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ホーベル王国、女王誕生

 ホーベル国王、逮捕の報せは、瞬く間に世界中に知れ渡った。

 リファレントが放った密偵から、逐一報告を受けていたので、フレイブ王国はもちろん、同様の多くの国が、この未来を予測していた。彼らは逮捕の報せを受けても慌てず、自国の民をホーベル王国から退去させたり、国境沿いの警備を強化したり、すぐさま対応した。

 後にある国王が発した言葉が、世界に浸透する。


「血の繋がりでは、帝国から自国は守れない。有効も結べない」


 たとえ帝国の人間と結婚し、その間に子を生しても、彼ら帝国は、侵略の企みを放棄しない。婚姻で友好関係を築くなど考えるな。友好という言葉は、帝国にはない。

 まことしやかに伝わったためため、帝国から民を悟られないよう、退去させる国が増えた。

 さらにホーベル王国の二の舞はごめんだと、ナンバー同士の結婚に関する、法律の改正に着手する国まで登場した。

 それだけ帝国に多くの国が怯えた。


 多くの国が、ホーベル国王の無実を知っている。彼は謀られ、冤罪の被害者になったのだと。

 だがそれを言えば、帝国に付けこむ隙を与えてしまうりだから誰もが、口を閉ざした。


「見て見ぬふりが一番だ。お前たちも帝国には気をつけろ」


 ある国王は、子どもにそう諭した。


◇◇◇◇◇


 ホーベル王国の外では、様々な情報が飛び交っているりだが国内は情報統制が行われ、国民にはほとんどの情報が届いていない状態だった。

 そのことに国民は、気がついていない。

 以前は統制など行われていなかったからだ。

 ゆっくり、ゆっくりと。国民に気づかれない程度に統制を始め、やがて誰もが統制されていると、疑いを抱かなくなるころには、情報統制が当たり前となっていた。もちろんこれらは、王妃の企みであり、宰相の働きの結果に他ならない。


「国王様が逮捕だって⁉」


 そんな統制された中でも、国王逮捕の一報に、国民は驚いた。

 最近ではすっかり影が薄かったが、愚王というわけではない。ただ宰相が表に立つことが多くなり、その陰に隠れ、見えなくなっていた。

 長年ホーベル王国を守ってくれている、一族の長。敬う気持ちは、国民の多くに共通していた。それなのに、そんな自分たちに死招き草を投与していたとは、なんという裏切りだろうか。国民には、大きな衝撃だった。

 これまで長く死招き草の調査が進展しなかったのは、王の指示だったという。宰相の陰に隠れ、なんて恐ろしいことを……。無害に見え、とんでもない男だと国民は怒った。

 その怒りは王族全体に向けられた。


「他にも多くの王族が関与しているのではないか⁉」

「宰相も調べろ! あいつも王家の血が流れている! 長年も気がつかないのは、おかしな話だ!」


 王が捕らえられ数か月後、王妃が演説を行うと聞き、大勢の国民が城へ向かった。

 今回の件は、軍の関係者から報告を受けた王妃が、王を捕えたと聞くが……。王妃は他国から嫁いできた女。しかも悪名高い帝国の出身者。

 王妃は無関係だったのか。それても、彼女が王をたぶらかしたのではないか。

 その答えを得ようと、国民は厳しい目を向け、王妃の登場を待った。

 やがて姿を現した王妃は、いつも美しい顔がやせ細り、漂う色気もなく、影を背負った別人だった。


◇◇◇◇◇


「ホーベル王国、国民の皆様。こたびは、大変申し訳ございません……。王の愚行に何年も気づかず、一体何人の国民が、死招き草で命を落とされたことか……。亡くなった方を思うと、胸が痛みます。長年に渡り被害を拡大させ、本当に申し訳ございません」


 城に集まった国民を前に、王妃は頭を下げた。

 身分の高い者が、躊躇いなく自分たちに頭を下げるとは……。誰もが驚く光景だった。


 王妃はいつも唇に赤い紅を差しているが、今日はなにも差していない。いや、化粧すらほとんど施していない。だから余計に顔色が悪く、悲愴が漂って見えた。

 実際はここ数日、わざと食事の量を減らし、睡眠時間も減らしていたからで、悲愴感など王妃は持ち合わせていない。

 だが今の王妃は誰が見ても悲愴漂い、憔悴した雰囲気をまとっており、夫である国王の愚行に嘆いているとアピールできている。


 その事実を知るメッチェルは、群衆に紛れ王妃を見上げ、よくやるものだと感心する。

 王妃の術中は外れておらず、彼女が姿を現した時点で怒りを潜め、心配そうな顔を作った者がいた。あれを見てメッチェルは、王妃に、さすがだと舌を巻いた。


「私は夫を……。この手で、王に断罪を下そうと思います。彼はホーベル王国の名を、地に落としました。いえ、守るべき国民の命を奪った罪人!」


 そうだ! 王を断罪しろ! という声がいくつも上がる。


 この内の何人が、こちらの用意した人員ではなく、なにも知らない国民なのだろう。全員、用意した人員の声だったかもしれない。そう考えると、どこか白けた気持ちになる。それを隠しつつ、周りに合わせてメッチェルは、断罪を求めるように頷いた。


「私はインバーション帝国に生まれ、この国に嫁いできました。生粋のホーベル国民ではありません」


 ここでも合いの手が入るが、それは王妃にとってマイナスの言葉。だがこれもまた、用意した人員の、与えられた発言の一つ。目的があり、台本も用意されている。

 その目的とは、周りの国民に、王妃に反発を示した者が改心し、王妃擁護に鞍替えする姿を見せ、揺さぶるため。


「しかし、運命のナンバーが現れたその時から、私はホーベル国民として生まれ変わったのです! きっと神は、彼が恐ろしい過ちを犯すことを見通され、私をこの地へ送られたに違いありません! きっと神は望んでおられる! 私に王の過ちを告発し、正しく国を導く姿を!」

「そうだ! 王妃様が王の愚行を改めた!」

「王妃様は帝国に帰らず、嫁いだホーベル王国に骨を埋めるお覚悟ですって」


 ざわつく場を静めようと、王妃が宣誓するよう片手を上げただけで、静けさは取り戻される。

 作戦が成功した瞬間だった。

 メッチェルの体が、喜びで震えた。


「皆さん! ホーベル王国は、かつてない困難の嵐に襲われています! ですが神の言葉を曲げ、この国を捨てるなど、私にはできない! なぜなら私は、この国を愛しているから! 皆様もどうか、私を見捨てないで下さい! ともに困難に立ち向かい、愛するホーベル王国を立ち直らせ、より素晴らしい未来を、皆で歩もうではありませんか!」


 わあっ、と歓声が起きる。



『ここまで順調にことが運ぶというのも、恐ろしいものだわ』



 全くその通りだと、メッチェルは歓声に紛れ笑う。

 多くの国民の指示を得たことにより、一層王妃が女王に即位する可能性が高まった。

 少し考えれば分かるだろうに。王妃が女王に即位すれば、その実家。インバーション帝国、帝王一族がここぞとばかりに動き出し、やがてホーベル王国は帝国の従属国になることが。

 いくら情報統制が行われているとはいえ、なんと愚かな国民の多いことか。メッチェルは呆れながらも、その無知な様子が、どこか可愛く思えた。


「王妃様、万歳!」

「女王、万歳!」


 気の早い誰かの声も上がる。もうこうなれば、王妃反発派の声など、民衆が反発するのは必至。

 そして国民の歓声に、薄っすら涙を浮かべ、嬉しそうに手を振って応える王妃は今ごろ、フレイブ王国への攻撃について考えているに違いないと、メッチェルには分かっていた。


◇◇◇◇◇


「なぜですか? 国民の多くが、王妃を女王に希望しているではありませんか。そんな国民の思いを、貴方は無下にすると?」

「彼女はインバーション帝国から嫁いできたではないか! かの国を考えれば、彼女が女王になった時、ホーベル王国など、すぐかの国の従属国になるだろう。そんな単純なことが、なぜ分からない! 従属国になれば、どうなる⁉ あらゆる物は搾取され、国民は奴隷となるだろう!」

「これはまた……。議会の場で、戯言とは」


 宰相をはじめ、一部貴族から笑いが起きる。

 インバーション帝国からの影響を考え、何家かの有力貴族は思った通り、王妃が女王になることを拒んだ。

 彼らは、よく分かっている。

 議会をこっそり観察しているメッチェルは、どの家が女王反対派かを確認する。

 頭がいいからこそ、こちらが手を下す前に、一族郎党、ホーベル王国を脱出するだろう。だが逃げつつ、領の独立を宣言する者も出てくるだろう。幾つかは見逃しても構わないが、幾つかは、見逃すわけにはならない。


 結局、見識ある者の女王即位反対は、少数意見であっさり却下され、また、国民からの女王即位への熱い要望も後押しされ、王妃は女王として即位することが決まった。


「新女王陛下、万歳!」


 由緒あるホーベル王国の王冠をかぶり、国民の前に立ち、笑顔で手を振れば、新女王へ向け、国民が万歳を上げる。


 祭典を終え、部屋でメッチェルと二人になると女王は言う。


「さあ次は、フレイブ王国。獲りにいくわよ」

お読みいただき、ありがとうございます。


マシェットとやり取りしていたのは、ホーベル王国の王妃でした。

つまり、『あの御方』は王妃。ということです。

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