祖父の悪事~2~
「『死招き草』とは、売買はもちろん、使用目的での栽培が禁止されている植物で、何種類もあり、それらを総称する言葉だ。ちなみに、死招き草と知らず栽培した場合は、罪に問われない。
その植物は、摂取すると、興奮状態に陥ったり、極限以上の強さを手に入れることができる」
そんなすごい植物があるのか。初めて知った。
「興奮状態がよくないのは、なんとなく分かります。でも、どうして強さを手に入れられるのに、禁止されているんですか?」
「強さが手に入ると聞けば、素晴らしい植物に思えるだろう?
だが『死招き草』は恐ろしいことに、一度摂取し効果が切れると、何日も寝こむか、脳が破壊され廃人になるという副作用がある。摂取を続ければ、寝こみこそしないが、異常な状態が続くことに変わりない。脳は蝕まれ、使えば使うほど、死期を早める。
量にもよるが、一度摂取しただけで狂い、そのまま亡くなる者もいる。摂取し続けられても、持って数年。短いと数か月で命を落とす。使用することで死を迎えるから、死を招く植物。『死招き草』と呼ばれているんだ」
すごいどころか、なんて恐ろしい植物なのだろう。寒気がした。世界連合が売買や栽培を禁止するのも頷ける。
「デュシパート男爵領で、その死招き草が栽培され、ゼバルは仲間と死招き草の売買を行っていた。それが彼の罪だ」
「で、でも売買が禁止されているんですよね? そんなの誰が買うんですか?」
「摂取すると、強い快楽を感じることがあるそうだ。その快楽を求め、非合法に入手する者が少なくない。死ぬと分かっていながら、快楽を求める中毒性もあるので、中毒者が購入するんだ。つくづく恐ろしい植物だと思うよ、まったく。
あとは強さを求める武人とか……。人を殺害するための道具として購入したと、供述した者もいる。
それに世界連合に加盟していながら、秘密裏に、違法入手していると噂がある国もある。動機はもちろん、軍事力を高めるためだ。兵士は短命となるが、大きな兵力を手に入れられるからな。そうまでして、他国との戦に勝利したい国もあるんだ。
いずれにしても、まともな理由じゃない」
「そんなの、ひどい……」
ふと、真夜中の太ったおじさんと魔法使いを思い出す。
物、商売、転売、取引、ホーベル王国……。あの晩聞いた会話の単語が頭の中を駆け巡る。
……もしかしてあれは、死招き草について……?
「ゼバルが違法な商売に手を染めていると、数年前から噂が流れていた。真相を確かめるため領に行くと、確かに死招き草が生えていた。死招き草は、自然群生する場合もある。しばらく調査した結果、それらは栽培されていると判断された。
死招き草の栽培者や、収穫後、収集する者も分かったが、それ以降は幾人もの手を介すので、流通が掴みにくかった。犯罪組織が絡んでいることは、間違いないと考えられた。
その肝心の組織についてが掴めない。間者も放ち、さらなる調査を進めようとしたが、その者たちも音信不通となった。おそらくもう、生きていないだろう」
『口を割る前に、隠し持っていた毒で自殺されましてね』、そう言った、太ったおじさんの声が蘇る。
馬に揺られていて分かりにくいが、私の体はガクガク震えだした。
「犠牲はあったものの、関与している者の大半を特定できた。今日の茶会は、ゼバルと仲間を捕える場に選ばれた。茶会に参加できない仲間にも、茶会開始時刻を合図に逮捕するよう、各兵団に厳命が下されている。
君とご両親がゼバルと接触した際、商売についてなにか知ったのではないかと、逮捕から逃れた者たちは考えるだろう。そういった奴らは、自分たちに不利な余計な発言をされるくらいなら、君たち親子を殺害することも否めない。いわゆる口封じだ。
だから君たち親子は、身を隠す必要がある。分かってくれたか?」
「は、い……」
知ったのではない。私は、知っている。仲間の姿を見ている!
あの時、私が盗み聞きしたと知っているのは祖母。祖父の様子から、彼に盗み聞きの事実を黙っていてくれたことに、間違いはないだろう。だが、仲間には? 祖母が彼らに、盗み聞きを話していない確証はない。
あの二人が逮捕されたかも分からない。もし逃れていたら?
私は確実に狙われる!
フェーデの危険だと言っていた声がよみがえる。
今ここにフェーデがいてくれたら、私は迷わず深夜の客について、彼に話しただろう。でもここにフェーデはいない。
アコッセさんはフェーデたちが選んだ人、信用していいはず。でも怖い。深夜の客人たちは、自分たちを調べているのが何者なのか、逆に調べようとしていた。アコッセさんが彼らの仲間でない保障などない。
言えない。アコッセさんが、彼らの仲間でないと確信できるまで、深夜の客人について怖くて話せない。青年は信頼できると言っていたから、大丈夫かもしれないと分かっている。でも怖い、怖くてたまらない!
ここは秘密の通路。誰かを殺すには目撃者もおらず、暗殺には最適ではないか!
深夜の客人については、両親と再会できた時、二人に相談しよう。きっと両親となら、賢い判断を選択できるはずだ。
私は調査の助けになると分かりつつ、恐怖から、口を閉じることを選択した。
◇◇◇◇◇
やがて通路の行き止まりにぶつかった。
アコッセさんが青年のように、指を滑らす。また淡い光を放つ円に囲まれた文字が現れ、時計が合わさったような音の後、地鳴りとともに崖が開かれだす。
眩い光が差し込み、思わず目を細める。
光に慣れた頃、やっと通路を出る。そこは森の中だった。
「これからアボッカセに行くまで、幾つもの村や町を通る。先にも伝えたが、ここから我々は兄弟だ。いろいろ無茶をさせるが、アボッカセまで頑張ってくれ。
そうだ。名前も考えないとな……。ううん。私の弟の名前で構わないだろうか、言い慣れているし」
「はい」
「では今から君の名前は、ファロンだ」
「分かりました、兄さん。……お兄ちゃん? 兄ちゃん? 兄貴?」
一人っ子なので、なんと呼べばいいのか。こうやって考えると、意外に兄の呼称は多い。
「そこは君が呼びやすい言葉で構わない。だけど、お兄ちゃんは違うかな。妹に呼ばれているみたいだ。あと兄弟だからな、ため口で頼む」
「分かった、兄さん」
そんなことを決めると、私たちは馬を走らせ始める。こうして私は王都を脱出した。
『死招き草』は、麻薬みたいなものです。
体にかかるストッパーも外すので、限界以上の力が出るのですが、そうなると当たり前ですが、体への負担も半端ない。そのため体がボロボロになり、寝たきりになったり、死期を早めたりする。という設定もあります。




