第31話 暗殺者は警部を諭す
俺は武器の入ったゴミ袋を放した。
ゆっくりと両手を持ち上げて、頭の後ろで組む。
目だけを動かして、警部に挨拶をした。
「やあ、こんな所で会うなんて奇遇だね」
「…………」
警部は微塵も殺気を緩めない。
銃口はしっかりと俺の頭部を狙っていた。
大抵の相手なら、ここから銃口を逸らしてカウンターを打ち込むのは簡単である。
目隠しされた状態でも確実に成功させられるだろう。
しかし警部の反応速度なら、俺が動く前に発砲できるはずだ。
そうなれば、脳漿を床にぶちまける羽目になる。
いくら死なないとは言え、できれば避けたいことだった。
警部は拳銃を構えたまま俺に尋ねる。
「……ここで、何をしている?」
「ただ迷子になっているだけさ。いやはや、情けないよまったく」
俺は軽く肩をすくめる。
薄ら笑いが気に障ったのか、警部の怒気が膨らんだ。
引き金にかかった指に、力が込められていく。
「――撃つのかい?」
俺は動じずに警部の目を見つめ続けた。
彼女との距離を測り、どう対応すべきかを考える。
ざっと考えるだけでも、二十通りほどの殺し方を思い付いた。
頭部を撃ち抜かれるリスクを許容すれば、ほとんどの方法が通じるだろう。
「……ハァ」
発砲の寸前、警部は小さくため息を洩らした。
彼女は無言で銃を下ろす。
俺は腕を下ろして微笑んだ。
「誠意が伝わって安心したよ」
「勘違いするな。不審な動きを取れば、即座に射殺する」
「ははは、そいつはおっかないな」
俺は呑気に笑うも、警部は本気だろう。
あまりふざけすぎると、鉛玉で頭を吹き飛ばされてしまう。
ラインを弁えなければいけない。
それを肝に銘じつつ、俺は手を打って話題を転換する。
「とりあえず、互いに情報交換をしよう。本当に何も知らなくてね。まずは状況の整理が先決だと思わないか?」
「む……」
警部は言葉に詰まる。
彼女も馬鹿ではない。
俺の提案が真っ当であることを理解しているのだ。
それを素直に認められないだけだった。
ひとえにプライドや対抗心が原因だろう。
顰め面の警部を放って、俺は勝手に話を進めていく。
「よし、まずは俺から話そう。依頼された暴徒の件からになるが……」
俺は要点だけをまとめて一連の経緯を説明し始める。
暴徒の拠点を粗方壊したことや、アリエラとの出会いを主に伝えた。
予想通りと言うべきか、警部はアリエラの話題に反応する。
「異世界人を仲間にしたのか」
「正直、微妙な関係だがね。今のところは信用できそうだ」
アリエラは明確な目的がないから俺達に協力しているだけだ。
彼女は善意で動くタイプではない。
状況次第では、他人を容赦なく切り捨てられる人間である。
アリエラはそういった冷酷さを持ち合わせていた。
(……ケイトを囮にして生き残ろうとするかもしれないな)
もっとも、それは最終手段だ。
よほど追い詰められない限りは、心強い護衛役を全うしてくれるに違いない。
彼女達が絶体絶命のピンチに陥らないことを祈ろう。
説明を終えた俺は、警部の顔を見て告げる。
「次はそっちが話すターンだ。ちゃんと情報共有をさせてくれよ? この状況で俺に不信感を抱かせるのは、少し不味いと思うぜ」
「……分かった」
警部は渋々ながらも語り始めた。
警察署に異変が生じたのは、およそ七時間前らしい。
俺達が帰還する四時間前である。
突如として署内の構造が変動し、あっという間に難攻不落の迷宮となった。
加えて外からモンスターが殺到して、雪崩れ込んできたという。
この超常現象は、俗にダンジョン化と呼ばれているらしい。
空間が歪んで大幅に拡張され、脱出困難な迷宮となるのだ。
そこにモンスターが集まって生存不可能な魔境となる。
通称ができるほどには知れ渡った現象らしい。
数は少ないものの、この街の数カ所は既にダンジョン化しているそうだ。
ダンジョン化の影響で無線も故障し、内部の生存者達は外部との連絡も一切取れなくなった。
そんな状況の中、散り散りになった彼らは、次々とモンスターに襲われていく。
想像するだけでも地獄絵図だった。
当初は警部にも同行者がいたが、署内を探索するうちに彼女以外が死亡したそうだ。
現在の彼女は、まだ生きている者を保護するために奔走しているのだという。
「ダンジョン化現象……警察署にピンポイントで発生したわけか。こいつはヘビーな事態だ」
「まるで他人事だな。貴様もダンジョンに囚われているんだぞ」
「そんなことは知っているとも。だからと言って、悲観しても仕方ないだろう? どんな時でも冷静かつポジティブになるべきだ」
前向きな思考は、次の行動に繋がる。
絶望はその可能性の道を閉ざし、自ずと死に向かってしまう。
だから良くない。
無論、過度の楽観視は禁物だ。
現実を鑑みて、適切な判断を下すのが重要だろう。
俺はゴミ袋を拾い上げると、そこからショットガンを取り出した。
警部の握る拳銃に、銃口を軽く打ち合わせる。
「まあ、ここは協力していこう。救出活動を頑張ろうじゃないか。頼りにしているよ」
「……フン」
警部は不満げに鼻を鳴らす。
反対するつもりはないらしい。
今までの関係性を考えると、上出来のリアクションだろう。
こうして奇しくも合流した俺達は、署内の探索を再開した。




