第48話 暗殺者は脱出を急ぐ
俺は斧を肩に担ぐ。
目の前には、みじん切りになった死体が散乱していた。
触手や肉の破片が燃えている。
いずれもダンジョンマスターである男だ。
「ふむ……」
死体は大人しく燃えていた。
再生の兆しは見られない。
それを確認した俺は、深々と息を吐く。
「ようやく死んだか」
安堵しかけた途端、空間全体が振動を始める。
頭上から砂埃が降ってきた。
一部の天井が崩落して轟音を上げる。
「おいおい、今度は何だ?」
「ダンジョンマスターが死んだことで、この建物が元に戻ろうとしている。このままだと生き埋めね。本来はダンジョンの魔力があるから崩壊は緩やかだけど、ここは魔力が不足しているせいで形状を維持できないみたい」
「ハハハ、マジかよ。最高のニュースだな」
アリエラの解説に苦笑する。
ようやく落ち着けると思ったのに、どうやらしばらくは無理そうだった。
悠長に休憩する猶予はないらしい。
斧を捨てた俺は、出入り口に向かって歩いていく。
その際、三人に声をかけた。
「さっさと脱出しようぜ。地上までの競争だ」
そう言って俺は駆け出した。
行きのルートを辿るようにして疾走する。
ダンジョンが崩壊するのなら、それまでに抜け出すまでだ。
かなり長い道のりだが、諦めずに足を動かすしかない。
後方をケイト達が必死に走っている。
俺はそれを見てペースアップした。
彼女達なら付いてこれるはずだ。
ペースを落とせば、生き埋めになる可能性が上がる。
それを理解している以上、文句は出ないだろう。
長居螺旋階段を上がると、前方をモンスター達が徘徊していた。
俺の姿を目にして襲いかかってくる。
「すまないね、構ってる暇はないんだ」
俺はそう告げながら飛び蹴りを繰り出した。
先頭にいた黒いゴブリンの顔面を粉砕し、その身体を掴んでハンマーのように振り回す。
後続のモンスターを散らしながら、間を駆け抜けていった。
ケイト達は、俺のこじ開けた隙を利用して追従してくる。
その後も道中のモンスターを倒しながら進んでいった。
いちいち時間はかけていられない。
ほとんどすれ違うようにして殺害していくばかりであった。
「次、右よ!」
アリエラの声に従って進路を決定する。
彼女は出口を感知しているらしい。
今のところは行き止まりにぶつかることもなく、スムーズに進むことができていた。
加えて通路そのものが、行き道よりも単純な構造になっている。
元の警察署に戻ろうとしている証拠なのだろう。
これが入り組んだままだった場合、余計に時間がかかっていた。
不幸中の幸いだと思う。
夢中になって突き進んでいると、やがて見覚えのある署内の光景が目立つようになってきた。
俺は進行方向に正面玄関の扉を認める。
血塗れの通路を全速力で走り、扉にぶつかるようにして外へと飛び出した。
階段を転がって落ちる。
視界いっぱいに、青空が広がった。
日光の眩しさに目を細める。
俺はゆっくりと上体を起こす。
そこには荒廃した街並みがあった。
俺が殺した魔物の死骸が散乱している。
(なんとか脱出できたようだな……)
その事実を噛み締めていると、署内からケイト達が飛び出してきた。
勢い余ってケイトが躓いたので、転びそうになった彼女をキャッチする。
驚く彼女を抱えたまま、俺達は警察署から距離を取った。
十秒もしないうちに、警察署が崩壊し始める。
轟音を立てて瓦礫の山と化していった。
辺りに生存者はいない。
生還できたのは俺達だけのようだ。
「間一髪で間に合ったか」
ケイトを下ろした俺は、汗に濡れた髪を掻き上げた。




