第28話 暗殺者は陽動となる
「そ、そんな……」
ケイトは顔面蒼白で絶句する。
彼女は唇を震わせていた。
前方の光景にショックを受けているのだ。
「ふむ」
俺はガムを噛むのを止める。
警察署にはモンスターが殺到していた。
ここから見える範囲でも、様々な種類が跋扈している。
正面入口は既に突破されており、署内にモンスターが侵入しているようだった。
道路には警官の死体が散乱している。
防衛に携わった者達だろう。
この圧倒的な密度を前に殉職したようだ。
俺はケイトに確認する。
「無線で連絡は無かったのかい」
「はい……無かったはず、です。でもどうして……?」
「俺達に連絡をする余裕がないのか、それとも無線を潰されたかだな。何にせよ、緊急事態には違いない」
経緯は不明だが、なかなかのトラブルである。
一般人ではモンスターには勝てない。
武装したところで、倒せるのはゴブリンくらいだろう。
先ほどのオーガや巨大スライムが現れた場合、たとえ警官だろう為す術もなく殺される。
双方の戦力差を考えると、絶望的だった。
ここから俺達が介入しようと、ほぼ間違いなく警察署は壊滅する。
今からやれるのは人命救助くらいだ。
まだ辛うじて生きている者達を助けるのが精一杯である。
そんなことを考えていると、モンスターの一部がこちらに気付いた。
奴らは咆哮を上げて近付いてくる。
「見つかったようだな」
「と、とりあえず逃げますかっ!?」
バック走行しようとするケイトの手を止めて、俺は首を振った。
笑みを堪え切れず、俺は宣言する。
「いや、全力前進だ。ド派手に轢き殺してやろうぜ」
「あたしもハンクに賛成。あそこにケイトの仲間がいるんでしょ? それなら逃げちゃ駄目よ」
アリエラは特に気負った様子もなく発言する。
彼女はこの光景を前にしても動揺していない。
やはり場慣れしている。
車内ではケイトだけがパニックに陥っていた。
「えっ、でも、この数のモンスターは……」
「ケイト。覚悟を決めようぜ。迷っている暇はないんだ。救うか見捨てるか。どちらか一つだ」
俺は彼女の目を見て告げる。
俯いたケイトは、汗を垂らして考え込んだ。
その間にもモンスターは接近してくる。
数秒の逡巡の末、決心したケイトは顔を上げた。
「――分かり、ましたっ!」
車両が急発進し、迫るモンスターの壁へと立ち向かっていく。
まず先頭にいたスケルトンを粉砕し、次に喚くゴブリンを轢き潰した。
揺れる車内で俺は歓喜する。
窓の外にショットガンを突き出して発砲した。
横から飛びかかってきた狼を吹き飛ばす。
「ハッハッハ、そう来なくっちゃなァ! 最高じゃないかッ!」
車両は勢いに任せて第一陣を突破した。
フロントガラスは、血みどろの上に割れている。
ワイパーが左右に振れるも、汚れを伸ばすだけだった。
前方は辛うじて見える程度だ。
警察署に群がるモンスター達が、こちらの騒ぎに気付いた。
第一陣よりも密度が高い。
強引な突進を試みれば、食い止められる恐れがある。
停車した瞬間、モンスターの蹂躙を受けるのは確実だろう。
それを察した俺は、最低限の荷物を装備してドアに手をかける。
リュックサックを座席に置きながら、二人に告げる。
「先に警察署へ入ってくれ。ここは俺が担当しよう。アリエラ、ケイトを頼んだ」
「任せて。ちゃんと護衛するわ」
アリエラの返答を聞きつつ、俺はドアを開けて車外に飛び出した。
道路を転がるようにして着地する。
そばにいたゴブリンから斧を奪い取り、その脳天に叩き込んだ。
背後から迫る小型スライムには、手榴弾をプレゼントする。
爆風と破片で全身が引き裂かれるも、そばにいたモンスターの一掃に成功した。
俺は斧を弄びながら周囲を確認する。
ケイト達を乗せた車両は、迂回しながら駐車場へ入っていった。
正面入り口を避けて、署内に突入するつもりらしい。
悪くないやり方だ。
陽動である俺も、存分に暴れることができる。
「かかってこいよ経験値共。ミンチになりたい奴から歓迎するよ」
啖呵を切った俺は、モンスターの群れに襲いかかった。




