貴方は大切な人
馬車の中には私とフェーデ、アローンさんと、マシェットの四人がいるが、その半分が意識を失っているからか、馬車の中は静かだ。
途中マシェットが一度、目を覚ました。縛られたまま叫び出したので、彼の隣に座っていたアローンさんが一言、『黙っていろ』と言いながら肘鉄を食らわせ、また気絶させた。
気絶してくれて、ホッとする。いくら縛られているとはいえ、自分の命を狙った男だ。目覚めている状態で、ともに移動するのは勘弁してほしい。
フェーデの顔色は良くなってきているが、意識を戻さないまま基地につく。
入口前で待っていた父が駆け寄ってくる。私は馬車の中から飛び出すと、父に抱きついた。
「お父さん!」
「良かった、ジャスティー。知らせを受けた時は本当、もう駄目かと……。と、どうしたんだ。全身傷だらけじゃないか」
「うん、逃げている時にちょっと……。でも大丈夫。見た目ほど、ひどくないよ」
「なにを言っているんだ。さあ、消毒をしよう」
父におんぶされ、医務室へ向かう。
途中、すれ違う団員たちに『戻ってきてくれて、良かった』と声をかけられる。たくさんの人に心配をかけてしまったようだ。
「ねえ、お父さん。お母さんは?」
「お前が姿を消したことを知って、ひどく取り乱してね……。落ちつかせるため薬を飲ませ、今は眠っているよ」
「そう、なんだ……」
ぎゅっと父の肩を持つ手を握る。
早く母にも会いたい。笑顔で名前を呼んで、抱きしめてほしい。
医務室に運ばれると、アローンさんに抱えられたフェーデも連れて来られ、ベッドに寝かされる。
「殿下は魔力切れだ。貧血のようなもので、魔力がある程度回復すれば目も覚まされる。殿下の回復力は早いから、すぐにでも目覚めるだろう」
「……いつも殿下には、助けてもらってばかりだな」
父が殿下の脈を計りながら呟くように言う。
「……殿下がいる間は、問題が起きる可能性は低いと考えていた。結果的にお嬢さんを助けることはできたが、怪我を負わせ傷つけた。我々の失態だ。本当に、申し訳ない」
アローンさんが父に頭を下げる。
「頭を上げて下さい。私たちは貴方たちに、もう何年も守り続けてもらっています。感謝しかありません。妻も同じ気持ちだと思います」
それでもアローンさんは、なかなか顔を上げない。
「お気持ちは分かりました。今は娘の手当を行いたいので、すみませんが、部屋を出てくれますか? 娘は女の子なので。人前で肌をさらすのは……」
ようやく顔を上げたアローンさんが医務室を後にした。
手当を行うのは本当だけど、半分、アローンさんに顔を上げてもらいたくて言ったことだと分かった。
手当を終えた頃、レイネスさんがやって来た。ぎゅっと強く抱きしめてくれ、嬉しかった。
◇◇◇◇◇
「う……ん……」
小さな声とともに、フェーデが目を覚ます。
「フェーデ!」
「……ジャスティー?」
何度も瞬きを繰り返し、掠れた声で名前を呼ばれる。
「殿下、ご気分は? アローン様からは、魔力切れだと言われていますが」
父もすぐに寄ってくると、容体を尋ねる。レイネスさんは医務室を出て行った。きっとアローンさんに知らせに行くのだろう。
「……ああ、魔力を多く使ったから……。大事ない。心配をかけた。あれからどうなって……。ここは……?」
途中で気を失ったから、知りたいことがたくさんあるだろう。なにから話せば……。とりあえず、簡単に説明することに決める。
「あの後すぐ、アローンさんが駆けつけてくれて、マシェットを捕まえたの。ここは基地の医務室だよ」
「そうか……。マシェットを捕えられたか……」
ゆっくり起き上がるフェーデは、まだ顔色が悪い。魔力切れは貧血のようなものと聞いているけれど、本当に大丈夫だろうか。手助けしようと、そっと背中に背を添える。
「お水を持ってまいりましょう」
父がコップを取りに向かう。
「悪かった……。守れなくて……」
「え?」
彼は無言で私の体を指してきた。
マシェットの風魔法により、私は体の至る所を切られ、包帯を巻かれたりガーゼを当てられたりしている。きっとこの怪我のことを言っているのだろう。
「これくらい大したことないよ。それに、フェーデは助けてくれたよ。あの時私、本当、魔法に対応できないから、駄目だと思った。間に合ったんだよ。来てくれて本当にありがとう」
「でも結局、僕は倒れて……。あの時、君が立ちふさがった姿を僕は……」
ぎゅっと、フェーデは布団を握る。
……そうか。あの時、まだ意識が……。私はフェーデの手の上に、自分の手を重ねる。
「ううん。やっぱりフェーデは私を助けてくれた。祖父からも、マシェットからも。いつだってフェーデは、私を助けてくれる。大切な人だよ……」
「ジャスティー……」
しばらく私たちは見つめ合うが、大きな音をたて医務室に入ってきたのはアローンさんだった。その後ろにいるのはレイネスさん。やはり呼びに行ってくれていたのだ。
アローンさんは見たことがないほど目を吊り上げ、怒っていた。顔だけじゃなく、全身も怒りに包まれている。とても声をかけられる雰囲気ではない。彼は真っ直ぐフェーデに向かうと、無言で彼の頬を殴った。
「なにをお考えのつもりですか! ご自分が、どれだけ愚かな行為をしたと思われる! 制止を振り切り一人で向かうなど、愚の骨頂! 感情に流され行動することが、どれだけ危険なのか! お分かりか⁉ 今までなにを習ってきたのです!」
「アローンさん! フェーデは私を助けるために……」
「お前は黙っていろ!」
アローンさんがこんな風に私に声を荒げるのは、これが初めてだ。私は衝撃や恐れから、体を震わす。
「ジャスティー、アローンは間違ったことを言っていない。すまないが、二人にしてくれ」
頬が赤く染まりだしたフェーデに言われ、仕方なく私も父も、部屋にいた誰もが医務室を出て行く。
廊下に出ても、アローンさんの怒声がドアの向こうから聞こえる。まるで自分も怒られているような気分になる。仕置きで立たされているように廊下にいる私は、泣きそうだった。
「……フェーデは、悪くないのに……」
「父さんも殿下には感謝している。殿下が動いていなかったら……。だけど、アローン様の気持ちも分かるんだ。それに、誰かが殿下に注意をしなくてはならない。王族といえど、叱る時は叱らないとね。そうでなければ、殿下は同じ過ちを繰り返す。苦言を呈するのも、臣下の務めだから」
「だけど……」
姿を現したアコッセさんも廊下に響く声を聞き、大きく息を吐く。
「マシェットを王城で陛下たちに渡したと報告したかったが、当分無理だな」




