マシェット襲撃~3~
この回には、残酷な描写があります。
ご了承のうえ、お読み下さい。
基地から遠くない路地裏前には、すでに人だかりができていた。
そのほとんどが野次馬で、なにが起きたのか知らない者ばかり。ただ多くの者が不安そうな顔つきで、そこに居た。
人の間を抜け、三人の被害者を目にし、アコッセは歯を食いしばる。
被害者の一人である少年は、銀髪。まだ幼さが残っている顔は、涙と血で濡れている。開かれたままの瞳は、死んでもなお助けを求めているかのよう。目を逸らしたくなるほど哀れに思え、見る者の心を抉る亡骸となった少年が誰なのか、アコッセには分かった。
「……この少年は、シューペス公爵の甥だ」
「少年を、ご存知で?」
「ああ、少し前に社交界で話題になった人物だ。公爵の弟の子だが、庶子でな。ずっと母親と二人で暮らしていたが、その母親が亡くなり、一旦は孤児院に入った。それからしばらしくて、実父である公爵の弟が引き取った少年だ」
「ははあ、醜聞の中心人物でしたか。しかし、そんな少年が、なぜアボッカセで……」
「分からない。それも調べなくてはならないだろう。だが、まず彼らを殺害した不審者を見ている者はいないか、聞き込みを行え」
指示を出すと数人の部下を連れ、どうか全員、無事でいてくれと願いながら、アローン宅へ向かう。
「まあ、アコッセ様。それに、皆まで。一体どうしたの? 先ほどから外が騒がしくて、気になっているのよ。なにかあったの?」
レイネスの態度に、なにも変わりはない。そのことに安心するが、それでも不安は消えない。
「レイネス様、モディーン様とジャスティーは?」
「モディーンなら、台所でお菓子を作っているわ。ジャスティーは馬の世話を……。玄関を出てすぐ、護衛の団員が寄ってきたと、モディーンが話して……」
全員からの雰囲気や表情から、なにかが起きたと察したレイネスの顔が固まる。そのなにかとは、ジャスティーたちに関連しているとも、すぐに理解したようだ。
アコッセはなか言う代わりに、小さく頷く。これ以上の説明は、今は不要と判断し、すぐ馬小屋へ向かう。万が一を考え、連れて来た部下の半数はその場に残す。レイネスも同時に動き出し、モディーンの元へ走るように向かう。
アコッセの想像通り、馬小屋にジャスティーの姿はなかった。生命の心配をしていた団員一名も、死体となりら小屋の中に転がっていた。セドナーの姿もないことに気がつく。ジャスティーが母親に黙って一人、セドナーで出かけたとは思えない。まさかという予想が生まれる。
馬小屋も封鎖するよう指示を出し、小屋を出るアコッセ。そこにモディーンがレイネスに支えられ、護衛の者と家から出て来た。彼女の顔は血色を失い、今にも倒れそうだった。
「あ、アコッセ様……。わ、私の……。私の娘……。ジャスティーは……」
「行方不明です」
途端に力を無くしたモディーンが膝をつく。
「モディーン‼」
「この近くで殺人が起き、被害者はモディーン様とジャスティーの護衛していた者たちでした。それともう一人、マシェットの従弟も殺害されました。おそらく犯人はマシェットでしょう。ジャスティーはセドナーと一緒に、彼に連れ去られたと考えられます」
「あ、あの子も……。娘も、殺され……⁉ い、いやあぁぁぁぁぁぁ!」
モディーンは頭を抱え、悲痛な叫び声を上げる。顔色も無くし、震えも止まらない彼女の体をレイネスは抱きしめる。それでもモディーンは取り乱し続ける。
「あああああ‼ 嘘よ! 嘘よぉ‼ あの子が……! そんな‼」
「落ちついて下さい。これから全力で捜査に当たります。レイネス様、モディーン様と基地へ向かって下さい。家より、そちらの方が安全です。それにファイオス殿もおられる。今のモディーン様には、彼が必要でしょう」
「心得ました。モディーン、立って。ファイオスさんの所へ行きましょう」
現場にいたラウルの父たちに、二人を基地まで安全に連れて行き、ファイオスに状況を説明するよう命じる。
無理やり立たされ歩き出したモディーンのため、人々は無言で道を開ける。悲運だと、多くの者から同情や憐れみの視線を向けられる中、モディーンは叫ぶことを止め、泣くことを忘れ、レイネスに支えられ、ただ歩く。
そんな小さく丸まったモディーンの後ろ姿を見ると、アコッセは叫びたくなった。
なんという失態! マシェットは今ごろ、ほくそ笑んでいるに違いない! くそ! くそ! くそ‼ ぎゅっと拳を握りしめる。
フェーデの滞在中、マシェットが動く可能性は低いだろうと、甘く考えていた。王都からの応援部隊も到着し、人手が増えたと、気も緩んでいたのも確かだ。
壁に拳を打ちつけ、考える。マシェットはどのようにしてアボッカセに来たのだろう。各地の通信部屋には伝達がなされ、彼が利用する際は、王城やアボッカセに連絡が入るようになった。いくら魔法で姿を消して利用したとしても、魔法陣が光るので、すぐに周りに知られてしまう。そんな報告は届いていないし、王都でマシェットを見張っているはずの公爵からも、なんの連絡もない。
まさか公爵や家族まで手にかけたのか……?
従弟を殺したのだ。他の者も手にかけていても、不思議ではない。一体何人、被害者がいるのだろう。アコッセは体を震わす。
「アコッセ様! アコッセ様!」
「こら、デューネ! 今、副団長は取り込み中なんだ。後にしないか」
「大切なことなんです! ファロンのことで!」
野次馬を押しのけ現れたデューネの口から出た『ファロン』という名。アコッセはすぐにデューネを呼び寄せ、話を聞く。
「ファロンがどうした」
「さっき偶然会ったんですけど、どうにも様子がおかしかったのが気になって……。頼まれていたんです。ファロンになにか異変があれば、アローン様やアコッセ様に伝えるようにって」
「どこだ⁉ どこでファロンを見た! 一人だったか⁉」
「セドナーに乗っていましたが、一人でした。南の方に向かって行き……」
南! その方角は、光明かと思われた。
なにしろ今日、朝からアローンたちが向かった視察先が、まさに南方面なのだから。連絡を取れば、町からは自分たち。南からはアローンたちで行方を追える。アコッセは水晶玉を取り出した。
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