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フェーデとアローン

 一夜明け、感情的になったことにフェーデは反省していた。喧嘩別れというより、一方的に怒って彼女を部屋から追い出してしまったことも、悔やんでいる。

 朝早く視察先へ向かうため家を出たので、ジャスティーと顔を合わせることはなかった。そのことに、どこか安心に近い気持ちを抱きつつ、罪悪感や苛立ちも混じり、心の中はひどく乱れていた。

 会えることを……。約束を果たせることを楽しみにしていた自分も、ひどく阿呆に思えた。それらの感情を隠すには、まだ彼は経験の浅い子どもだった。


「殿下、どうかなさいましたか?」


 馬車の中、正面に座るアローンが尋ねる。

 今の自分の心情を語れそうにないフェーデは、少し睨むようにアローンへ視線を送る。気がついてほしくなかった。


「ジャスティーとなにかあったのですか?」

「……なぜそう思う」


 自然と声が低く尖る。それにアローンは不快な素振りを見せることなく、返事をする。


「昨晩、なにを言っているかまでは分かりませんでしたが、殿下の大声が聞こえましたので。ジャスティーと喧嘩でもされたのかと……。余計な詮索でしたな、申し訳ございません」

「構わん。アローン殿はなにも悪くない。それに……」


 それ以上を口にすることは、できなかった。

 言葉にすることを躊躇ったのではない。自分の感情を、どんな言葉で表せば的確なのか、見出せなったからだ。


「もしや昨晩、ジャスティーの態度が変わったことに、お怒りになられたのですか?」


 図星である。だが簡単に『はい、そうです』とは答えられない。結局黙るしかないが、それは肯定を意味していると、フェーデにも分かっていた。


「貴方は高貴な方です。その身分を知れば、誰もが態度を変え、敬うことでしょう。それが殿下の世界で、仕方のないことなのです。これから似たことは、何度も起きます。受け入れるしかないのです」


 自然、膝の上に置かれたフェーデの拳は、力を込められる。


「……そんなこと……っ。そんなこと、分かっている! 分かっているのに苦しいんだ! 寂しいんだ! 嫌だったんだ! 変わらぬ笑顔で名を呼んでくれると、思っていたのに……っ。気持ちが治まらないんだ! 止められないんだ……っ」


 叫ぶと、フェーデを乱暴に両手で自分の髪を掴みながら項垂れる。


「……一つ、私の経験から言えるのは……。ならば、一から友人になればよろしい。身分を隠していたから友人でなくなるのであれば、改めて王子として、友人になればよろしい」

「しかし……」


 もう一度、友人になる? そういう考え方もあるのだと驚いた。上手く言葉にはできなかったが、本心を吐き出したからか、頭が冷え、冷静を取り戻しつつあった。そんな中でフェーデは、昨晩の己を思い起こし、髪から手を離すと駄目だと首を振る。


「私は……。一方的に怒り、感情的になって、彼女を傷つけた……。今さら友人になりたいと、どの口が言えよう……。きっと今ごろ、彼女は私のことを、愚か者と呆れているだろう」


 結局自分は、城での再会の時からなにも変わっていなかった。強くなりたい。人を信じる力で強くなり、信じられる人になりたい。そう思い頑張ったのに、この様である。成長しないことが恥ずかしく、許せなかった。


「でしたら、まずは謝ればよろしいではありませんか」


 事も無げに言われ、フェーデはうろたえる。


「しかし……。王子が謝罪となると……」

「ええ。ですから王子としてではなく、個人として」

「……許してもらえるだろうか」


 弱気な発言となるが、それはアローンがちゃかしたり、人に言いふらしたりしないと分かっているからで、それほどフェーデは彼を信用している。


「殿下が謝られませんと、許すも許さないもないではありませんか。それとも殿下は、ジャスティーから、私は怒っていません。以前のように仲良くしましょう。とでも、話しかけてくることを、お待ちになられるつもりですか?」

「それは……」


 そんなこと、彼女に求めるわけにはいかないと、すぐに考え至る。それでも言い淀んだのは、謝っても拒絶されたらと想像し、恐ろしくなったからだ。そんな気持ちを見透かすように、アローンは笑みをこぼすと、話題を変えるように言ってきた。


「リファレント殿下から聞いていましたが、殿下がこれほどジャスティーを気にかけていらっしゃるとは」

「あ、兄上から⁉ なんと……。なんと聞いた⁉」

「絵を贈るほど気に入っている、と」


 瞬間、フェーデは心の中で兄に悪態をつく。


「懐かしいものです。私にも覚えがございます。昔、気にかけた少女がおりまして」

「そうなのか⁉」


 意外な告白に、食いつくようフェーデは身を乗り出した。


「ご存知の通り、私にも妹がおります。その少女は、そうですね……。もう一人の妹と言っていいでしょう。彼女から結婚をしたい人がいると打ち明けられた時、その男性が彼女を騙していないか不安になり、どんな相手か気になったものです。後に紹介された男は、感じのいい真面目な青年で……」


 頷きつつも、フェーデは思った。


 なにか違う。それは自分と、なにか違う。と……。


 ふと、姉の言葉を思い出す。


「いいですか、フェーデ。もしジャスティー様との間でなにかが起きたら、アローン様ではなく、この私を頼りなさい。

 アローン様は信頼できる、真面目で優秀、お強くて素晴らしい殿方です。だけど、貴方の身に起きた問題を解決できる方ではありません。いいですね、必ず、姉を頼りなさいね」


 言われた時は腑に落ちなかったが、今ならその意味が分かるような気がした。

 だが、面白そうに目を輝かせていた姉に頼りたいとは、今も思えない。

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