見知らぬお客様
誤字脱字や言い回し等、修正しました。
内容に変更はありません。
ある日、天井がある見たことがないほど大きくな馬車が、村にやって来た。その馬車は驚いたことに、村唯一の診療所を開いている、私が家の前へ停まった。
馬車を引っ張るのは、茶色い二頭の馬。村で飼育されている馬と違い、さらさらの毛並。たくましい肉づき。美しさも漂っているように見える。馬だけれどもきっと、こんな雰囲気を持つモノに対し、『気品のある』という言葉を使うのだろう。
馬車は全体的に黒いが、施されている多くの彫り細工は、金色に塗られている。
見かけない馬車に、村人が集まってくる。馬車の扉に家紋が描かれているが、どの家を表しているのか、誰も知らない。
「領主様と違う家ってのは分かるが……」
「こんな田舎に、なんの用だろうね」
やがて扉が開き、中から一人の男性が姿を現した。年齢は四十代。厚めの黒い生地で仕立てられた服は、一目で上質なものと分かる。白髪の混じった髪の毛は、前髪からピッチリと後ろに流していて、固くセットされている。背筋を真っ直ぐに伸ばし、これまた真っ直ぐに結ばれた口。真面目そうな人だと思った。ただ村の雰囲気に比べ、異質に思えた。
場違いで上質な服をまとう男性を、家の前で友人たちと遊んでいた私は、口を開けて見上げた。
「この家のお嬢様ですか?」
笑いもせず男性が私に問うてくる。驚いた私は声も出さず、頷いた。
「奥様はご在宅でしょうか」
またも頷く。
「中に入ってもよろしいでしょうか」
三度頷く。
家は自宅兼診療所を兼ねている。昼間は患者がいつでも訪れられるようにと、人の出入りを制限していない。もちろん、わざわざ私に許可を得る必要はない。
母の在宅を尋ねてきたということは、この男性が患者ではなく、お客様だと察した。慌てて客人の来訪を母に知らせようと、家の中へ向かう。男性も私の後を追って、家の中に入ってきた。
集まった村人は気にはなっているものの、さすがに中まで押しかけてはこない。ただ開いたままのドアの向こうから、なにが起きているのか、興味津々に見ている。
「お母さん! お客さんよ!」
「はいはい、誰? また村長が無理して腰でも痛めたの? ご自分の年齢を考えて下さいって、何度言えば分かってくれるのかしら」
なにか水仕事をしていたのだろう。濡れた手を布巾で拭きながら、母が奥から姿を現した。
そして私の後ろに立つ男性を見るなり動きを止めると、手から布巾が落ちた。