結成
「順調順調!」
無事にソロモードのイージーを全勝したイルファナは、いい気分のままダンジョンもどきを後にした。
さっそくセリアと合流しようと思いタブフォンを起動すると、何者かからメッセージが届いていた。
「あれ?誰だろう?セリアさんかな?」
認識をさせている相手は今のところ親とセリア、《塔》内の学校で友達になった人くらいだったので、候補はかなり絞られるのだが、今メッセージを送ってくるような相手はその中にはいなかった。
イルファナがメッセージBOXを開くと、そのメッセージの件名は、 ─ウルカーナダンジョンもどき ソロ イージー 初クリアおめでとうございます─ となっており、管理委員会から送られてきたものだった。
「管理委員会かあ…そういえば、プレイする前にタブフォンで個人識別したんだった」
メッセージには、簡単な祝福の言葉と《塔》内の飲食店で使える、5%offのクーポンが添付されていた。
ダンジョンもどきをやる際に払った陣地ポイントのことを考えればあまりお得とは言えないが、それでもこういうクリア報酬みたいなサービスがあるのは嬉しいもので、イルファナも少しだけ気分が上がっていた。
「これでじゃがじゃがバーガーのポテトが190ポイントで食べれる!」
このクーポンを見たイルファナの頭の中は、じゃがじゃがバーガーの事でいっぱいのようだった。
☆☆☆
「とりあえず、セリアさんに電話しないと!」
クーポンの事でしばらくテンションを上げていたイルファナは、すっかり忘れていたセリアとの待ち合わせを無事に思い出すと、セリアに電話をかけた。
『もしもし?もう終わったの?』
「はいっ!無事に勝てました!」
『あら、よかったじゃない。
イルファナは私と同じようなスキルだから、私が教えてあげられることも多いと思うわ。
だから、これからもっと強くなりましょうね』
「頑張りますっ!」
『うんうん……。
それで、タッグは18時からだったかしら?
それまでどうするつもりなの?私は特に希望はないのだけれど』
「あっ!それなんですけど、チーム結成の申請とか…間に合いますかねー?」
『そういえばそうね。
多分大丈夫じゃないかしら?時間的にも空いている頃合いでしょう。
それと……敬語はやめにしましょう?イルファナがチームリーダーなのだから』
「……!
わかり…ったよ!」
『ふふっ…無理はしなくてもいいわよ。少しずつね』
「はいっ!」
『それじゃあ、どこで待ち合わせしようかしら』
「ウルカーナの入り口でどう…かな?」
『わかったわ。今から向かうわね』
「私もそうします!」
電話を終え、一息ついたイルファナはウルカーナの入り口を目指すことにした。
ダンジョンもどきから入り口まではそこまで距離はなかったので、セリアよりは先に着くだろう。
途中で寄り道をしてもよかったのだが、イルファナはセリアさんを待たせていたら申し訳ないなあ…と思い、直接行くことにした。
「うーん…具体的なところも決めておいた方がよかったかなあ…」
イルファナが入り口にたどり着くと、そこにはウルカーナに来た人、ウルカーナから出ていく人で溢れかえっていた。
セリアがもう来ているのかはわからなかったが、もし来ていてもこの人の量では見つけるのは難しいだろうと思ったイルファナは、セリアに『ウルカーナを少し出たところで待っています!』とメッセージを送ると、ウルカーナの街から出ていった。
ウルカーナを出た先は草原が広がっており、RPGの舞台のような風景だった。
《塔》の獲得可能陣地は隣接していることがなく、陣地と陣地の間はこのような草原で広がっていることが多かった。
開拓して街を作ることなども可能なのだが、陣地ではないので陣地ポイントが使えず、需要の問題で基本的には簡単な道路の整備等以外は、野放しにされていた。
そして、《塔》といっても、その内部は螺旋状になっており、明確な階層の差はない。
今は管理委員会が階層を設定し、それに従って表現することが多いが、昔は人それぞれで呼び方が違っていたりしたらしい。
もちろんそれはかなり昔の話で、イルファナが産まれるだいぶ前にはもう管理委員会によって階層が設定されていた。
ちなみに第1層の下はロビーと呼ばれる、《塔》と外の境目と言われる場所がある。
そこでは《塔》内部で陣地ポイントを使い得た産物と外の産物とで貿易をしたりしており、かなり栄えていた。
これからイルファナ達が目指すところは中立地帯と呼ばれる所で、そこには管理委員会や、《塔》内部でボーダー以外の仕事を持っている人達が暮らしていた。
中立地帯といっても、そこは獲得可能陣地なのだが、《塔》内のことを円滑に進めるために、管理委員会が侵略不可とした陣地である。
もちろんイルファナも中立地帯に住んでおり、そこは第3層の下層に位置する中立地帯だった。
「イルファナ、お待たせ」
「あっ!セリアさん!」
「ダンジョンもどきからだと早めについていたでしょう?
ごめんなさいね。待たせてしまったかしら」
「いえ!全然大丈夫です!」
「ここから中立地帯だと…どこにあるのかしら?」
「近くに私が暮らしている中立地帯があるんです!」
「へえ、それならそこにしましょうか」
「はいっ!」
☆☆☆
「あっ…」
二人が大草原の中の簡単に整備された道を歩いていると、急にセリアが声を上げた。
イルファナが疑問に思いセリアが向いている方を見ると、漆黒のローブを羽織った人が草原の中を歩いていた。
「誰だろう……」
イルファナが漏らした言葉に、セリアが答える。
「あの人はカリファって呼ばれている人よ。
本名かどうかはわからないわ。ダンジョン攻略者のトップチーム…紅蓮っていうチームの人よ」
「カリファ…さん?
それに、紅蓮…どっちも聞いたことないです。
私、陣地戦に参加してるチームのことしか知らなくて…」
「かなり有名なチームよ。ダンジョン攻略チームは、紅蓮とげじげじ、ローズマリーあたりがトップね」
「げ、げじげじ……」
「チーム名はともかく、かなり強いチームよ。
もちろん陣地戦に参加している強豪チームも、引けを取らないくらいダンジョン攻略をしているけどね」
セリアがチームの情報を軽く教えていると、そのカリファがイルファナ達の向いた…ように思えた。
「……っ!」
「セリアさん…?」
「いいえ…何故かわからないのだけれど、最近よくあの人と遭遇するのよね。
それに、毎回微妙に意識を向けられている気がするのよ」
「セリアさんに何か用事でもあるんでしょうか…?」
「あんな人が、私なんかに?」
「セリアさんはなんかじゃないですよ!」
「でも、あの人に比べたら私なんてそんなものよ」
セリアがそう軽く答えると、カリファはセリア達が来た道…ウルカーナ陣地の方へ向かって歩いていった。
「なんで草原を歩いているんでしょうか…」
「ダンジョンでも攻略してきたんじゃない?」
「この辺にダンジョンってあったんですね」
「えっ…イルファナ、この辺に暮らしているのよね?
なのに知らなかったの…?」
「ダ、ダンジョンの事には疎くって…」
自然とカリファのことから会話が離れていくと、先程までの不思議な緊張感はなくなっていた。
そのままセリアがイルファナに軽くダンジョンの事やダンジョンでの戦い方等を教えながら歩いていると、二人は第3層の下層の中立地帯…ニルパの街にたどり着いた。
☆☆☆
「いらっしゃいませ」
イルファナは、そういえば晴れやかな気持ちでここに来れたのは初めてだなあ…と思いながら、管理委員会にきていた。
「えっと、この前新規チームスターティングメンバー…?の募集をお願いした者なんですけど…」
「少々お待ちください…タブフォンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「えっと…どうぞ!」
「それではお借り致します」
受付の人がパソコンに何かを入力する。
しばらく待っていると、受付の人が顔を上げた。
「イルファナ・ユールミル様ですね?
本日はどのようなご要件でしょうか?」
「はい!それで…こっちの人がチームに入ってくれるってことになって…」
「かしこまりました。そちらの方のタブフォンもお借りしてよろしいでしょうか?」
受付の人がセリアにタブフォンを促すと、セリアは満面の笑みでタブフォンを差し出した。
「はいっ!」
「うぇっ!?」
先程までのセリアとのギャップに、思わずイルファナが奇声をあげてしまう。
「…?どうかされましたか?」
「い、いえ…なんでもないです…」
イルファナがセリアの方を見ると、セリアはイルファナから顔を逸らしてしまっていた。
しかし、その後ろ姿から見える耳は、朱色に染まっていた。
「セリア・フリスマン様ですね?
ええと…チームメンバーになるには最低16歳で……にじゅっ!?……ゴホン。
失礼致しました。それでは、お二人で新規チームを結成ということでよろしいでしょうか?」
セリアの年齢を確認した店員が慌てて取り繕うと、イルファナ達はそれを特に咎めることもなくチームの結成作業に進んでもらうことにした。
「ええと…チーム名等はお考えになられたでしょうか?
変更可能ではありますが、さすがにこのチーム名ですと…」
「あっ、すみません…
セリアさん、いい案とかありませんか…?」
「クマさんがいい!」
「クマさん!?」
「クマさんのぬいぐるみ!」
「えっ!?本当にそれでいいんですか!?」
「うんっ!」
そう言って満面の笑みを浮かべるセリア。
イルファナは戸惑いながらも、自分に何か案があった訳でもなかったので、チーム名をクマさんのぬいぐるみにした。
「ク、クマさんのぬいぐるみですね…かしこまりました…」
(店員さんも引いちゃってるよ……本当にこれでよかったのかな……)
(イルファナ、ごめんなさい………)
二人ともチーム名に思うところがあったのだが、以心伝心なんてことが起こるはずもなく、チーム名はクマさんのぬいぐるみで決定してしまった。
「ええと…チーム名の変更は、なるべく行わないようにお願いしますね…?」
「は、はい……」
「わーい!」
やけくそ気味に喜ぶセリア。周りから見れば完璧に喜んでいるように見えるのが、《塔》に来てから無駄に鍛え上げられた演技力の賜物だった。
「チームの規模やその他チームの情報に関することに変わりはないでしょうか?」
「はい」
「チームメンバーの募集も、引き続き同じ条件で募集…ということでよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました。それではその条件でチームを結成致します。
1時間ほどで結成できますので、1時間後にまたこちらへお越しください。
その際に再び確認を致しまして、チームの結成となります。くれぐれも忘れないようお願い致します」
「わかりました!」
「はーい!」
二人揃って返事をすると、管理委員会を後にした。
☆☆☆
「………」
1時間どこかで時間を潰そうということで、二人は近くのカフェに来ていた。
「セリアさん……」
イルファナがセリアに声をかけると、セリアは申し訳なさそうに答える。
「ごめんなさい…」
「い、いえ……」
いわゆる、お通夜ムードというやつだった。
「わ、私はいい名前だと思いますよ!ク、クマさんの……ぬいぐるみ……」
「無理しなくていいのよ…」
「えっと……」
しばらく沈黙が流れたあと、ようやくイルファナがあの事に切り込んだ。
「セリアさん……あの、子供みたいになるのって…」
「………私、他人の前だとああなっちゃうのよね…。
イルファナの前では、意識して素でいようと頑張ってるのだけれど…」
「そうだったんですか…」
「なんていうか、目線がね…。
子供に向けるような目線を向けられると、ついああなっちゃうのよね…」
「セリアさん、ちょっと小さいですもんね…」
「気は使わなくていいのよ…ちょっとどころじゃないのは自分でもわかってるから…」
再び沈黙が流れ出す。
この状況でなんといえばいいのだろうか…とイルファナが悩んでいると、ふっと纏う雰囲気を変えたセリアが、いつもの調子に戻った。
「…いつまでも落ち込んでる場合じゃないわね。
チームが結成できたら、さっそくダンジョンもどきの攻略結果がチーム情報に載るんだから。
このあとの初陣は、かなり重要よ」
すぐに立ち直ったのは、慣れからだろうか。
…慣れからだろう。
「…!はいっ!」
イルファナもセリアの立ち直りに応えるように元気に返事をすると、お互いのスキルを確認したり作戦を練りながら、カフェで時間を潰したのだった。
という訳で、クマさんのぬいぐるみチームの結成です!!!
お前ら、げじげじの事…言えないからな。同類だからな。
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