出会い
「うーん…4時間後ってことは1時くらいだよね。お昼ご飯は先に済ませちゃった方がいいかなあ。
それにしても、人が多いよ…」
暇を持て余して観光することにしたイルファナは、まだ朝の9時頃だと言うのに、すごい人混みに流されて疲れきっていた。
「これから先のことを考えると陣地ポイントも無駄遣いはできないし、どうしようかな…
ただで休めるところ、無いかなあ」
《塔》で暮らすには陣地ポイントが必要なので、審判をしているユールミル家の給料は、陣地ポイントとお金の両方を渡されていた。
もちろん、イルファナのお小遣いもそうなっていた。
そもそも、審判とは記録係みたいなもので、公式戦(管理委員会を通して行われる試合)の記録を取る人のことだ。
ただ試合をするだけなら管理委員会を通す必要はなく、陣地戦も管理委員会を通す必要はないのだが、陣地の獲得者をはっきりさせることで無駄な争いを避けるために、管理委員会を通すチームが多かった。
どういう訳か、陣地の獲得者が変わると、その陣地がその獲得者保有の状態に変わるので、カスタマイズも変わるのだ。
過去にその陣地を獲得していると、その過去のカスタマイズの状態になり、逆に奪われるとカスタマイズに使っていたものは消えてしまう。
そのため、観光に来た客がいつの間にか陣地獲得者が変わっていてトラブルになる…などを避けるのが、管理委員会の役目という訳だ。
「あっ、デパート発見!中にフードコートとかもあるかな?」
そんなことを思い出しながら歩いていたイルファナは、デパートを見つけたので、デパートで洋服とかを見て、お昼頃になったらご飯を食べれば時間を潰せるかな…と思い、デパートに入っていったのだった。
☆☆☆
イルファナが入っていったデパートには、一人の少女がいた。
とても小さく、子供のような丸っこさがあり、金髪に紅色の目をした可愛らしい見た目とは裏腹に、とても鋭い目付きをしたその少女は、かつてボーダー界を騒がせ、一躍時の人となった少女だった。
「はあ…この蜘蛛可愛いわね…」
《幽霊屋敷》と呼ばれていたその少女は、その奇襲性が高く、厄介なスキルで恐れられていた。
「あ、こっちの蜘蛛も可愛い…」
ただ、ある時を境に公式戦から姿を消したのだった。
かつては大手チームに所属していたのだが、脱退したという噂も流れていた。
「そこのお嬢ちゃん、ぬいぐるみを買いに来たの?」
「……う、うん。そうなの」
先程とは打って変わって、店員に話しかけられたその少女…セリア・フリスマンの顔は、幼い女の子そのものとなっていた。
「それなら、これとかどう?最近の人気だよ!」
そう言って、店員はクマのぬいぐるみ見せた。
「わーい!可愛い!…こ、これください!」
その少女…セリア・フリスマンは、店員の勧めてきたクマのぬいぐるみを購入した。
嬉しそうに店を出ていくセリアを見ながら、店員は優しげに微笑んでいた。
(またやってしまった……)
あれから、適当にぶらついて辿り着いたフードコートで、ポテトを頼んで居座ることにしたセリアは、手に持っているクマのぬいぐるみを見ながら、うなだれていた。
それは、さっきの一連のことだ。
セリアはもう26歳にもなる大人なのだが、その少女のような見た目からああいう扱いを受ける事が多い…というか、それしか受けないのだ。
その度に相手に合わせていたせいで、あのような対応が体に染み付いてしまったのだった。
(はあ…この癖をなんとかしないと……
FFFもこれのせいで辞めちゃったし…)
FFFとは、フォーカスフォーファイトというチームの略称で、4vs4に特化した、セリアが所属していたチームのことだ。
セリアは、FFFでも同じような扱いをされており、段々とストレスを溜め込んで、終いには辞めてしまったのだった。
(陣地ポイントはまだ余裕があるけど…やっぱりこのままじゃダメだよね…
戦闘自体はソロで出来るダンジョンもどきでブランクを作らないようにしてるけど、ソロとチーム戦とじゃやっぱり違うし)
セリアは、どこか自分のことを知らないチームはないものか。と、タブフォンを取り出して掲示板を眺め始めた。
──────────────
【メンバー募集掲示板】
ここでは、チームが新たに仲間となってくれる者を募集している掲示板です。
──────────────
(仲間……か)
イルファナは、タブフォンに表示されたメンバー募集掲示板のトップページを眺めながら、仲間と呼べる相手なんていたっけな…と考え始めた。
ピピピピピピッ!!!
「うわっ」
考え始めたセリアの思考を遮るように、ポテトを頼んだ時に渡された機会がコールを始める。
(こんなことを考えても仕方が無いか…)
思考を切り替えたセリアは、ポテトを受け取りに立ち上がった。
いつか、私にも仲間が出来る時が来るのかな…と思いながら。
☆☆☆
セリアがフードコートにいる頃、しばらく休めそうなところを探して歩いていたイルファナは、ぬいぐるみショップの前に来ていた。
「へえ、ぬいぐるみかあ…可愛いなあ」
イルファナが、店の前でそうボソッと呟いた独り言を地獄耳で聞き取った店員は、イルファナに声をかけた。
「そこのお姉さん!ぬいぐるみに興味があるのかな?」
「え、あ、えっと…ちょっと可愛いなって……」
「それなら!これとかオススメだよ!最近の流行はこれ!」
そう言って店員は、イルファナを店の中に誘導しながらあのクマのぬいぐるみを差し出した。
突然ぐいぐい来た店員にびっくりしていたイルファナは、されるがままにそのクマのぬいぐるみを手に取らされていた。
(あ、でもちょっと可愛いかも…)
そう思ったイルファナの心の中を読んだように、店員が商売口調で語りかけてくる。
「可愛いでしょ、このぬいぐるみ!
もうほとんど残ってないんだよ!今日もバンバン売れちゃって!
それに、今日はスペシャルデーだからなんと10%off!
買うなら今のうちだよ、お姉さん!」
「え、その…えっと…か、買います!」
「かしこまりました!」
どんどん情報を与えてくる店員の言葉に頭がこんがらがったイルファナは、訳もわからないうちにその商品を買ってしまっていた。
(……何やってんだろ私…ポイント余裕ないのに…)
店員の手腕に見事にしてやられたイルファナは、クマのぬいぐるみを眺めながら、再びデパートの中を歩き始めた。
☆☆☆
しばらく歩いたイルファナは、セリアと同じような道を辿り、フードコートに辿り着いた。
「お、やっぱりあるじゃんフードコート!
コンソメ味のポテトがあれば最高なんだけど…特にじゃがじゃがバーガーのやつ!」
店の一覧を見たイルファナは、探していた店の名前を見つけてテンションを上げた。
「じゃがじゃがバーガー!あるじゃん!
わかってるなあここのフードコートは……って、そういえば風林火山のスポンサーなんだっけ、あそこは」
親が審判をしていたこともあり、チームの事情に少し詳しいイルファナは、風林火山のスポンサーにじゃがじゃがバーガーの会社があったことを思い出しながら、ポテトを注文した。
もちろん、コンソメ味だ。じゃがじゃがバーガーのポテトは注文が来てから作る形式で、出来上がったらコールしてくれる機械を受け取ると、席を探すことにした。
「あっ……」
席を探し始めたイルファナは、見覚えのあるぬいぐるみが置いてある席を発見して、思わず声を上げてしまった。
「……?…あっ」
その席に座っていた少女……セリアは、その声に気づいて振り返った。
イルファナの持っているぬいぐるみに気がついたセリアも、イルファナと同様に声を上げてしまう。
「……えっ!?」
二人で微妙な雰囲気になっていると、イルファナがセリアの顔を見て、また声を上げた。
イルファナはセリアの顔に見覚えがあったのだった。
父が審判をしていた試合はすかさず確認をしていたのだが、その中に自分より幼く見える女の子が出ていた試合があった。
その試合を見て衝撃を受けたイルファナがボードファイトに興味を持ったという話はまた今度するとして、イルファナにとってセリアは、きっかけの人だったのだ。
「……?」
「あの……セリア・フリスマン…さん、ですよねっ!ボーダーの!」
「そ、そうだけど……」
「あ、えっと…セリアさんの試合を見て、私ボーダーになろうって決めたんです!
あ!そうだ!あの、サインもらえませんか!?
えっと…このぬいぐるみに!!」
そこには、ただの推しに出会えて興奮したファンと化したイルファナがいた。
「おねえさん、私のこと知ってるの…?」
な、なんかすごい人に話しかけられた…と思ったセリアは、そんなに有名じゃないのに私のことを知ってる人もいるんだな…と思いながら、対応した。
「あ、私、セリアさんよりも年下なので、お姉さんじゃないですよ!」
「えっ」
「あれ?セリアさん、26歳…くらいでしたよね?」
「そうだけど…そんな事まで知ってるの?」
セリアは、驚きを隠せなかった。
自分の年齢を知っていたこともそうだが、自分をこんな風に扱ってくる人は、この《塔》に来てからは初めてだったのだ。
FFFにいた頃は、自分の年齢を把握していない人はおろか、年齢を把握している人ですら子供扱いしてきたのだ。
自分のこの癖がその風潮を作ってしまった…というのもあるのだが、それでも辛かったのは確かだった。
(…この人、ボーダーって言ったよね。
私のことを知らない…いや、知ってるからこそこうして接してくれてるのかも。
この人となら……)
そう思ったセリアは、イルファナを席へと促した。
イルファナは恐れ多いと遠慮しながらも、席につく。
セリアがじゃがじゃがバーガーのポテトを食べていたことにも気づいたイルファナは更に興奮しながら、一人で話を続けていた。
(な、なんか押しが強い人だなあ…)
セリアは一人で喋り続けるイルファナを見ながら、若干引きはしたが、それでも嫌な風には思わなかった。
イルファナからは、何か心温まるようなものを感じていたのだった。
それは、イルファナが持つ明るさからなのか何なのかセリアにはわからなかったが、意を決して、自分を偽らないように、イルファナをチームに誘うことにした。
「ねえ、えっと…名前はなんでしたっけ?」
「あっ、私、イルファナ・ユールミルって言います!」
(ユールミル?それって…)
「もしかして、あのユールミル?」
「多分そうです。両親は審判をしてます」
(やっぱり…)
セリアにとって、ユールミルという名前は特別なものだった。
セリアは、もともと《塔》には関係ない外の街で暮らしていた。
そんなセリアがある日、たまたま入った本屋で見つけた本こそがこのユールミル家……アルド・ユールミルが書いた本だったのだ。
ボードファイトのことをそこで知り、試合を見に来たセリアは、どんどんボードファイトに惹かれていった。
たまたま自分のスキルが強かったこともあり、この《塔》へと挑戦することにしたのだった。
「そう。イルファナはボーダーなんだっけ?」
「その…何度もチームとか企業に応募したんですけど採用してもらえなくて…昨日一人ボーダーに挑戦することに決めたんです」
「ふうん」
イルファナの申告を聞いても、セリアの気持ちが変わることは無かった。
今はポイントにも余裕があったし、自分を変えたいと思っていたからなのか。
とにかく、この人…イルファナと組むことで何か変われるような気がしたのだった。
あまり感情を表に出さない明るさとは真逆な自分は、このかなり明るいイルファナに、何か影響を受けるものがあるだろう。
それがどう転がるかはわからなかったが、これをチャンスだと思ったセリアは、イルファナに提案をした。
「じゃあ、今は一人なのね。
それなら、私と組まない?」
「えっ!?」
それを聞いたイルファナは、思わず固まってしまった。
突然憧れだったセリアにチームに誘われる等、全く予想にもしてなかったのだ。
「い、いいんですか!?
でも……その、FFFは結局…」
「FFFは脱退しちゃったのよ」
「やっぱりそうだったんですか……最近出てこないなあって思ってて…
で、でも私本当に弱いので!ボードファイトも一回もしたことないですし…試合はよく見るんですけど…」
「それなら、私が色々教えてあげるわ」
「で、でもなんで…」
「なんで…ね…」
セリアは、なんて答えるか迷っていた。
イルファナが良さそうな人だとは思っていたが、初対面でもある。悩みをぶちまける訳にもいかなかったので、誤魔化すことにした。
「とりあえず、お試しよ。お試し。
イルファナも、チームメイトを探してるんじゃない?」
「あ、えっと、新規チームのスターティングメンバーを探してるんです」
「ふうん…じゃあ、私がなってあげようか?
とりあえずは他のチームメンバーが集まるまでってことで。
もし良かったら、ずっといるかもしれないけど」
「本当にいいんですか…?」
「ええ、フリーのボーダーなんて、そんなものよ。
色々な所を経て、自分に合ってるチームに落ち着くのよ」
「なるほど…わかりました!ぜひお願いします!」
そうして二人でチームを組むことになったイルファナとセリアは、たまたま今日二人ともウルカーナ陣地のダンジョンもどきをやりに来ていたので、そこで二人でボードファイトをすることになったのだった。
イルファナにとってはこれが初のボードファイトだったのでかなり緊張していたのだが、更に憧れのセリアと一緒にやることになり、ガチガチに緊張してしまった。
それを見たセリアは、なんだか可愛らしい子だなと思いながらも、自分も最初はあんな感じだったなと黙って見守ることにした。
《塔》の中では様々な出会いに溢れている。
今はそんな中の一つのこの二人の出会いが、この《塔》にどんな影響を及ぼすのか。
それとも、何も影響は及ぼさないのか。
少なくともこの二人は今、この出会いに運命を感じているのであった。
もし良かったら、ぜひ評価をお願いします。