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襲撃~別れ~

予告しておりましたが、残酷な回となります。

(流血表現等含まれ、様々な意味で残酷な回です)

今回の内容は当初から予定しており、展開等にも関わるため、内容を変更する予定はありません。


以上の点をご理解のうえ、お読みいただけるよう、お願いいたします。

 叫び声が大きくなるとともに、こちらに走ってくる人たちが増えてきた。


「な、なに?」

「なにかあったんだわ!」


 周りに追い立てられるよう、私たちも走り出す。

 途中振り返ると、遠くの家が燃えだした。


「火事⁉」

「火事じゃない! 火を点けられたんだ!」

「あいつらが火を点け、襲ってきたのよ!」

「逃げろ、とにかく逃げろ!」


 周りの人の言葉から、ただの火事でないことが分かる。

 母が私の手を引き、人ごみを駆ける。誰もが背後から迫る恐怖を感じ、逃げている。


 馬が集団で駆けてくる音も、段々と近づいてくる。悲鳴が止むこともない。

 もう一度振り返ると、馬にまたがり、武器を持った集団が向かって来ていた。

 何者か分からない彼らは、次々と火矢を放つ。剣を持つ者は、自分たちの前を走る人の背中を、容赦なく斬りつける。


 これまでアボッカセ周辺に現れた盗賊は、主に食糧を目当てとしており、人を襲い、殺すという話はとんと聞かない。それなのに、この場に現れた彼らは違う。


「……盗賊じゃない?」


 盗賊でないことは、なにも強奪しようとしない姿勢から明らかだ。まるでどこか目的地へ向かって進み、その行く手を塞ぐモノを排除しているような印象を受ける。

 ……いや、そう見せかけて、後でゆっくり強奪を始める? とにかく今は走って逃げるしかなかった。


 隠し持っている短剣に触れ、なにかあれば、これで母を守るしかないと決意する。


 アボッカセの通りは混乱に陥っている。

 皆が逃げ、多くの人が叫び、斬られ、建物は燃やされ……。

 地獄のようだ。


「脇道へ!」


 誰かの叫び声で、多くの人が脇道へ逃れる。なぜか集団は、追ってこないまま、ひたすら大通りを進んでいった。

 やはり奇妙だ。強盗や殺戮が目的ではない? 一体彼らは、なにが目的なの?


「……行ったか?」

「くそっ。あいつら、なんなんだ⁉ 急に現れたと思ったら火矢を放つし……」

「盗賊だろ? ついにアボッカセまで来たんだよ!」

「これからどうする?」

「基地へ行かない? あそこならきっと、ここより安全よ」


 誰かの提案に皆、頷く。

 それから辺りを警戒しながら、脇道に逃げた老若男女、全員で基地を目指す。


 ひょっとしたらセドナーの様子がおかしかったのは、この襲撃を感じ取っていたからかもしれない。


「わあ!」

「きゃあ!」


 角を曲がると、別の集団と出くわした。

 互いに叫び声を上げるが、すぐに敵ではないと分かり、これまた互いに安堵する。


「あ、あんたらも基地へ向かうのかい⁉」

「ええ。そこなら安全だと思って」

「こっちの道はよしな。襲撃者が大勢いる。遠回りだが、別の道を使った方がいい」

「おい! 怪我をしているじゃないか! 誰か手を貸してくれ!」


 まとめる者がおらず、場は一瞬混乱するが、どちらの集団も目的地は同じと分かった。


「とにかく基地へ行くぞ」


 また誰かの声を合図に、人数を増やした私たちは歩く。

 母と寄り添いながら、流れるよう、皆と黙って歩く。

 基地まで、あともう少し……。そこまで来た時、先頭を歩く人が数人、待ちきれないと言わんばかりに走り出した。そこに立ちふさがったのは、馬から降りた襲撃者たちだった。


「お、お前らは……っ」

「ぎゃあ!」


 集団はためらいもなく、基地に向かって走り出した者を斬り伏せる。


「きゃあああああ!」

「逃げろ! 早く! 引き返せ!」

「なにをぐずぐずしている! 逃げるんだ! 殺されるぞ!」


 再び混乱が私たちを襲う。

 右往左往する人たちに押され、母と離れてしまう。その間にも襲撃者は人を斬りながら、どんどん近づいてくる。


「お、お母さ……」

「ジャスティー!」


 二人とも手を伸ばすが、その間に何人もの逃げる人が通り、近づくことができない。一歩、また一歩と、襲撃者は近寄ってくる。


「お母さん! 後ろ!」


 私に気を取られている母の背後に、襲撃者が立つ。

 幸いなことに人の波が途切れ、考えるより早く短剣を取り出し、私は全力で駆ける。

 そして母の背中に向かって振り下ろされた剣を受け止めることなく、素早く襲撃者の懐に入り、腹部に刃を走らせる。


「ぐぅっ……」


 短剣の切れ味は鋭く、簡単に相手の腹部を切ることができた。そこから血を流しながら呻き、襲撃者は手から剣を落とす。


「お母さん! 今のうちに逃げよう!」


 今度こそ離れまいと、手を差し出す。


「あ、ありがとう……」


 私の手を取ろうとした母が目を開くと、私を強く引き寄せる。


「きゃあ!」


 つんのめるよう倒れ、すぐに振り向くと、母が覆いかぶさってきた。


「ジャス……。ぶ、じ……?」

「う、うん」

「そう……」


 優しく嬉しそうに微笑んだ母の体から、ぽたり……。ぽたりと、血が垂れてくる。


「お母さん⁉ 斬られ……⁉」


 次の瞬間、なぜか母の胸部から剣先が飛び出してきた。


「ぅあっ」

「あ、ああ……っ。あああっ、お、おか……。おかっ、さ……っ」


 襲撃者が剣を抜くと、胸から血を流した母が、私の上に崩れ落ちた。

 力を失った母は、なにも言わず……。

 まばたきすら行われない目は、開けられたままで……。

 私はただ、そんな母を見つめるしかなかった。


 それから見上げると、母の血で濡れた剣を高く上げた襲撃者が、今度は私に向かって振り下ろそうとしていると理解した。

 突然のことに、なにを考えればいいのか分からず、どう動くべきかも分からない。ただ訓練による条件反射で、剣を受け止めようと、短剣を構えた。


 だが剣は振り下ろされることなく、襲撃者は呻くと、その場に崩れた。その後ろから現れたのは、見知った兵団員だった。


「ジャスティーじゃないか! 無事か⁉」


 見れば、駆けつけた団員たちが、襲撃者と戦っている。今の戦況は団員が有利のようだが、敵の増援が続々と姿を現している。逆転されるのも、時間の問題だろう。


 助けてくれた団員の手を借り、母の下から出る。その間、やはり母はなにも言わず、少しも動かず……。

 まだ温もりがあるのに……。なぜ……?


「このままだと、直に基地も落とされる。そんな時のため、避難場所があるのは、お前も知っているだろう? お前も俺たちと一緒に来い」

「お、おかっ。お母さん、が……」

「お母さん?」


 動こうとしない私の足元を見て、団員が言葉をつまらせる。


「……そうか、お前の……。……せっかく守ってくれたんだ。ここに留まってお前の身になにかあれば、母親もうかばれない。早く行くぞ」

「うかばれないって……。そんな……っ。そんな言い方……」

「じゃあ、どう言えばいい! 分かっているだろう⁉ 死んだんだ! お前の母親はもう、生きていない!」


 強く私の胸ぐらを掴むと、彼は大声を出した。



 認めたくなかった。



 こんな急に……。永遠に別れるだなんて……。



 団員は舌打ちすると、がくりと膝を崩した私を担ぐ。


「おい、お前らも行くぞ! アコッセ副団長の指示通り、町民を助けながら避難場所へ向かう!」

「そいつ、ジャスティーじゃないか! どうしたんだ⁉」

「今はなにも言ってくれるな! 後で説明してやるから……っ」


 見れば母だけではない。大勢の人が動かなくなり、路地に横たわっている。

 私は担がれたまま、涙を落とした。


 母を……。家族を守れるようにと、強くなりたかった……。それなのに……。

 なんで? なんで母は動かないの? なんで置いて行かないとならないの? なんで? なんで⁉ なんで起きてくれないの⁉


「お、おかっさ……ん。お母さん! お母さん‼ やだあ! 行かないぃ! お母さんが行かないなら、私も残る! 下ろしてぇ!」


 必死に手を伸ばし叫ぶが、母はちっとも答えてくれない。

 分かっている。だけど、認めたくない。その事実に抗うよう、私は叫ぶ。


「お母さん、お母さん‼ 起きてっ、起きてよ! お母さんを残して行けない‼ いやだあ! 嘘だぁ!」

「暴れるな、ジャスティー! おい、誰かこいつを黙らせろ!」


 直後、首に衝撃が走り、私は意識を失った。









第93話「襲撃~別れ~」 終

お読みいただき、ありがとうございました。

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