第11話 暗殺者は依頼を受ける
警察署で暮らすようになってから一週間が経過した。
俺はなぜか牢屋で生活している。
割り当てられた個人スペースがそこだったのだ。
詳しい事情は分からない。
色々と説明もとい言い訳を聞いた気がするが、とっくに頭から抜け落ちている。
ようするに俺への当て付けだろう。
なるべく俺を隔離したいに違いない。
ここならば、万が一という時でも迅速に幽閉できる。
警部の魂胆は丸分かりだった。
向こうも隠す気はないのだろう。
まあ、別に気にしていない。
個人スペースがあるだけマシだろう。
牢屋だって施錠されているわけではなく、出入り自由となっている。
各種物資の支給もあるため、衣食住にも困っていなかった。
他の生存者が雑魚寝をしている中でこの処遇なので、むしろ贅沢かもしれない。
ちなみに署内で暮らす生存者の数は、あまり多くなかった。
多く見積もっても二百人は超さないだろう。
街の規模からすると、信じられないほど少ない。
ほとんどがモンスターに殺されたか、別の拠点にいるようだ。
人々の話を聞くに、街を出た者も多いらしい。
彼らを守る警官の人数も少なかった。
モンスターとの戦闘で殉職したり、保身から逃げ出したり、任務に向かったまま行方不明となったりと要因は様々である。
そもそも最初期のパニックのせいで、あまりにも犠牲者が多かったのだろう。
警部が最高責任者という現状は、すなわちそれより上の階級の者がいないことを示す。
人員の慢性的な不足が伝わってくる。
そんな警官達は、いくつかのグループに分かれて活動していた。
街を探索して物資や生存者を探す班、警察署に残って防衛を担う班、率先してモンスターを討伐してレベル上げを狙う班などだ。
これらをローテーションしているそうである。
今更だがレベル上げは重要だ。
モンスターとの交戦というリスクはあるものの、その分だけ見返りも大きい。
レベルアップすると身体能力が向上し、さらにスキルも増えていく。
自ずと生存率が高まると言えよう。
警官の間では、レベル上げが急務となっていた。
やはり最初の段階でドラゴンを殺すことのできた俺は幸運だろう。
スキルの構成も上出来である。
他者に比べて、死の危険が大幅に少ない。
死なない上に再生能力もあるので、強気で行動することができる。
それにしても、警察署の状況は芳しくない。
だんだんと困窮している。
日々の中で、警官の殉職或いは失踪が多発していた。
レベルアップできた者も、強力なモンスターとの遭遇で命を落とす始末だ。
非戦闘員の生存者を保護しているため、食糧の消費ペースも上がるばかりである。
それをカバーするために物資調達に出た者が死んでいく。
悪循環が生まれていた。
警部もそれを自覚しているはずだろう。
あれから話す機会がないので定かではないが、打開策くらいは考えていると思う。
このままだと、警察署は確実に崩壊する。
もっとも、俺は別に警察署がどうなろうと構わない。
いずれ出て行くつもりだし、生存者の面倒を見る義理もない。
ただ楽しめればそれでよかった。
まあ、警部の考えくらいは聞いておくべきかもしれない。
彼女だって馬鹿ではない。
今後の方針くらいは考えているはずだ。
俺から話しかけるのは億劫だが、それくらいの労力は払ってもいい。
そんなわけで俺は署内の廊下を移動する。
支給された大豆の缶詰を食べながら、警部の部屋を目指していた。
あまり美味くないが、最低限の栄養はある。
今の時間帯なら、彼女も外出していないはずだった。
ついでに外出許可と武器の支給も申請したい。
この一週間、どちらも駄目だと言われて禁止されてきたのだ。
もちろん従う義務はないので、たまに無断で街中を徘徊している。
出会ったモンスターを抹殺して、人間以外との戦い方を学びつつ、密かに荷物を増やしていた。
「おっ」
俺は前方を見やる。
向こうから警部が大股でやってくるところだった。
明らかにこちらを凝視している。
彼女はすれ違うことなく、俺の前で仁王立ちをしてきた。
俺は朗らかな笑みで挨拶をする。
「おはよう。怖い顔をして、どうしたんだい」
「貴様に頼みたいことがある」
警部は不機嫌そうに言う。
頼みごとをする人間の顔と態度ではない。
よほど不満なのだろう。
たぶん俺に何かを頼むこと自体に抵抗感がある。
言わずとも本音が洩れていた。
俺はわざとらしく両手を広げてみせる。
「そいつは珍しい。心境の変化でもあったのか」
「心境の変化ではない。状況の変化だ」
彼女からすれば、俺は最低最悪の犯罪者だ。
手を借りるなんて論外なのだろう。
その信条を曲げてまで依頼するということは、よほどのことである。
最近、警官も少なくなってきた。
切迫する状況を前に、手段を選んでいられなくなったに違いない。
「まあ、いいさ。俺に頼むってことは、つまりそういう仕事なんだろう?」
俺は笑みを深めて警部を見つめる。
期待に胸が膨らむ。
警部が露骨に舌打ちをした。
彼女は苦々しい表情で内容を切り出す。
「……そうだ。貴様には、悪党の始末を依頼したい」




