン!!
空中に氷の破片が舞う。フレドリックの驚いた顔が視界に映り込んだ。
シーーーーーーーン。
痛い位の静寂。観客席も解説席も誰もが呆然としていた。
『ぁ、えっと、な、なんとフィリア選手の剣がフレドリック選手の剣を砕いたーー!!!』
ワアアアアアアアーーーー!!!
観客が大きな歓声を上げて沸いた。
フィリアは自分でも信じられない様子で、振り抜いた姿勢のまま呆然としていた。
そしてフレドリックが後ろに飛び、新たに氷の剣を作った。さっきのどこか余裕だった雰囲気が消え、その瞳には鋭い闘気を宿していた。
慌ててフィリアも構え、回らない頭でフレドリックと対峙した。ピンッと張り詰めた空気に誰かがゴクリと喉を鳴らした。
瞬間フレドリックはさっきの倍のスピードでフィリアに近づいた。ガキンッと、両者の剣が交わった。そして、お互い目に見えない程のスピードで剣を打ち合い始めた。
フレドリックはこの打ち合い中どんどん研ぎ澄まされていくフィリアの剣技を感じ、感嘆した。
一方、フィリアは自分の頭の中に響くスキル取得時に流れる声に混乱していた。
『スキル【一心一刀】取得』
『スキル【瞬歩】取得』
『スキル【剣舞乱闘】取得』
『スキル【見切り】取得』
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・
・
どんどん頭の中に声が流れていく。中には取得できる確率も低く強力な上級スキルもあった。
ガキンッ!剣を響かせて、両者同時にバックステップ。そして、
『スキル【雷神神剣】取得。……五人目の神剣の使いを確認しました。これより、スキルの上限を解放します』
フィリアの剣に青いバチバチとした光を放ちながら雷撃が纏った。誰かが息を呑んだ。
フィリアはもはや何も考えず、斬撃を放った。フレドリックは咄嗟に防御するも、その凄まじい威力に驚き、そしてついに…
ガランッ、
舞い散る煙の中、観客が目にした姿は、
剣をフレドリックの顎の下につけ、立つフィリアの姿。
『な、なんと!!勝者はフィリア・アルベール!!前回のチャンピオンを破ったぞ〜〜!!!』
「「「ワアアアアアアアーーーー!!!」」」
フィリアは信じられない気持ちで、下にいるフレドリックを見た。フレドリックは悔しそうな顔をしながらも、その目はどこか好敵手を見るような感じでフィリアをみていた。
「ナニコレ、ユメ……?」
「………俺との一戦を夢にされてたまるか」
フレドリックはそう不服そうに言い、
「でもまあ、次は負けないぜ。……フィリア……」
そう屈託なく笑った。
それを見たフィリアは、
「ィ……」
「イ?」
「ィイヤァァアアアアアーー!!」
フィリアハ、混乱シテ逃ゲタ!!
次の試合、フィリアは棄権した。……身体中筋肉痛で救護室のベッドで少しの刺激にも悶えていた。
あー、痛い。ほんと何だったんだろ……
でもまあ、一回戦は突破できたし、大目に見て退学取り止めてくれないかなー。
そう思いながら、フィリアは現実逃避していた。
フィリアは知らなかった。あの後自分がどんな風に言われていたかなんて……。
(ある天才魔法使い)
「なんだ、あれは。フィリア、お前いったい……」
(ある偉い人)
「ふむ、あの者は?」
「ハッ!……どうやら魔法科の生徒のようです。」
「なんと、魔法科か……。学園長にあの者の科の再検討をしろと言え」
「かしこまりました!」
「……あんな原石がいたなんて。やっぱりこの大会は面白いな」
(ある騎士)
「な、何者なんですかね、あの少女。総長の息子さんを倒すなんて」
「……アイツが負けたのは相手より実力が無かっただけだろ。それより、あの少女のことを調べろ」
「ハッ!」
「あの剣に纏った雷撃。もしかしたら……」
そんなことは露知らず、フィリアはこれから自分が待ち受ける未来を考えもせず呑気に寝ていた。
「ムニャムニャ、もう食べられない〜、うへへ」
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これは後に『神剣の乙女』、『超越者』、『世界の理を知る者』等々と呼ばれる一人の少女の序章にすぎなかった。
世界はこれから変革の時代に入ってゆく。
彼女がこれから何を為し、何を感じるのか、まだこのときは誰もわからなかった。
「ふふ、これで神剣使いは五人そろった。さあ、ゲームを始めよう。七賢者の時は負けちゃったしね。今度は勝つといいな♪」
世界ダケガ知ッテイル。