ならんように
夜、闇から聞こえる虫の音が、
遠い夏の日にぼくを連れていく。
父も母も、親戚も、友達も、
みんな若い夏の日は、
手を出せば、すぐ触れるぐらいに、
近くに現れて、
また、すぐ闇に消えていく。
母が言っていた。
おばさん、
わからんようになってね……
ぼくのことも、夏の日のことも、
わからんようになったの。
ぼくも夏の日がわからん
ようになるの。
……また、虫の音に耳をすました。
わからんようにならんように。
わからんようになるときは、
虫の音に掴まれるように。