第44話 暗殺者は真の力を覗かせる
俺は走りながらショットガンを連射する。
ばら撒かれた散弾は、立ちはだかる巨人スケルトンの肘を粉砕した。
振り下ろされようとしていた剣が、腕ごと頭上を通過していく。
真後ろにいたゴブリンが、剣に押し潰されて悶絶した。
巨人スケルトンが、残る片手を伸ばしてくる。
俺が這うような姿勢で疾走すると、懐に潜り込んだ。
肋骨の一本を掴んでへし折ってやる。
「脆いな。カルシウムが足りてないんじゃないか?」
俺は肋骨を槍のように操って、巨人スケルトンの頭部を狙ってフルスイングをかます。
骨同士が衝突した結果、どちらも衝撃で爆散してしまった。
瓦解する巨人スケルトンを横目に、俺は一気に駆け抜ける。
その先には、二足歩行の亀や蜥蜴がうようよと待ち構えていた。
俺はショットガンの引き金を引く。
虚しい音がするだけで、弾は出ない。
舌打ちした俺はショットガンを捨てて、モンスター共に殴りかかる。
(まったく、とんだ重労働だぜ)
数分前からこの調子だった。
モンスター達はあちこちから無限に湧き出てくる。
おかげで男のもとまで辿り着けない。
本当なら強引に突破したいところだが、それは良くない策だ。
いくら不死身な俺でも、この密度のモンスターに攻撃され続けた場合、再生が追い付かない恐れがある。
無謀な突進は控えねばならなかった。
少し離れたところでは、俺とは別にケイト達が戦っていた。
彼女達は三人で固まって行動し、互いの隙をカバーする立ち回りを見せている。
良いコンビネーションっだ。
俺だけが勝手に暴れ回っている状態である。
(しかし、このままだと埒が明かないな)
モンスターを惨殺しながら俺は悩む。
まだスタミナには余裕がある。
ただし、それは俺だけに限った話だ。
ケイト達はだんだんと限界が見えてきた頃だろう。
戦いが長引けば長引くほど、死亡のリスクは高まっていく。
死骸を量産しながら考え込む俺だったが、あるタイミングでふと閃いた。
(……そういえば、アレをまだ試していないか)
滅多に使わないのですっかり忘れていたが、まだ隠し玉があった。
世界が変貌する前から習得していた俺の技能だ。
状況的には最適解かもしれない。
考えを固めた俺は、全身の力を抜いて心を鎮める。
殺戮に対する歓喜や興奮も、今は意識の外へと追い出した。
薄目で前方を見据えて、四方八方から刺さる視線を把握する。
それらから外れるように、俺はステップを踏んで前進した。
するとモンスター達は、俺のそばを素通りし始めた。
俺には目もくれず、揃ってケイト達へ殺到する。
誰もこちらに構ってこない。
(通用するか賭けだったが、成功したみたいだな)
俺は息を吐いて安堵する。
数年ぶりの使用だったが、腕は鈍っていなかったらしい。
俺が使った隠し玉とは、気配の遮断術である。
分かりやすく言うと、自分の影を極端に薄くする技能だ。
これによってモンスター達は、目の前にいた俺を認識できなくなったのだった。
嘘みたいな光景だが、実際にできるのだから仕方ない。
どうやら俺には、飛び抜けた才能があったらしい。
仕事の都合で習得した技能だが、普段のスタイルと合わないため、俺が使うことはほとんどなかった。
年に一度あるか否かというレベルである。
こそこそと静かに行動するのは、どうにも好きになれなかった。
もっとも、個人的な趣向と噛み合わないだけで、有用性は非常に高い。
短時間ながらも、透明人間かのように振る舞えるのだ。
戦闘において、これだけ大きなアドバンテージも珍しいだろう。
たとえ視認された状態からだろうと、一瞬の隙を抜けて認識されない状態に移ることができる。
使用頻度こそ低いが、この技能こそ俺の真骨頂だった。
仕事に最も適した能力であり、同僚からは、宝の持ち腐れだとよく呆れられた。
とは言え、これも立派な努力の結晶である。
それをどう扱おうが俺の勝手だろう。
(ここぞという場面で使うのが奥の手だし、間違ってはいないさ)
俺はモンスター達の間を歩いて進む。
やはり認識されることはない。
どいつも俺が見えていないかのように行動している。
視界には確実に映っているはずだが、それを理解できていないのだろう。
湧き出るモンスターの処理は、ケイト達に任せるつもりだ。
彼女達ならたぶん対処できる。
このまま終わりのない戦いを続けるよりは、よほど望みがあると思う。
そこから大して時間をかけずに、俺はモンスターの壁を突破した。
地面に転がっていた誰かの剣を拾い上げる。
そしてゆっくりと笑みを深める。
少し先には、縮こまって屈み込んだダンジョンマスターがいた。




