マシェット襲撃~1~
この回には人が亡くなったり、流血シーンが含まれますので、ご了承下さい。
誤字脱字の修正を行いました。
フェーデとアローンさんは、今日も朝早くから視察に向かい、訓練は休み。
久しぶりに朝からセドナーたちの世話ができると、私は馬小屋へ向かおうとする。
「ジャスティー、あまり外に出ない方が……」
心配そうな顔をした母に止められるが、私は明るく答える。
「大丈夫だよ。だって……」
「おはよう、ファロン」
玄関を開けると、まるで偶然散歩してい風を装った、普段着の団員が一人、すぐに近づいてきた。
「ね?」
なにかあれば、こうやって誰かが飛んで来てくれるし。それに馬小屋ら家の隣に立っている。すぐそこなのに、母も心配しすぎだ。
「……分かったわ。あまり長居をしないようにね」
「分かったよ。馬小屋に行くだけだし、心配しないで」
渋々と承諾してくれた母に手を振り、外へ出る。
「朝から馬の世話か? 真面目だな」
「体を動かしていた方が、気が紛れるし」
「まあ、そりゃそうだ」
苦笑いを浮かべ、同意される。こうやって誰かに守られている安心感から、私はすっかり油断し、危機感が薄れていた。
「馬の世話、頑張れよ」
中まで見送ってくれた彼はそう言うと、馬小屋を後にする。これから場所を変え、そのまま私を見守り続けてくれるのだろう。
小屋の奥にある道具を取ろうと、彼に背を向けた時だった。
「がぁっ」
奇妙な声が聞こえてきたので、振り返る。
馬小屋を出ようとした団員が、ふらつく足取りで数歩後退し、そのまま崩れるように倒れた。そして、馬小屋の戸がゆっくりと閉まりだした。
ぎいぃぃぃぃ……っ。
木製の戸の軋む音が小さくなり消える頃、戸は完全に閉まった。
ずる……っ。ずるり……っ。
倒れた団員の上半身が宙に浮かび、引きずられるよう、移動を始める。移動した跡は、まるで描いているように、赤い線が生まれている。
赤い線の原料は、団員の体から流れていた。
どすっ。
物陰で団員の頭が落ち、動きが止まる。
……なに? なにが起きているの?
団員が無事か確かめようと、恐る恐る近づく。
その時突然、人の手が私の口を塞いできた。それは大きく、大人の男性だと分かったが、驚くべきことに、その手が見えない! 混乱し唸る私の喉元に、尖ったなにかが当たる。そのなにかとは、まるで剣先のようで……。
「いい朝だな、ゼバルの孫娘」
その声が聞こえた直後、それまで誰もいなかった場所に、人の姿が現れる。
「私を知っているだろう?」
私の正面に立ち、喉元に剣先を突き付けているのは、マシェットだった。
「こんな所では落ちついて話もできまい。私と乗馬を楽しもうではないか。それとも私の申し出を断り、そこの男のように、母親を殺してもらいたいか?」
この男、笑顔でなんてことを……! 信じられないと思いながらも、母を殺されるのは嫌だと訴えるため、首を横に振る。
「ではアローンたちが異変に気がつく前に、早速出かけよう。余計なことを考えるな。今しがた見ただろう? 私は姿を消す魔法を得意としていてね。お前が助けを求めたところで姿を消せるのだから、母親を殺すことなど、私には造作ない」
彼の言う通りだ。姿を消せば、どんなに周りに護衛がいようとも、簡単に母に近づくことができる。そう、団員を手にかけ、私に近づいたように……。
なんて恐ろしい力。魔法は便利なだけではなく、使い方を誤れば、人々に恐怖を与えるのだと、この時知った。
「手を離すぞ? いいな、乗馬の準備をするんだ。叫んだりするなよ?」
母を殺されたくない私は口から手が離されると、黙ってセドナーの用意を始める。
「なかなかいい馬だな」
セドナーを見るマシェットの目には、狂気が宿っているように見える。逆らえば母だけでなく、きっと私も危ないだろう。
私の後ろ側でセドナーにまたがると、マシェットは短剣を私の背中に当て、呪文を唱える。
「消えろ」
途端にマシェットの姿が消えた。でも背中に当てられた短剣の感触も、変わらず感じる。マシェットの少し荒い息づかいも聞こえる。姿は見えずとも、マシェットは確かに私の後ろにいる。
「行け」
マシェットが耳元で指示を出す。
私と母を守っているのは、馬小屋に残された団員だけではない。家の中にも一人、待機している。きっと他にもいるはずだ。
だから誰かが、異変にすぐに気がつくはず。今は大人しくマシェットに従うしかないが、きっと助けはくる……。そう信じ、私はセドナーを走らせた。
◇◇◇◇◇
「おはよう、ファウル」
マシェットに言われるままセドナーを走らせていると、途中、デューネに会った。
「おはよう、デューネ」
仕方なしにセドナーを止めると、マシェットに囁かれる。
「私のことを言うなよ?」
「朝からセドナーと散歩?」
「うん。ちょっと気分転換にね」
「そうなんだ。あれ? ファウル、顔色が悪いようだよ。大丈夫?」
「う、うん。ちょっとフェーデと喧嘩して。じゃあ僕、行くから! またね、デューネ」
慌てて会話を切り上げ、セドナーを走らせる。
本当はデューネに助けを求めたかったが、彼まで危険に晒すことはできない。
それでも願わずにはいられない。
きっと誰かが……。
フェーデが助けに来てくれるはず……っ。
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