彼との再会~2~
二人に連れて行かれたのは、馬小屋だった。とはいえ、小屋と呼ぶにはかなり大きい。すぐには数え切れないほどの馬が、中で繋がれている。
どの馬も大切に飼われているのか、毛並がよくて大きく立派だ。子馬も数多い。
「うわあ、お馬さんだ」
馬独特の匂いも懐かしくなり、つい近くにいた子馬に手を伸ばす。人懐こいのか、嫌がらず触らせてくれた。
「かわいい!」
鼻先に思わず頬ずりをする。
「いい子だね、君、お名前はなんていうのかな」
「セドナーだよ」
馬から手を離し振り向くと、馬小屋に入ってくる青年が一人。彼が馬の名前を教えてくれたようだ。
ゆっくりとした足取りで、微笑みながら私に向かってくる。
茶色い髪の毛は、少し前髪を右方向に流しサラサラ揺れている。男の子とお揃いのジャケットを着ており、瞳の色も同じく赤い宝石のようだ。男の子と違う点は、腰から剣を下げていることだろう。精悍な青年だ。
「弟の馬なんだ」
「弟さんいるんですね。私一人っ子だから、羨ましいです」
「うん、弟や妹はいいよ? かわいくて仕方ない」
そう言って、男の子の肩を抱く。少し男の子がげんなりした顔を見せるが、青年は気にしないようだ。
「ちなみに彼が僕の弟」
髪の毛の色が違うので印象は違うが、確かに顔が似ている。
そういえば、『兄上と待ち合わせ』と言っていた。少女は男の子の姉で……。
……美形だ、美形一家だ。さぞご両親も見目麗しいに違いない。男の子の髪の毛だけ黒いということは、両親のどちらかが黒髪なのだろう。
「兄上、彼女はなにも知らないらしく……」
嫌がるように青年の手から逃れながら、男の子が言う。
「アコッセ殿から報告は受けた。君がデュシパート家のお嬢様かな?なるほど、お母上に似ている」
「母を知っているんですか?」
「お母上は我が家と関係のある方だったから、幼い頃にお会いしているんだ。もっとも幼すぎたから、ぼんやりした記憶だけどね。今の君の年頃に描かれた、彼女の絵も見たことがあるんだ。その時のお母上に本当、似ている。
彼女は今でも、なにかと話題にする者も多いし……。うん? その反応、ご結婚前のお母上について知らないようだね。再会した時、聞いてみてごらん? 面白い話を教えてくれるよ」
我が家? どこの家だろう?
勉強やマナーは教わっているものの、貴族の家名や関係性などについてはほとんど教わっていない。
……もしかして、『我が家』とは母の運命の相手の家だろうか。
具体的にどんな家の人だったのかは教わっていない。身分の高い家だったとは言っていた
そうだとすると、三人の恰好や立ち振る舞いから、確かに身分の高い家に違いないと納得する。一体どこの高貴な血筋なのか……。
青年の顔を見ていると、なにか引っかかった。どこかで見たような……。誰かに似ているような……。その答えが分からず、首がどんどん横に倒れていく。
それを見てふっと笑うと、青年は洋服一式を差し出してきた。帽子まである。
「はい、これに着替えて」
一番上に畳まれて置かれていたのは、袖が破れている薄汚れたシャツだった。このシャツに見覚えがあった。
「……これ、お兄ちゃんのお洋服?」
「お兄ちゃん?」
「……僕のことだよ」
男の子が答えると、ああ、と思い当たったように青年は頷いた。
「そう、お兄ちゃんの服だよ。君に合いそうなサイズが、これくらいしかなくて。弟の使い古しだけど、我慢してくれるかな」
「私は構いませんけど……」
男の子は了承しているのだろうか?
チラリ窺うように男の子を見ると、なぜか顔を赤らめてそっぽを向かれた。
それにショックを受ける私の隣で、なぜか少女がにんまりと笑みを浮かべた。
「でも、なんで着替えないといけないんですか?」
「そうだね……。簡単に言うと、ご両親のもとへ行くため、かな」
両親のもと……?
「それって……。私、帰れるんですか⁉ 両親に会えるんですか⁉」
「ああ。王都から遠くへ行くんだ。ドレスだと目立つし、動き回るのも大変だからね」
じわじわ喜びが体の中に満たしてくる。
「では、さっそく着替えましょうね。私が手伝いますわ。さあさあ、殿方は出て行って下さい。女の子が着替えるのですから、いいと言うまで絶対に覗かないで下さいましね」
「私たちが、そんな破廉恥な振舞いをするとでも?」
「魔が差すという言葉をご存知ありませんの?」
少女はおっとりとしていながらも、強気な一面があるようだ。弟をからかう一面も持っていて、綺麗なのにおもしろい人だ。
二人が馬小屋から出ると、さっそく少女は着替えを手伝ってくれる。背中のボタンには手が届かないので、助かった。
「ごめんなさいね、こんな所で着替えさせるなんて。お部屋に案内すれば良かったわね」
「いえ、大丈夫です」
近寄った少女から、花の香りがふわりと漂った。柔らかく甘い。香水だろうか。
「お姉さん、いい匂いがする」
「ありがとう。これ、お気に入りの香水なの。大事な時に、負けないようお守り代わりにつけているのよ」
「大事……。茶会ですか?」
「そんなところかしら。……ねえ、最近、どこかにお体をぶつけられた?」
両親に会える喜びと、いい匂いに気を良くしていた私は正直に答えた。
「ぶつけていません」
「そう……。これでボタンは全部外し終わりましたわ。後はお一人でも大丈夫かしら。私、お兄様とお話しなければならないことを思い出して……」
「はい、大丈夫です。手伝ってくれて、ありがとうございます」
頭を下げると、男の子に似た微笑みを返してくれた。
◇◇◇◇◇
私は失念していた。祖父が暴力をふるう時、どこを狙うのか。それは、服に隠れる場所。背中などだ。
少女は見てしまったのだ。着替えを手伝うためボタンを外していき、露わになった私の背中を。そして、祖父から受けた暴力の痕を。




