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覚悟の形~1~

 アコッセさんを二人で見送り、それから家に通された。

 他に人の気配を感じないので尋ねてみると、使用人はいないと答えられた。


「いつも昼間は一人だから、退屈を紛らわすために家事に精を出したら、必要なくなったのよ」


 雑巾片手に笑いながら言うが、部屋数も幾つあるか分からない、これだけの広さの家を一人で管理しているのだ。きっと大変だろうに、それを事も無げだと、さらりと言えるレイネスさん。私は好意を抱いた。


「座って。お茶を持ってくるから」

「ありがとうございます」


 通された居間は、ソファやクッションなど、家具類がベージュを主体に統一されている。小さな花瓶に生けられた、これまた小さな花が、窓から入ってくる風で揺れている。温かみのある部屋だ。


「お待たせ。良かったら、クッキーも食べてちょうだい」


 お茶と一緒にクッキーも出された。

 さっそく手を伸ばし、クッキーを一ついただく。甘さは控えめで、柑橘のすっとした爽やかさが口に広がった。口当たりもさくさくして、とても美味しい。


「主人が甘すぎるお菓子は苦手でね。それで砂糖を少なくして、他の味を足したりして、なんとか食べてもらおうと頑張っているの。お味、どうかしら?」


 驚いた。このクッキーは手作りだったのだ。てっきり、どこかのお店で購入した物だと思った。これだけの味なら、店頭に並べば売れるに違いない。


「とっても美味しいです!」

 美味しいものを食べ、自然と浮かぶ笑顔を向け、私は大きな声で答えた。

 掃除といい、お菓子といい、レイネスさんの家事力の高さに脱帽だ。


「ふふっ、ありがとう。笑顔で美味しいと言われたら、嬉しいわ。

 それに……。貴方の笑顔を見たら、モディーン様を思い出したわ。とても似ていらっしゃる。よく言われない?」

「よく言われます。アローンさんにも、言われました」

「そうでしょうね。あの人も、懐かしくなったのではないかしら」


「レイネスさんも、母とお知り合いなんですか?」

「ええ、そうよ。もっとも出会ったころは、友人と呼べる仲ではなかったけれど。なんていうのかしら……。あの頃は、お互いどう接していいのか分からなかったわね。でもある日、私は彼女から大切な贈り物をいただいてね。それで私たちは、友人と呼べる仲になった。

 モディーン様には今も感謝しているわ。彼女は私にとって、大切な恩人でもあるの」


「贈り物?」

「ええ、絶対に手に入らないと諦めていたもの。

 ああ、早く無事、アボッカセへ到着されないかしら。こんな状況だと分かっていながら私、彼女とまた会えることを楽しみにしているの」


 贈り物とはなんだろう? 絶対に手に入らないもの? 母が持っていたものを、レイネスさんに譲ったとか?

 首を傾げながらもクッキーを食べる私を見て、レイネスさんは微笑む。美味しくて、手が止まらないのだ。


「ご両親と早く再会できるといいわね。ところで、どうして男の子の恰好をしているの?」

「その……。彼らが探しているのは女の子だから、男の子の振りをした方がいいと言われて……」


「ああ、なるほどね。それで納得がいったわ。

 いえね、アローンが、やたら男の子の服ばかり用意するのよ。女の子が来ると聞いたのに、おかしいなと思って。私たちには子どもがいないし、あの人、女に関しては朴念仁なところがあるから……。女の子の着る服を分かっていないのか不安になって。尋ねても、これで間違いないと言われるし……。

 だから私、最近王都の女の子の間では、男の子の恰好をする流行でもあるのかしらと思って。嫌だわ、勘違いしていたわ」


 口元に手を当て笑うレイネスさん。家事スキルは高いが、どこかのんびりした様子もある。不思議な人だ。


「そうそう、貴女の部屋も用意したのよ。見てみる?」

「私の部屋ですか?」

「ええ、二階にね。女の子の部屋を用意するなんて、もう楽しくて! 気に入ってくれるといいのだけど……。見てみる?」

「はい」


 私の部屋や服を用意してくれるとは、夫婦そろって、どれだけ準備して待っていてくれたのだろう。

 初めて会うのに、こんなによくしてくれるなんて……。母の娘や、身を潜める人物をかくまう理由だけではなく、他の理由もあるような気がした。

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