王都の暗部
修正内容:加筆修正を行いました。セリフ等が追加されましたが、後に繋がる内容を加筆したので、内容に変更はありません。
「……これが王都?」
見えたのは、北側に位置しているとはいえ、日差しもほとんど入らず薄暗い場所だった。思い描いていた輝く世界とは正反対の光景に、言葉を無くす。
灰色っぽい建物が多く、壁に穴が開いていたり、半分崩れたりしている建物が目立つ。そんな建物の足元には、一部だったと思われる欠片が散らばっている。
歩いている人たちは背を丸め、髪もいつから櫛をいれていないのか分からないほど、からまりボサボサ。やせ細り、歩くのも辛そうだ。道端にしゃがみ、こちらを睨むように見上げてくる人もいる。洋服も破れたり、穴が開いていたり、酷い時は布だけをまとっている人がいる。
誰も笑っていない。話し声もほとんど聞こえない。暗い表情ばかり。
これ以上、見たくない! 私は怖くなり、俯き強く目を閉じた。
「舗装も悪いのに、スピードを上げるわね。追いはぎを恐れているのでしょう? 最初から他の門を通れば良かったじゃない」
非難する母に、事も無げにオーベンスさんは答える。
「ご安心下さい。仮に追いはぎに襲われようとも、金目のものを遠くへ投げる。それだけで奴らの注意はそちらに向かいます。その隙に逃げればよいのです」
「そういう問題ではありません!」
心の中で強く母に同意した。
「シューペス公爵家がこの辺りの再開発を受け持っているのですが、どうにも芳しくありません」
「シューペス公爵が? あの方が担当されたのに、まだこの状況だなんて信じられないわ……」
母とオーベンスさんが誰のことを話しているのか、私には分からない。王都では有名な人なのかもしれない。
ガタガタ大きく揺れ、体が跳ねるように動く。きっと御者もなにかが起きる前に危険地帯から抜けたいのだろう。母ではないが、なぜこの道を通っているのか理解できない。恐れているのなら、避けるべきだ。北門を通る利点は、待ち時間がないだけだ。
「王都の……、中心に、近い、ほど……っ。治安も、よく……なる! もう、少し、頑張、るんだ……っ」
そう父が言うものの、こんなに激しく揺れていたら、そのうち車輪が壊れるのではと心配になってきた。
心配は恐怖へ変わり、気を落ちつかせようと父に抱きつきたいのに、大きな揺れがそれを許してくれない。手は空を掴むだけ。
王都は国の中心であり、国で一番栄えている都。だから王都全体が栄えていると思っていたけれど、それは勝手な思いこみであったと知った。
やがて馬車は徐々にスピードを落とし始め、揺れも静まっていく。
カーテンのすき間から見える人は、私と同じような平民の服を着て、背筋も伸び、生き生きと明るい顔が増えてきた。
日差しも広く届き、馬車の走る道路も幅が広くなっている。建物も暗い感じから白や薄茶色の建物が増え、崩れていない。全体的に明るい感じになってきた。
建物の数や人が多く、ようやく村より都会だと感じられる。
馬車はそのまま走り続け、気がつけば太陽は西にかなり傾いている。王都は地図で見るより、ずっと広い。
「今から橋を渡るんだ。王城の東側に川があっただろう? その川から何本もの水路が都に張り巡らされているんだ。これから通る橋がかけられている水路は、王都を二分している役割がある。橋の向こうは、貴族を中心とした偉い人たちが暮らすエリアで、お祖父さんもそこで暮らしている」
「お祖父ちゃんも偉い人なの?」
「言っていなかったわね。そうよ、貴族なの」
ここで私は初めて母が元貴族だと知った。
この馬車に乗った時、母が別人に見えたことに合点が行く。こんな馬車に乗り慣れているから、馴染んで見えたのだろう。
貴族と平民の間には、目に見えない絶対の壁がある。それを乗り越え恋愛結婚をすることは、とても珍しい。それを両親はやってのけた。いつか二人の馴初めを教えてもらいたい。ナンバー同士でない者たちの身分違いの恋は、いつの世も女性たちの憧れ。きっと素敵な話を聞かせてくれるはず。
それにしても、王都では水路という、形で目に見える形で身分差の壁を作っているなんて……。こんなにも明確に住み分けまでされているとは……。門の先での光景といい、王都はおとぎ話のような夢の国ではなかったのだと、残念に思う。
国の重要人物が多く住むエリアに入るからと、橋を渡る前にも警備兵に許可証を見せる。
確認が終わると、馬車は橋を渡りだす。
王都の中心辺りまで移動するのに、何時間かかったのやら。王都に入っても、祖父の家はなんと遠いことか。
夕闇が辺りを包みだす。家々に明かりが一つ、また一つと灯る。歩いている人の姿も一気に減る。もうすぐ夜だ。
お読み下さりありがとうございます。
次話で、祖父と初対面となります。