第9話 暗殺者は思わぬ邂逅を果たす
車内に戻ると、ケイトが心配そうな顔を向けてきた。
彼女は控えめな様子で尋ねてくる。
「あの、お怪我はないですか?」
「平気さ。何度か溶解液を浴びたが、今はもう大丈夫だよ」
俺は軽い調子で応じる。
決して強がりではなく、スライムから受けた傷は残らず完治していた。
「再生能力をお持ちなのですね。すごいです」
「警察署には、こういうスキルを持った人間はいないのか?」
「ゼロではありませんが、かなり珍しいですね。それもハンクさんほど効果が強くありません」
「なるほど、そういうものなのか」
この状況で再生能力を持たないのは厳しい。
未知のモンスターと遭遇した場合、攻撃を受けてしまう可能性は高い。
それが致命傷になる場合も考えられる。
正直、命がいくつあっても足りないだろう。
「その代わりに、治療系のスキルを持つ人は多めですね。最初に取得するスキルは個人の才能に依存するそうなので、医療関係の方はだいたい持っています」
「個人の才能……」
そういえば、アナウンスでも似たようなことを言っていた気がする。
俺の場合、世界の変貌が始まった段階で【殺人術 A】【不死身 B+】【観察眼 B】【再生 C++】の四種を取得だ。
異論のないラインナップである。
不死身に至っては、俺の代名詞のような言葉だった。
二つ名として知られているほどだ。
「ところで、ハンクさんは何のお仕事をされているのですか?」
ケイトが何気ない調子で質問を発した。
俺は言葉を詰まらせる。
少し考えてから、表現に配慮して答えた。
「――掃除屋かな。綺麗にするのが好きなんだ」
「そうなんですか! 私、整理整頓が苦手なので尊敬します……」
ケイトは邪気のない感想を述べる。
彼女は俺の言葉を額面通りに受け取っていた。
その性格でやっていけるのかと不安になるほど純粋である。
薄汚い……というか血みどろの人生を歩んできた身としては、恐れ多くなってしまう。
「あっ、今回の戦いで一気にレベルアップすることができました! ハンクさんのおかげです、ありがとうございます」
「いやいや、俺も助かったよ。お互い様だ」
戦闘中、ケイトは様々なサポートをしてくれた。
彼女のおかげで円滑に戦えていたようなものである。
それがなければ、もう少し手間がかかっていた。
彼女が経験値を得てレベルアップできたのは妥当な報酬だろう。
「もうすぐ到着します」
ケイトの声で俺は顔を上げる。
前方に警察署が見えてきたところだった。
周りをバリケードで囲っており、ご丁寧に有刺鉄線も施されている。
「現在は防衛用の設備を増やした状態になっています。ほとんど即席ですが、モンスターが相手でも機能しているのでご安心ください」
俺達を乗せた車両は、防衛設備を迂回する。
付近にいた警官に先導される形で、隣の地下駐車場に入った。
そこで車両を停めて降りる。
「ふむ」
俺は背後を一瞥する。
先導してきた警官が、拳銃を俺に向けていた。
即座に射撃できる距離だ。
どうやら素性を怪しまれているらしい。
当然の処置だろう。
ケイトのようなお人好しだと、騙されて悪人を連れ込んでしまう恐れがあった。
俺は気にせずケイトと会話をする。
「随分と厳重だな」
「いつモンスターが現れるか分かりませんからね……早く平和が戻ってきてほしいものです」
そんなやり取りをしていると、向こうから一人の警官がやってきた。
長身の女だ。
日に焼けた小麦色の肌が眩しい。
逞しさを感じさせる肉体は、制服の上からでも分かるほどの筋肉量だった。
茶髪のショートヘアは、所々が無造作に跳ねている。
精悍な顔付きは、見る者を威圧する迫力を帯びていた。
(あの女は……)
俺は片眉を上げて微笑む。
こちらへと歩み寄る警官の顔には見覚えがあった。
とは言え、別に友人ではない。
関係性を述べるなら、むしろその逆だろう。
運命のいたずらに感心していると、ケイトが直立不動で敬礼する。
「警部! ケイト・マクシェーン、ただいま帰還しましたっ!」
「ご苦労」
警部と呼ばれたその女は、一つ頷いて応じる。
冷静沈着な彼女だが、俺を見た途端に顔を歪めた。
見開かれた目は、きりきりと軋まんばかりの鋭さで俺を凝視してくる。
俺は手を振りながら挨拶をした。
「どうも。こんにちは」
「マクシェーン。君はとんでもない失態を犯したようだ」
「えっ、どういうことでしょうか……?」
ケイトは困惑し、怯えた様子で警部を見る。
対する警部は、俺のことを指差してきた。
「この男だ。なぜ連れてきた」
「そ、それは生存者だからです。モンスターに襲われていたところを救助した次第ですが……」
「分かった。先に署内で休むといい」
ケイトの説明を遮った警部は、彼女に告げる。
優しい声音だが、ほとんど命令に近かった。
警部の目は、一切笑っていない。
「で、ですが――」
「二度も言わせるな。休んでいろ」
逡巡するケイトに対し、警部は冷酷に告げる。
これにはさすがのケイトも従うしかなかった。
俺に銃を向けていた警官も退散する。
残されたのは俺と彼女だけだ。
俺は警察車両のボンネットに腰かけながら話しかける。
「やあ、警部さん。二人きりになって何か用かい? ひょっとして愛の告白かな」
「馬鹿を言え。脳味噌を吹き飛ばすぞ、この"不死身"が」
警部が大型拳銃を俺に向ける。
赤いレーザーサイトが、額を捉えていた。
引き金にかかった彼女の指が少し動けば、俺の頭部はもれなく爆散するだろう。
(まったく、穏便に会話したいのにな……)
どうやら向こうはその気ではないらしい。
あまりふざけすぎると、痛い目に遭いそうだ。
苦笑する俺は、大人しく両手を上げるのであった。