第17話 暗殺者は新人警官に問いかける
警察車両に戻った俺は、ドアを開けて車内に乗り込んだ。
ぼろぼろのシートに背中を預けつつ、ケイトに声をかける。
「やあ、待たせたね」
「そ、それは大丈夫ですが……」
ケイトは何か言いたげだった。
その視線は、サイドミラーで暴徒の死体を一瞥している。
彼女は警官だ。
目の前で平然と行われた殺人に、物申したいのだろう。
だが、それが不毛であると理解している。
感情的には認めがたいものの、現在の世界では常識だ。
板挟みになったケイトは、そのために口ごもっている。
(まったく、苦労しそうな性格だ)
軽く同情しているうちに、車両は切り返して来た道を戻り始めた。
今度こそ暴徒の拠点へと向かっていく。
これからいくつも巡って破壊する予定だった。
一つ目への道中でこれなのだから、時間がかかりそうである。
ただ、収穫も少なくない。
新しい銃を入手して、暴徒達のバイクもある。
運転中、ケイトは警察署に連絡してバイクの回収を頼み始めた。
付近に暴徒が残っていたとしても、俺を警戒して迂闊には手出ししないはずだ。
命が惜しければ、彼らだってしばらくは大人しくする。
他の警官がやってきても、安全に回収できるものと思われる。
しかし、そういうことを考えない連中とも言えた。
彼らは完全に狂っていた。
新たな世界の到来で頭がトリップしているのだろうか。
破壊衝動に支配されており、そういった連中同士で徒党を組み、後先考えずに襲いかかってきた。
自らの命を粗末にする奴ほど厄介な者はいない。
選択の幅が広がるためだ。
何をしでかすか分かったものではない。
暴徒達は俺の想像以上に壊れていた。
(バイクの回収班は、無事では済まないかもしれないな)
まあ、俺の知ったことではない。
連絡を済ませたケイトは安堵している。
不安になる情報をわざわざ与えるのは無粋だろう。
与えたところで事態が好転するわけでもない。
放っておけばいい。
しばらく車内で揺られていた俺は、ふとケイトに頼み事をする。
「すまないが、後で服屋に寄ってくれないかな。替えを持ってきていないんだ」
「分かりました。どのタイミングで向かいますか?」
「一つ目の拠点を破壊した後でいい。せっかく盛り上がってきたところだからね」
どうせ戦いを続けていれば、服なんてすぐに破れてしまう。
今は拠点に向かっている途中だ。
休憩ついでに服を調達するくらいでいいだろう。
新しく入手した拳銃を弄っていると、ケイトが唐突に発言した。
「ハンクさんは、今の世界についてどう思われていますか?」
彼女は真剣な表情をしている。
暇潰しの話題といった感じではない。
ふざけた答えを返すのも違うようなので、俺は正直な感想を述べた。
「シンプルに楽しいね。治安は悪くなったけど、まあ許容範囲かな。この調子で満喫できたらいいと思っている」
「そう、ですか……」
ケイトは見るからに落胆する。
頬が軽く引き攣っていた。
俺は頬杖をつきながら微笑む。
「不満そうな顔だね」
「いえ、その……」
「君の意見を聞かせてほしいな。何か考えがあるんだろう?」
今度はこちらから訊く。
わざわざあのような質問をするくらいだ。
何か言いたいことがあるのだろう。
それを喋ってもらうのが手っ取り早かった。
ケイトはしばらく逡巡する。
話しかけては、黙り込むのを何度か繰り返す。
何も言わずに辛抱強く待っていると、やがて彼女は本音を語った。
「私は、元の世界に戻したいです。こんな、無秩序な状態は間違っています」
「確かにな。かなり狂っている」
俺はケイトの言葉に同意する。
変貌した世界は、何もかもが異常だ。
街中で白昼堂々とチェイスをした挙句、相手を銃で皆殺しにするなど、元の世界ではとても考えられない。
「今は警察署に立て籠もっていますが、いつか元の世界に戻す方法を見つけるつもりです。こうなった原因は、必ずどこかにあるはずですから」
「素晴らしい方針じゃないか。尊敬するよ。達成困難な目標ではあるがね」
俺は拍手を送り、じっとケイトを見つめる。
運転する彼女は途端に緊張し始めた。
息を呑んで黙り込んでしまう。
俺は笑みを深めて話しかけた。
「当ててみせようか。俺を改心させて、世界を戻す作業に協力させるつもりだろう」
「……っ」
車両がいきなり右に流れる。
側面を信号機に掠らせながら交差点を通過していった。
動揺したケイトが、ハンドル操作を誤ったのだ。
俺は重ねて彼女に告げる。
「あまり期待しない方がいい。俺はただの悪党だ。君みたいに善良な警官が手を借りる相手じゃない。先に言っておくが、俺は絶対に改心しない。むしろこの狂った世界を存続させたい側だ。もし本気で世界を戻すつもりなら――覚悟しておくことだ」
「ひっ……!」
僅かに殺気を込めると、ケイトは硬直した。
顔面蒼白で全身を小刻みに震わせている。
まるで小動物のようだった。
それを目にした俺は、殺気を消して笑う。
親しげな調子でケイトの肩を叩いた。
「ははは、冗談さ。ビビッて事故らないでくれよ? 警官の前で他の車を盗みたくないからね」
「す、すみません……」
ケイトは恐縮して謝る。
からかい甲斐のある新人だが、今のはやり過ぎた。
苦笑いを湛えつつ、俺は反省する。




