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王太子とペリーヌ

 石造りの部屋にあるのは、机二台と椅子三脚だけ。唯一の天井に近い小さな窓には、格子が十字にはめられている。取調室は、簡素な部屋だった。


 そんな部屋の中で、二人の年齢差ある男女が、小さな四角い机を挟んで向かい合っていた。二人から少し離れた隅の方には、立会兼、調書を記す係として、一人の男の姿もある。

 男の方、若いリファレントは、正面に座る老いた女、ペリーヌを見つめる。これまで、なにを話しかけても無表情、雑談にもほとんど応じない女。だから最近では……。


『あれは取調室じゃなくて、拷問部屋ですよ! 俺たちが拷問を受ける部屋! なにを聞いてもほとんど返事をしない、笑いも怒りもしない! そんな奴と長時間向き合う苦痛たるや! 拷問以外の何物でもありませんよ!』


 と、ペリーヌの取り調べを担当している者たちが、よく言っている。リファレントもまた、内心ではそう思っているが、立場上、彼がそれを口にすることはできない。

 しかし今日で、拷問部屋は崩れるかもしれない。リファレントは、いささか興奮していた。


「……君の夫、ゼバルは意外と素直に話してくれる。だのに君は黙ったまま。夫への愛が強いのか……。それとも、なにか別の魂胆があるのかな?」


 立会人は、室内の温度が下がった気がして震えた。

 リファレントは笑顔だが、その彼から冷気が噴き出しているように感じる。ペリーヌも気がついているはずなのに、さすがは拷問部屋の女。ぴくりとも反応を見せないと、立会人は感心した。


「返事は無しか、いつも通りだね……。実はそんな君に報告があるんだ。安心したまえ、悪い話ではない。

 君の孫娘も、その両親も無事だ。三人は再会でき、今は一緒に安全な場所で生活をしている」


 ペリーヌの表情は無のままで、反応も見せない。


「ただ……。孫娘、ジャスティー嬢なのだが……。彼女、命を狙われていてね。その理由に、心当たりがあるだろう? 本人が話したんだよ、深夜の客人について」


 ガタッ!


 大きな音を立てペリーヌは立ち上がると、両手を机の上に置く。その腕は震えながらも、ペリーヌの体重を支える。


「……あれ、ほど……っ。誰にも、言うなと……っ」


 立会人は驚いて目を開いた。ペリーヌがここまで反応を示したのは初めてだ。


「どこで話が漏れ、狙われ始めたのかは、分からないからなぁ。ゼバルの館に勤めていた者が、漏らしたかもしれない。考えてごらんよ」


 手で椅子に座るよう促しながら、リファレントは言う。

 荒い鼻息を何度か吐き、ペリーヌは着席する。少しは落ちついたらしい。


「長年音信不通だった娘家族を自宅に招き入れた。そのことを、ゼバルの仕事仲間が把握しているとしたら? いいや、把握しているはずだ。ああいう奴らは、自分たちに関係している者を調べ、見張っておくものだからな!

 ゼバルの館でなにを見聞きしたか、奴らには全ては分からない! 奴らの中で、疑心暗鬼が生ずられる! なにかを見知ったと、疑い! 三人がなにかを我々に証言したと、考え! 彼らの不利になると知らず、迂闊になにかを話すと思われたら⁉ そう! 客人の理由を知らず語った、ジャスティー嬢のように!」


 珍しく大声をあげるリファレントにも、立会人は驚いた。

 沈着冷静な方だと思っていたが、こんな一面もあるのだと知れ、王太子を尊敬する立会人は、少し嬉しくあった。


「……我々が把握していない仲間がいるはずだ。そいつらは逃げ続け、娘家族の命を狙うだろう。もちろん、口封じのためだ。死人は喋れないからな。

 しかしペリーヌ。君がその仲間……。ゼバル邸にどんな人物が出入りしていたのか、それを、私たちに教えてくれたら……? そいつらを捕えられる。そうすれば、娘家族に安全が訪れる。いいことだと思わないか?

 君はなにを守っているんだ? 娘家族の命など、どうでもいいのか? 三人を死なせてまで守りたいモノとは、なんなのだ?」


 一転、優しく訴え変えるような口調。リファレントはペリーヌの心を揺さぶろうと、故意で口調を変えていた。


「……私に、協力をしろと?」

「自供。という意味でも構わない」


 ペリーヌは口の端をあげ笑う王太子を、じっと見つめる。自分の娘より若い王太子。こんなことがなければ、直接会話をすることもなかっただろう。


 ……どこで間違えたのだろうか。ペリーヌは考える。

 ゼバルとの結婚? あの男の暴力を止めなかったこと? 死招き草の商売を知りながら黙っていたこと? 子ども達に、暴力を振るわれてほしくないから、言うことを聞きなさいと教えこんだこと? 教えこめたのは、チェルシーのみだけど……。

 そのチェルシーは、父親そっくりになってしまい、どんな皮肉だろうと何度悲しくなったことか……。挙句に事故で自分より若くして亡くなった。


 思えば、子どもを守ろうとしたのに、失敗してばかり。モディーンとの仲もこじれたまま。娘のモディーンが、母である自分に、助けを求めていることに気づいていたが、助け方を誤った。なにもかも間違っていた。ペリーヌは肩を落とすように、項垂れる。


「……神からの、恩情かもしれません……。私が、子どもを助ける、最後の、機会……」


 ゆっくりと、ゆっくりとペリーヌは顔を上げる。

 無表情なのは変わらないが、先ほどまでとなにか違うとリファレントは感じた。


「分かりました。私が知る範囲を、お教えします。ですから、どうか……。命までは……。

 最後の一人なんです……。すでに娘が一人亡くなり……。他に私の子どもは、おりません……。孫もまだ幼い……。あの子たちの命を……。命まで奪わせないと、信じてよろしいのですね……⁉」


 長く感情を封じ、そうすることで夫から身を守ってきたのだろう。ようやく今、彼女の目に生の火が、小さくだが灯る。感情が見えてきた。リファレントも立会人も目を見張る。

 彼女は今、戦い方を……。生き方を変えた。そんな瞬間に立ち会えることは、人生で何度もないだろう。リファレントは感動しつつ、自然、より気を引き締めた。


「ああ、信じてほしい」

「お願いします……。神よ、どうか……。私はどんな罰も受けます……。ですが、娘たちは違うのです……」


 神へ娘たちの無事を祈る。きっとこれが、本来の彼女だろう。

 ゼバルという鎖から逃れたペリーヌは、別人だった。

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