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レームの正体

修正内容:誤「ウラル」→正「ラウル」

「じゃあ、行ってきます」

「アローン様、ジャスティーをよろしくお願いします」


 両親に見送られ、転送部屋へ入る。

 朝を迎え、母は随分と落ちついた。まだ少し憔悴しているような気がするけれど、父に任せることにした。父と一緒なら、きっと大丈夫だろう。


 転送部屋のカーテンの向こうに足を踏み入れるのは、これが初めて。

 そこは絨毯が敷かれず、石造りの床がむき出しの状態。そんな床に、王城の秘密通路の出入り口を開ける時に見た、不思議な円に囲まれた文字が大きく書かれている。こちらの方がより複雑で、文字もかなり多い。

 部屋の上空には、白く光る小さな球が、ふわふわと何十個も浮かんでいる。漂っては音もなくお互いぶつかり、その反動で別の方向へ飛んで行く。ただそれを繰り返している。

 部屋の中には、ここで働いている老人が二人、私たちを待っていた。


「ジャスティー、陣の中へ」


 『陣』というのが、きっと円に囲まれた文字たちに違いない。

 私も陣の中へ、恐る恐る二人に倣い入る。


「よろしく頼む」

「はい。王城、聞こえるか? これより三名を、そちらへ送る」


 老人が、手に持っている水晶玉に語りかける。あれは一体?


「魔力を持っている者同士だと、あの水晶玉を通して、連絡を取り合えるんだ」


 フェーデが教えてくれる。そんな便利な道具があるとは知らなかった。魔法は強大で怖い力だけど、やはり便利な力でもある。


 やがて老人二人がなにかを唱え出すと、陣が黄色く光り始める。

 浮いていた球が規則的に動き出し、その光の色を赤へと変える。赤くなった球たちが、頭上で形作るように移動し、強烈な光を放ちだす。床からの光も増していく。眩しくて堪らず、目を閉じる。

 途端に、ふわりと、まるで浮かぶような感覚に襲われる。なに? なんなの⁉

 目を開けようとするが、少し開けただけで強烈な光が目に入る。とても無理だと、すぐに目を閉じる。


「フェー、デ……」


 怖くなり、隣に立っているはずの彼の名を呼ぶと、『すぐ終わるよ』と、返事があった。そして私を落ちつかせようとしてくれたのか、手を握られる。その効果は抜群で、私は徐々に落ち着きを取り戻した。

 やがて、ずん! と何かに押しつぶされるような感覚がすると、まぶたの向こうの光が消えた。

 そろりと両目を開け、辺りを見回すと、見慣れた転送部屋の人たちではなく、知らない人たちが立っていた。人数も増えており、五人になっている。


「転送は終わったよ」

「もう⁉」


 部屋の造りは基地の転送部屋と変わらない。確かに人が変わっているけれど、それだけなので、転送された実感はない。


「行くぞ」


 皆が頭を下げる中、平気そうにフェーデとアローンさんは歩き出す。フェーデの手が離れ、心細くなる。身を縮こまらせながら、私は二人の後ろを歩く。

 カーテンを出ると、そこは確かに基地と違っていた。基地は書斎のような部屋なのに、ここは殺風景な、安い待合室のよう。テーブルと椅子はあるけれど、お世辞にも高価とは呼べない代物だ。普段から人が利用している雰囲気ではない。


 その部屋を抜けると、途端に豪華な広い廊下に出た。

 祖父の家よりも横幅があり、高さもある。敷かれた絨毯の柔らかさも違う。まさに別世界。

 廊下に居る人たちはフェーデに気がつくと、すぐに頭を下げ、礼を行う。

 その光景に慣れていない私は戸惑い、おろおろと二人の後を追う。フェーデは堂々と前を向いて歩き、これが彼の日常なのだと分かる。

 やはり私なんかとは、住む世界が違うのだと、その事実に打ちのめされる。


 先の曲がり角から一人の女の子が、従者を連れ現れた。

 黒い髪は、艶やかに長く、大きな赤いリボンを使い、ハーフアップにまとめている。黄色いフリルたっぷりのドレスを着て、堂々と廊下の真ん中を歩いている。その赤い瞳を私たちに向け……。


「お帰りなさいませ、お兄様」


 少女はフェーデに向け、一礼する。

 フェーデを兄と呼ぶということは、彼女は第二王女に違いない。フェーデと同じ髪の色。それに、瞳も同じ赤。その眠たそうな、どこか気怠そうな瞳には、見覚えがある気がするが……。

 私が会ったことがあるのは、第一王女。彼女とは、会ったことはないはず。


「ファロン……。いえ、ジャスティーも無事でなによりでした」


 なぜファロンの名を王女が知っているのか戸惑っていると、アローンさんが、呆れたように言ってきた。


「なんだ、ジャスティー。本当に気がついていなかったのか。何度もお会いしているだろう。レームと名乗っていたが、彼女だよ。レームは偽名。大方、王族を示す『レイム』という名の発音を変えただけだがな」


 少女はわざと視線をそらす。アローンさんの言葉が図星だったのかもしれない。

 レーム。もちろん覚えている。初めて会ったのは、エルフィールの種飛ばしの時。それ以来も、何度か会ったことがある。彼女がアボッカセに来るのはいつも寒い日で、ある日は、デューネとラウルと一緒に雪合戦もした。

 彼女はいつも顔を隠すように、マフラーや帽子でがっちりと防寒していた。おかげで顔をちゃんと見たことがないが、ああ、そうだ。彼女も目が赤く、目の前の彼女のように、眠たそうな、気怠そうな目をしていた。


「彼女の本名は、エニュス・レイム・フレイブ。フレイブ王国、第二王女殿下だ」

「今まで隠してごめんなさい。知られれば、デューネに迷惑がかかると思って」

「じゃあ、デューネは……」

「王女殿下の運命の相手だ。アボッカセの領主の家に引き取られ、武術を鍛えるため、私のもとへ来た」


 新聞を読んだ祖父が、血筋の分からない奴と言っていたのが、まさかデューネだったとは。今まで考えもしなかったので、私は驚いた。


「じゃあ、デューネが町長の家で暮らしていたのは……」

「ああ。町長は領主の親戚筋だからな、預かってもらっている。ジャスティー、帰ったらデューネに礼を言うと良い。あの時、彼に会っただろう? お前の様子がおかしいとアコッセに伝えに来てくれ、お前がどちらの方角へ向かったのかも教えてくれたのだから」

「デューネが……」

「デューネにお願いしていた。貴女になにかあれば、すぐにアローン様やアコッセ様に報告するようにと」


 王女殿下が……。

 知らなかった。私は、どれだけの人に見守られていたのだろう。彼女にも感謝を抱く。


「……ありがとう、ございます」


 泣かないようにするので精一杯だった。


「傷、早く治るといいね」


 ふっと笑うエニュス様の顔は、とても優しく美しかった。

お読みいただき、ありがとうございます。


デューネとレームこと、エニュスの関係は早い段階で決めていました。

エルフィールの種飛ばしの時、団員がアローンを探してやって来たのは、突然エニュスが転送で来たからです。

いきなり王女がアボッカセに来た!来るなんて話、聞いてないぞ?団長に知らせるんだ!と、当時基地内は大慌てとなりました。

本編で書くこともないので、後書きに記させていただきました。

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