その日を迎える
修正内容:誤字脱字及び、言い回しの変更を行いました。内容に変更はありません。
その晩、両親の話し声で目を覚ました。
ベッドに寝転がったまま目をこすり、寝室の向こうから聞こえてくる会話に耳をすます。
「君は無理に王都に行かなくていいよ。村で僕たちの帰りを待っていてくれ」
「それは駄目よ。絶対に王都であの子を一人にさせないためにも、二人で行ってジャスティーを見張らないと。でないと、ジャスティーがどんな目にあうか……。 ……嫌な予感がするの。あの男には家族愛なんてなく、家族はただの道具に過ぎないから……。そんな男が私たちに会いたいなんて、きっとなにか企んでいるのよ。そうよ、病気って話も怪しいわ。嘘かもしれない。もし嘘だったら……」
母の声が小さくなっていく。
「病気が本当だったら? 人は死を目前にすれば変わることがある」
「ええ、ええ、分かっているわ。だけど、どうしても信じられないの。怖いのよ」
母の様子がいつもと違うのは、声だけで分かった。
一体なんの話をしているのだろう。病気という単語から、祖父に関することだと当たりはつくけれど……。
ひょっとして、私は誤った選択をしたのではないだろうか。祖父に会いに行こうと言ったのは、間違いだったのではないだろうか。両親の会話から、早くも後悔が押し寄せてきる。
朝になって、やはり会いたくないと言えば、どうなるだろう。母は喜ぶだろうか。
でも急に一晩で考えを変えたら、二人の話を盗み聞きしたと知られてしまうのでは? 盗み聞きはよくないと、怒られるかもしれない。
結局怒られたくない気持ちが勝った。だけど母の声も忘れられない。私はもやもやとした気持ちを抱きつつ、なにも言い出せず、祖父の待つ王都へ向かう日を迎えた。
◇◇◇◇◇
馬車で私たち親子を迎えに来たのは、オーベンスさんだった。
馬車は先日訪れた時と変わっている。天井がある点は変わらず上等な馬車ではあるが、装飾が全くない、ただの茶色い箱の形。描かれていた家紋も見当たらない。
王都はここから遠く、村を何日も留守にする。医師である父が長期間留守にすると事前に知らされていた村人は、当日見送ってくれようと何人も集まってくれた。
「先生が何日も留守にするなんて、村に来てから初めてだねえ。留守にしている間、なにかあったらと思うと不安だよ。お医者の先生が身近にいてくれるって、ありがたいことなんだね」
「先生が村に来てくれるまで、わしらどうしていたんだろうな。先生には本当、感謝しとるよ。たまには休んで、家族で旅を楽しんできてくだされ」
「ありがとうございます。留守の間のことは、隣村の先生にお願いしているので、なにかあればそちらを頼ってください」
「ああ、隣村のか。あそこは息子も医師になって後を継ぐそうだな。ジャスティーも将来は医師になるのか?」
「うーん。お医者さんって、たくさん勉強しないと駄目なんでしょう? あたし、勉強嫌いだし」
「勉強が好きな人っているの?」
友人たちと、そうだよね、いないよね。と言い合う。
私たち一家も含め、村人同士の仲は良い。村で過ごす毎日に不満などない。
祖父に会うため少しの間村を離れるが、帰ればこれまでと同じ楽しい毎日を過ごせる。この時の私はそう、疑いもしなかった。
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