第38話 暗殺者は説得する
「ダンジョンマスター? そんなスキルがあるのか」
「ええ、とても珍しいものだけれど」
頷いたアリエラは、部屋にあったノートとペンを使って説明を始める。
そもそもダンジョン化には、主に三つの原因が考えられるらしい。
まず一つが、自然発生である。
これは魔力の濃密なエリアで起こるそうだが、警察署は魔力が薄いため関係ないという。
異世界では最もポピュラーな原因とのことだった。
二つ目の原因は、強力な魔術師が発生させたパターンである。
アリエラによると該当する気配が感知できないため、これも関係ないらしい。
魔術師である彼女が言うのだから、たぶんそうなのだろう。
そして残された最後の原因とは、ダンジョンマスターのスキルを使用するパターンである。
スキルを発動した者を起点に、周辺一帯を迷宮に変貌させるという代物らしい。
これによって近隣のモンスターが続々とおびき寄せられて、結果として広大かつ危険なダンジョンが出来上がるのだ。
言うまでも無く、このダンジョンマスターのスキルはとても危険である。
レベルアップに伴って、ごくまれに取得できるそうだが、取得条件などはなく本当にランダムだという。
異世界では、このスキルを所持するだけで犯罪者扱いとなってしまうらしい。
捕縛に抵抗すれば処刑されることもあるそうだ。
数あるスキルの中でも、特に危険な部類とのことであった。
「状況から考えて、スキル持ちがいると考えるのが自然ね。きっと署内のどこかに潜伏しているはずよ」
「ダンジョンマスターの特徴はあるのか? それがないと他の生存者を区別が付かないが」
俺は気になっていたことをアリエラに尋ねる。
此度の異変は、おそらくダンジョンマスターによるものというのは分かった。
次はその解決策だ。
混乱を招くのがダンジョンマスターだとするなら、そいつをどうにかしなければならない。
ノートを閉じたアリエラは俺の質問に答える。
「ダンジョンマスターは、他の魔物に襲われなくなる。鍛練を積み重ねれば、操れるようにもなるわ」
「なるほどな……」
それを聞いた俺は微笑む。
なんともタイムリーな話だった。
できればもう少し早い段階で知りたかったが、こればかりは文句も言えない。
情報が手に入っただけ上出来だろう。
一方、アリエラは俺の表情に注目する。
「何か心当たりがある顔ね」
「ああ、おそらくダンジョンマスターを見かけたんだ」
俺は生存者の男について話した。
神妙な顔で聞き終えたアリエラは、顎を撫でつつ断定する。
「たぶんダンジョンマスターね。誤ってスキルを発動させたのかしら」
「その可能性はありそうだな。まあ、やることは一つさ」
俺はリボルバー式の拳銃を手に取った。
レンコン状の回転弾倉に、一発ずつ弾を込めていく。
その時、黙って聞いていた警部が、いきなり俺の手を掴んだ。
包帯とガーゼを巻いた彼女は、俺を見下ろしてくる。
「待て。その生存者を殺すつもりか」
「当たり前だろう。この惨劇の元凶だぜ? 責任を取らせないといけない」
俺は即答する。
相手は不運にもダンジョンマスターになったらしい。
だからと言って、無実とは言い難い。
男を生かしておくことで、さらなる被害が広まってしまう。
殺すのが手っ取り早い解決方法だろう。
しかし警部は、尚も食い下がってくる。
「助ける道を模索すべきだ。本人に悪気はない。彼もきっと苦しんでいる」
「死んでいった連中は、何百倍も苦しんだはずだがね」
「……っ」
俺が反論すると、警部は言葉に詰まった。
彼女の主張は感情的だった。
本人もそれを分かっているはずだ。
それでも発言を止められなかったのだろう。
俺と警部が言い合う間、ケイトはアリエラに質問をする。
「アリエラさん、ダンジョンマスターを救う方法はありませんか……?」
「残念だけど無いわ。一度発動したスキルは解除できず、ダンジョンマスターの精神は魔物寄りになっていく。今は正気を保っているようだけど、いずれ人間を襲うようになるわ」
「やけに詳しいな」
「賞金首のダンジョンマスターを始末することは多かったの。よく稼がせてもらったわ」
アリエラはさらりと言ってのける。
彼女は、今までに何人ものダンジョンマスターを殺害してきたのだろう。
さすがは賞金稼ぎだ。
かなりの凄腕らしい。
彼女はダンジョンでの動き方も熟知しているようだ。
思った以上に頼りになる。
俺は装填を済ませた拳銃をホルスターに収めた。
立ち上がって警部と目を合わせる。
「そういうことだ。異論はあるかい」
「……ない」
警部は悔しげに呟く。
彼女の気持ちは分かる。
だが、時として辛い選択を取らねばならない時があるのだ。
過酷な世界で生きていくには、必須の技能だろう。




