第40話 暗殺者は最深部に至る
俺達は引き続きダンジョンを潜っていく。
署内の構造は、いよいよ崩壊していた。
内装は大半が消滅し、剥き出しの岩のような区画が目立つ。
たまに名残らしき事務机やロッカー等を見かける程度だ。
天井の電灯は明滅していた。
こんな状態でも電気が通っていることに驚きである。
たぶん物理法則を無視した状態になっているが、ダンジョンそのものが超常現象なのだ。
いちいち理屈を考えるのはナンセンスだろう。
薄暗い通路は、まるで洞窟を歩いているような気分に陥らせてくる。
生存者の死体を見かけることはなくなった。
ここまで到達した者がいないのだろう。
もっと上の階層で死んだに違いない。
当初は生存者の保護が目的だったが、この分だと誰も救えないものと思われる。
ケイトはそれを口にはしないが悲しそうにしていた。
彼女は、人々を救いたかったに違いない。
その気持ちは分かる。
彼女には、今回の経験を糧に成長してほしい。
元の世界を取り戻したいと考えるなら、此度の騒動はウォーミングアップのようなものだろう。
ここを乗り越えることができなければ、それまでだったということだ。
個人的には、ケイトの動向にも注目していきたかった。
「だんだんと最深部に近付いてきたわね」
「そんなことが分かるのか」
俺が尋ねると、アリエラは通路の端を指差した。
そこには、青い水たまりがあり、ハーブに似た匂いを発している。
「液状化した魔力が目印よ。最深部に近いほど頻出するの。この感じだと、あと何度か階層を下れば到着ね」
「そこにダンジョンマスターがいるわけだな」
「彼らは本能的に最も安全な場所に向かうから、きっと待ち構えているはずよ」
経験豊富なアリエラが言うのだから間違いない。
ようやく終わりが見えてきた。
この陰鬱な場所にも、飽きてきたところである。
いい加減、脱出したかった。
そう考えてから数分後、俺達は巨大な扉を発見する。
鋼鉄製の赤黒い扉だ。
重厚な表面には、苦悶する人間の顔の彫刻が散りばめられている。
見るからに禍々しいデザインで、製作者のセンスを疑いたくなった。
アリエラは扉を見ながら言う。
「ここが最深部よ。奥から大きな魔力を感じるわ。ダンジョンマスターが待ち構えているようね」
「よしよし、ついにゴールか」
アリエラの言葉を聞いた俺は、血染めのジャージで伸びをする。
このジャージは、途中でロッカーから拝借したものだ。
有名ブランドのそれは、あちこちが引き裂かれている。
モンスターとの戦闘で破損したのだ。
着替えたいが、もう予備の服がない。
どうせすぐに汚れて破れるのは目に見えていた。
このままで我慢しようと思う。
そばに落ちていたジャンパーだけを、ジャージの上から羽織っておく。
次に俺は、ゴミ袋の中身を確認する。
救急箱と銃火器類――ライフルとショットガンが入っていた。
他の銃は、腰に吊るした拳銃のみである。
いずれも弾はほとんど残っていない。
ここが決戦なので、惜しみなく使うつもりだ。
あとは手榴弾が三つほど入っていたので、いつでも取り出せるように携帯する。
装備は決して万全ではない。
だが、これでやるしかない。
他の三人が持っている分もあるので、困った時には頼っていこうと思う。
俺はゴミ袋を背負いながら尋ねる。
「準備はいいかい?」
「問題ない」
すぐさま応じた警部は、厳しい顔付きでブーツの紐を結ぶ。
立ち上がった彼女は、その手に大型拳銃を握っていた。
もはや躊躇いは見えない。
元生存者のダンジョンマスターを仕留める覚悟は固まったらしい。
「ええ、私もいけるわ」
口に煙草をくわえたアリエラは、勝ち気な微笑を浮かべる。
アリエラは指先に小さな炎を灯すと、煙草の先端を炙って着火した。
このような状況の中、満足そうに紫煙を味わっている。
「いつでも大丈夫です!」
少し緊張した調子ながらも、ケイトは力強く応じた。
両手で携えるのはライフルだ。
搭載されたレーザーサイトが、赤い光線を伸ばしている。
よく見るとグレネードランチャーも備え付けていた。
瞬間火力は、何気にこの中で一番かもしれない。
三者三様のリアクションを確認した俺は、ミノタウロスの斧を肩に担ぐ。
このメンバーなら難敵だろうと切り抜けられるだろう。
ある種の確信を抱きながら、俺は扉を蹴り開いた。




