第49話 暗殺者は別れを告げる
「さて、これはもう解散だな」
俺はそう言うと、踵を返して路地へと向かった。
寸前のところで、ケイトに袖を引っ張られる。
彼女は慌てたように問いただしてきた。
「ま、待ってください! どういうことですか!?」
「警察署はあのザマで、生存者は俺達だけだ。守る対象がいないのだから、固まって行動する必要もないってことさ」
俺は冷静に述べる。
せっかくの拠点は跡形もなく、ここに居座る必要がなくなってしまった。
俺としては、解散する方が都合がいい。
ごもるケイトは反論を捻り出す。
「か、解散するより、四人で動く方が安全だと思います」
「目的や方針がバラバラなんだぜ? 仲良くしようがない。そうだろう?」
俺は視線を警部に向けた。
彼女は険しい顔で口を閉ざしている。
俺の意見に表立って賛同したくないが、本音としては正しいと考えているのだろう。
だから否定することはない。
静観していたアリエラも気楽な調子で希望を述べた。
「せっかく異世界に来たんだもの。自由に旅行がしたいわ」
彼女の意見は、俺の提案に乗る内容だった。
ケイトは暗い表情で口を噤む。
本来、俺達は協力しないであろう組み合わせなのだ。
ケイトと警部はまだ分かるが、俺とアリエラは自由奔放に殺しを楽しむ側である。
成り行きで警官陣営に手を貸していただけだった。
こうして何もかもがなくなった以上、協力関係を継続する義理もない。
「異論があるなら聞くよ。遠慮なく言ってくれ」
そう伝えると、ケイトは俯いて思案し始めた。
少々の間を置いたのちに、彼女は決意を込めて発言する。
「……私と一緒に、かつての世界を取り戻しませんか?」
「すまないがお断りだ。前にも言ったが、俺は今の世界が好みなんだ」
俺は即座に返答した。
これは前々から決めていることである。
意見を変えるつもりはなかった。
「世界を戻そうとする輩は始末したいところだが、特別に見逃しておくよ。それくらいのサービスはしよう」
俺は笑顔で告げる。
ケイトとは数々の面白い体験を味わってきた。
期間そのものは短いものの、もはや相棒と称してもいい。
そんな彼女を殺すなんてナンセンスだろう。
いくら俺の目的と衝突するからと言って、手出ししたいとは思わない。
ケイトの成長に興味はあるが、共に行動する必要もなかった。
彼女の場合、頼れる人間がそばにいない方がいいタイプだ。
窮地に追いやれば追いやるほど、真価を見せてくれる。
そもそも俺自身、束縛が苦手だった。
大きな使命など背負わず、自由に生きたい。
ケイトと共にいると、それを諦めることになる。
「大変だろうけど、是非とも頑張ってほしい。陰から応援しているよ」
「…………」
ケイトは沈黙する。
何か言いたげであった。
「どうしたんだい?」
「ハンクさん、アリエラさん。あなた達を雇いたいです。お金はすぐに準備します。どこかの口座が動いていれば全額を――」
「一千万ドル」
俺はケイトの言葉を遮るように告げた。
彼女は俺を見て固まる。
「俺を雇いたいのなら一括で払ってもらおう」
「私も同じ額にしておこうかしら」
そこにアリエラが便乗した。
言うまでもなく、新米警官のケイトに払えるわけがない。
こんな世界で紙幣の価値が残っているのか不明だが、彼女の要望を断るにはちょうどよかった。
案の定、ケイトは悔しげに顔を下げて呻く。
「うぅ……」
「世の中、金が正義なんだ。仕方ないさ。短い間だったが、楽しませてもらったよ」
俺はひらひらと手を振って歩き出す。
途中、警部と目が合った。
俺は不敵な笑みを浮かべて声をかける。
「今度会う時は、敵同士がいいな」
「上等だ。地獄に送ってやる」
警部は吐き捨てるように返事をする。
まるで獣のように鋭い眼差しだった。
最後まで生真面目な警官である。
変貌した世界でも、彼女は変わらないだろう。
俺は近くに落ちていた鞄から紙切れとペンを拝借した。
紙切れにいくつかの事柄を書き記してから、それをアリエラに手渡す。
「旅行におすすめの国がある。海の渡り方はそっちで考えてくれ」
「ありがとう。参考にさせてもらうわ」
アリエラは笑顔で紙切れを受け取り、ポケットに仕舞う。
彼女もなんだかんだで逞しい。
賞金稼ぎとして、新天地でも上手くやっていくはずだ。
「ハンクさん!」
ケイトに呼び止められた。
彼女は泣きそうな顔でこちらを見ている。
苦笑する俺は尋ねた。
「なんだい?」
「一千万ドル、忘れないでくださいね! 必ずあなたを雇いますからっ!」
「……オーケー、備忘録に加えておくよ」
諦めるかと思いきや、意外と執念深い性格なのかもしれない。
ケイトの一面を察しつつも、俺はその場を立ち去った。




