旅立ち
第一章の開始です。よろしくお願いします。
「すみませーん」
イルファナは今、管理委員会の建物にいた。
管理委員会とは、《塔》に関することを軒並み管理している場所だ。
管理委員会と言っても、そこは管理だけではなく、仲間の募集やチームの募集、更には会社がボーダー契約社員の募集をしていたりもする。
イルファナも、そのボーダー契約社員になるために、何度かここへ募集を見に来ていた。
「本日はどのようなご要件でしょうか」
「ええと、メンバーを募集したいんです。新規のチームで」
あの家族会議の後、今すぐにでも《塔》に挑戦したかったので、管理委員会で仲間を募集しようと思ったのである。
そこで、チーム・メンバーの募集やその他依頼等の、掲示板機能を利用するための受付所へと来ていた。
掲示板とは、《塔》で使える電子端末【タブフォン】にあるサービスの1種である。
タブフォンは、一つ一つの端末にアカウント設定がされており、個人チャットや掲示板、ステータスの確認や《塔》内のサービス店の割引券などが貰える、簡単なゲームなどもある。
「新規のチームですね。現在のメンバーは何人でしょうか?」
「えっと...…一人です」
「一人ですか。それでしたら、最低人数の二人に達していないので、新規チームのスターティングメンバー募集ということになりますが、よろしいでしょうか」
「は、はい」
受付の係の人は、動じたりはせずにとても手際よく処理をしていた。
こういう申請も多いのだろうか?父や母が審判をしていたのは大きな試合ばかりだったので、会社所属やスポーサー契約のない、小さいチームは少ないものかと思っていたのだが、違うのかもしれない。
「それでは、こちらが新規チーム設立の申請書類となりますので、記入をお願いします。
記入が終わりましたら、5番の受付へご提示ください。
それでは、次の方~」
簡潔な説明と書類を受け取ると、次の受付へと回された。
これが、お役所仕事というやつなのだろうか。と思いながら、必要事項を記入しようとしたが、最初から躓いてしまう。
「チーム名…何も考えてなかったなあ。
チーム名は後から変更できますって書いてあるし、仮とかでいっか」
チーム名欄に、仮と記入する。
「えっと…陣地戦の参加予定かあ。
将来的には参加したいけど、まずはメンバーが集まらないと話にならないし…未定でいっか」
未定と記入する。
「チームの推定規模…これも、わからないなあ…お父さんからの支援だと3人くらいだけど、もっと大きくなるかもしれないしね」
未定と記入する。
「拠点ね」
未定と記入する。
「………」
完成した書類は、9割以上が仮や未定で埋まっていた。
「これ、やる気あるのかな…って思われそう」
でも、決めてないものは決めてない!と思い、とりあえず受付に行ってみることにした。
「書類をお預かりします」
(拒否されませんように……)
「確認しました。新規チームの設立、及びスターティングメンバーの募集でよろしいですね?」
「は、はい!」
「ええと、チームの規模が未定となっておりますが、募集する人数はどの程度をお考えでしょうか」
「とりあえず、一人か二人でお願いします!」
「かしこまりました。
しかし、この募集内容だと具体的なことが一切わからないので、なかなか人は来ないと思いますが…」
「で、ですよね…」
「それでしたら、ひとまずはチームの規模を少人数チームにしたらいかがでしょうか?
少人数から初めて、そこから徐々に規模を大きくしていくチームも多いですよ」
「あ、じゃあそれでお願いします!」
「かしこまりました」
そんなに厳密な話でもなかったらしい。
もうちょっと気軽に書けばよかったかな?
「それでは、こちらでこの条件で掲示板へ書き込みをしておきます。
掲示板のアカウントはお持ちでしょうか?」
「持ってます」
「それでは、こちらの申請用紙に必要事項の記入をお願いします。
記入が終わりましたら、必要なお金と一緒にまたここに持ってきてください」
「わかりました」
申請用紙には、募集内容や条件等があるのはもちろんのこと、依頼主のユーザーナンバーの記入欄もあった。
申請に依頼主のユーザーナンバーをつけることで、募集に興味を持った人が依頼主……つまり、私のことを簡単に知れる訳だ。
…………私のステータスを見て、避けられたりしないといいけど…
「それにしても、募集メンバーの条件かあ」
こちらも何も考えてなかった。
私の能力が残念なので、相手に求める能力とかは特にないのだが、やはり年齢とかは近い方がいいのだろうか。
あと、できれば女の人がいいよね。見知らぬ男の人と二人とかになるのはちょっと……
「きっと私みたいな人もいるはずだよね。お父さんも言ってたし」
思い切って、年齢の近い女の人を指定する。
依頼主リンクから私のユーザーページが見れるので、私も同じくらいの女の子だってことは向こうにもわかるはずだ。
タブフォンはかなり便利なのだが、個人情報がかなりオープンなので大丈夫なのか?という気もする。
まあ、個人情報がオープンな分タブフォン内のコミュニティはクローズだから大丈夫なのかな?
ブログを書けばコミュニティもオープンになるのだが、ブログを書いているのは有名チームのチームタブフォンくらいなので、問題ないのだろう。
「いつか私も有名チームになって、ブログとか書いてみたいなあ」
ブログと言っても、書いてあるのはイベントの開催情報やダンジョンの攻略記事、チームの情報、管理委員会を通さないメンバーの募集くらいのものなのだが、それでもやっぱり憧れるものだ。
ちなみに、イベントとは陣地に関係なく大手チームが開催するもので、ボーダーじゃない人でも、本気のボードファイトをしたい!という要望に答えたものだ。
イベントによっては賞金なんかも出たりする。要はスポーツのアマチュア大会みたいなものだ。
ダンジョンは、《塔》にある陣地獲得不能エリアの中にあるもののことだ。
そこにはゲームのようなダンジョンがあり、敵に遭遇するとボードファイトが始まるのだ。
ダンジョンをクリアすると、報酬が貰えたりするが、失敗するとペナルティがある。
腕に自信がある人は、ダンジョン攻略者として食っている人もいるらしい。
ただ、陣地戦とはまた違う感じでダンジョンはかなり難しいのだとか。
陣地戦は大手チームや企業に所属する必要があるため、普段の自由があまり効かなくなるが、ダンジョン攻略者だと、実力があれば数人のチームでも大丈夫なので、安定を求めるか自由を求めるかで分かれるらしい。
私はやっぱり安定かな。ダンジョン攻略もしてみたいけどね。
でも、そのためにはまずチームを強くして、スポンサーを獲得しなければならない。
道のりは長いなあ…と思いながら、書類とチーム結成に必要なお金を提出して、その日は帰ることにした。
ちなみに、チーム結成にはあまりお金は取られないが、チームが大きくなっていくとたくさんお金を取られるというシステムだった。
明日には、募集が掲示板に載るらしい。
なんだか夢への一歩を進めれたような気がして、ドキドキしていた。
☆☆☆
翌朝、イルファナは起床すると、すぐに掲示板へとアクセスした。
「えっと……メンバー募集版かな?
あれ?ない……こっちの新規チーム情報とか?
うーん……あ、新規チームメンバーの募集ってある!
………!……載ってる」
イルファナのメンバー募集は、新規チーム情報の中にある新規チームメンバーの募集に載っていた。
「よかった…申請があったら、管理委員会から通知が来るんだよね。
1ヶ月は掲載されるって言われたけど、こんな所見る人いるのかな…」
イルファナはメンバー募集に載るのかと思っていたが、そうではない事に不安を抱いた。
だいたいの人は、メンバー募集かチーム募集くらいしか見ないのだ。
ただでさえほとんどのボーダーが企業やスポンサーつきのチームに所属しているので、少しでも大きいチームに入らないと対抗出来ないのに、新規のチームでやろうなんてもの好きはそうそういない。
そもそも掲示板を使うのは、イルファナのようにバランスの悪いステータスやスキルを持っているか、特異すぎて使い道が少ないスキルを持っていて、それでもボーダーになりたい人くらいなのだ。
あとは、チームの移籍を考えている大手チーム所属のメンバーもたまにいるが、それはイルファナには関係ないだろう。
拭いきれない不安を覚えながら、イルファナは朝ごはんを食べることにした。
「おはよー」
「おお、おはようさん」
「イルファナ、掲示板はどうだったの?」
「うん。ちゃんと載ってたよ」
「よかったじゃない!」
「でも、まだ無名だから誰の目も止まらないこともある。
メンバーが集まるまで、一人で活動していくことも大事だぞ」
「うん。わかってるよ」
アルドの言う通りで、新規のチームとは、既にある程度有名なボーダーがするもの。というのが、一般的なのだ。
つまり、新規チームメンバー募集のページを見るのは、そこそこの実力があり、今のチームから抜けようと思っているものくらいだ。
そういう人達は、自分の実力に近いチームを選ぶだろう。
その人達の目に止まるには、唯一のメンバーであるイルファナが注目を集めるしかないのだった。
「でも、変な人に捕まったりしないかしら?」
「それは大丈夫だと思うよ。
同じくらいの女の子って条件にしたから」
「ふむ……まあ反対はしないが、かなりきつい条件だと思うぞ?」
「やっぱりそうかな…?」
「俺がいた頃は、フリーのボーダーってのはだいたいが男だったからな。
ボーダーになろうって女は優秀な奴が多いしな。そういう奴らは、大手チームに引き抜かれていくもんだ」
「そうなんだ…試合だと女の人も多かったから、結構いるのかと思ってたよ」
アルドはあえて言わなかったが、更にイルファナと同じくらいの年齢の女の子となると、ハードルが上がる。
イルファナは、両親の都合で《塔》に住んでいるが、そもそも《塔》に挑戦しに来ること自体が、普通は人生の一大決定なのだ。
それを、イルファナと同じくらいの年齢の女の子となると、かなりの実力があるか、余程無鉄砲な人だろう。
つまるところ、若い女の人で《塔》に挑戦する人はなかなかいないのだ。
「もし1ヶ月来なかったら、条件を変えようかな…」
イルファナは朝ごはんを食べ終わると、不安を更に大きくしながらとある陣地へと向かっていた。
☆☆☆
「うわ、すっごい人の量…」
風林火山という大手チームの陣地の中の一つ、ウルカーナ陣地へと来たイルファナは、人の多さに酔いかけていた。
この風林火山というチームは、《塔》の第3層を広く支配しているチームで、【第3層の番人】なんて呼ばれていた。
そもそも、《塔》には第1層から第12層まであり、それぞれの層で陣地戦のルールが異なる。
この第3層では7-3ルール(7×7マスの、3vs3のこと)の5ゲームセットで、1試合に15名の登録が必要になる。
陣地をたくさん持っていると、同時に陣地戦を仕掛けられたりするのでそれだけ多くのメンバーが必要になり、一戦に必要な人数が多い第3層は、避けられがちなのだ。
そこに目をつけたのが風林火山で、中流のメンバーが多く所属しており、相性のいいメンバー同士で連携を深め、この第3層を広く支配していた。
陣地を支配すると、定期的に陣地ポイントが手に入り、その陣地ポイントを使って陣地をカスタマイズしたり、物資に変えたりすることが出来る。
基本的に、多くのチームはメンバーに給料やボーナスとして陣地ポイントを与え、余った陣地ポイントで陣地をカスタマイズする。
陣地のカスタマイズは色々なことが可能で、住宅や飲食店等を建てるだけではなく、遊園地やデパートのようなものを建てたり、ダンジョンもどきを作ることだって出来る。
イルファナが来た所は、観光目的でカスタマイズされている陣地で、そこではソロで挑戦できるダンジョンもどきがあった。
ダンジョンもどきと言っても、ダンジョンのようにクリア報酬等はなく、逆にペナルティもない。
あくまでお試しプレイのようなもので、それでもここのダンジョンもどきにはかなり多くの難易度が作られており、実力試しをするのに有名な場所だった。
「げ、4時間待ち……」
イルファナは開店直後に来たつもりのだが、既に大量の人が並んでいた。
風林火山のダンジョンもどきと言えばウルカーナ陣地。と言われるほど、有名な場所なのだ。開店前に並んでいた客もかなり多かった。
イルファナは、悩んでいても仕方ないと思い、係の人に声をかけることにした。
「あの…」
「ん?もしかして、お嬢ちゃんもうちへ挑戦しに来たのか?」
「えっと、そうなんですけど…」
「物好きなお嬢ちゃんだな。今からだと最長4時間後だから、その辺を目安にまたこれを持って来てくれ」
そう言われながらイルファナは、係の人から番号が書かれた整理券をもらう。
「わかりました。ありがとうございます!」
イルファナは礼を言うと、ウルカーナには他の観光スポット多くあるので、それを見て回ろうかなと思いその場を後にした。
「今日は二人も女の子が来るとはなあ、いつもは滅多にこないのに」
受付をしていた男は、去っていく女の子を見ながらそう声を漏らすと、受付の仕事に戻った。
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