フェーデとの日々~1~
修正内容:誤り「ウラル」→正「ラウル」
「エルフィールという植物を、二人は知っている?」
レイネスさんの質問に、私もフェーデも知らないと答えた。
「エルフィールとは、この周辺にしか生えていない、とても不思議な植物なの。毎年この季節のある満月の晩、種を飛ばすため花が咲いてね。その時、咲いた花も飛ぶ種も、月光を浴びて、まるで光っているように見えるのよ。たった一晩の幻想的な光景よ。今年はまだ種を飛ばしていないから、次の満月の晩、それが見られると言われているわ。どうかしら、見に行ってみる?」
「そんな不思議な花があるの? 私、見てみたい!」
「僕も見たい」
「じゃあ決まりね。アローン、満月は来週だし、私たちも同行しましょう。モディーンたちも、ね?」
最近レイネスさんは母を呼ぶ時、敬称をつけなくなった。それは母も同じで、二人はどんどん親しくなっている。
「そうね、私も見たいわ。ねえ、あなた。私たちも……。……あなた? どうかした?」
見れば、じっと父はなにごとか、考え込んでいる。母に揺さぶられ、我に返ると……。
「あ、ああ。すまない。そのエルフィールという植物について、どこかで聞いたような気がして……。だけど思い出せないんだ。それでつい、思い出そうと考え込んでしまって……。年はとりたくないものだよ、まったく。
ジャスティーたちと見に行く? もちろん賛成だとも。そんな不思議な光景、僕も見たい」
「決まりだな。では皆で行こう」
アローンさんの言葉に、私は笑顔で頷いた。
来週の満月の晩が楽しみだ。
◇◇◇◇◇
「では今日からしばらくの間、殿下と一緒に訓練を行う。よろしく頼むぞ」
フェーデと一緒の訓練初日。早速、フェーデとラウルの手合せが行われることになった。
普段は手合せが大好きなのに、王子相手だと怯むのか、嫌そうに顔を歪めるラウル。その気持ちは分からなくないが、露骨すぎる気もする。
「そんな顔をするな。同年代の者と本気でやり合えるんだ、むしろ喜べ。殿下は幼いころから訓練を積まれている。遠慮すれば、足をすくわれるぞ」
「でも……」
なおも尻込みするラウルを、アローンさんは無言で睨み、黙らせた。その間にフェーデは木刀を持ち、位置につくと、簡単に素振りを行う。こちらはやる気満々だ。
「どっちが勝つと思う?」
眺めていた私に、デューネが尋ねてくる。
見学に来た団員たちも、どちらが勝つか話している。ただその多くが、飲み代などを賭け、この手合せを面白がっている様子だ。
そんな大人たちを横目に答える。
「……僕、賭け事はしないよ」
「そういうことじゃないよ」
言いながらデューネは私の隣に腰を下ろす。
「ただ単純に、どっちが勝つと思っているか、気になって」
「殿下の実力を知らないのに、答えられないよ」
「確かにね。でも僕、ラウルってかなり強いと思うんだ。もちろん僕がいつも負けるのは、単純に弱いからってこともあるけれど……。でもラウルには、剣の才能があるような気がするんだ」
「……そう言えばアローン様も、ラウルを、大人になった時が楽しみだと評していたよ。それは最高級の賛辞だって、アコッセさんも言っていたし。確かに才能はあるんだろうね。
でも……。デューネがラウルを応援するなら、僕は殿下を応援する。今、一緒に暮らしている仲だし」
「そういえば、そうだよね。ねえ、殿下って、どんな人?」
私は少し考え、答える。
「普通だよ。威張りもしないし、いい方だよ。友だちになってさ、家では名前で呼ばせてもらっている」
「ふうん。ずいぶんと仲良くなったんだね」
そんな話をしている間に、覚悟を決めたラウルが木刀を持ち、二人で向かい合う。そしてアローンさんの声を合図に、ラウルが先制だと動き出す。
いつものように右腕を大きく振りかぶり、それを下ろすが、フェーデは受けることなく避ける。
そうか、私は初手をいつも受け止めているけれど、その必要はないのか。なぜか最初だからと、逃げてはならない。そう勝手に思いこんでいた。
フェーデが避けた先は、剣先の左側。
ラウルの木刀を持つ手は、斜め左に下ろされている。その手の甲を、素早くフェーデは叩き、ラウルの手から木刀が落ちた。
フェーデの無駄のない、最小限の動きでの勝利となった。
なんとあっさり勝敗が決まったことか。それだけフェーデも普段から鍛えているということか。それでも短時間で勝敗が決まったことに、私は驚いた。
ひゅぅっ。と、口笛が至る所であがる中、残念そうな声も聞こえてきた。
「瞬殺かぁ。まあラウルは、無駄な動きが多いからな。なにかにつけ、大振りだし。ああ、俺の飲み代……」
……どうやら賭けに負けたらしい。
「どうだ、ラウル。足をすくわれると言っただろう。気後れせず、先制攻撃を行えたことは褒めよう。よくやった。身分の高い者と対峙すると、怯んで動けない者がいるからな。そういう者に比べたら、お前は上々だ」
アローンさんの言葉を聞き、団員の何人かが決まり悪そうに俯く。心当たりがあるらしい。
ラウルはショックを受けたのか、返事をせず、落ちた木刀をただ見つめている。
「大人に負けるのと、悔しさが違うだろう? ここでお前が訓練を止め、成長すら止めるのかは、好きにしろ。お前の自由だ。だが、なぜ訓練を志願した? それを思い出せ」
「団長、子ども相手に容赦ないっすよ」
団員の掛け声にアローンさんは、意に介しない様子で答える。
「それを承知でここに来たのだろう?」
それを聞き、掛け声をあげた団員は肩をすくめる。
そう言えば、二人はどうして訓練を希望したのだろう。その理由を聞いたことがなかったなと、今ごろ気がついた。
エルフィールも造語です。
実際の植物名を幾つか組み合わせ、作った造語です。
最初の文字を変えたら、なんか美味しそうなケーキ的な名前になるな。と思いましたが、まあいいか。覚えやすいし!
とも思い、エルフィールで決定となりました。




