祖父の企み~3~
子どもに対して暴力を振るう描写があります。
無理と思われる場合は、この話はスルーして下さい。
スルーされた方への対応として、次話でこの話のあらすじを、前書きに記載します。
令和2年1月10日(金)
内容の修正を行いましたが、ストーリーに変更はありません。
部屋に帰ってきた祖父の機嫌は悪かった。
「まったく困ったものだ、娘を返せとうるさい。チェルシーが亡くなったので跡継ぎが欲しいと説明したというのに、ペリーヌの遠縁から養子をもらえばいいだの、自分たちには関係ない話だのと……。ははは、全く……」
祖父はすっかり冷えた紅茶が入ったままのカップを取ると、それを壁に向かって投げる。カップは中身を撒きながら私の横を突っ切り、背中の壁にぶつかる。
振り向くとカップは割れ、破片が床に散らばっていた。残っていた紅茶も壁をつたい、床に垂れる。私は驚き震えた。
「誰のせいだと思っているんだろうな! あの親不孝者は! お前のせいで私の爵位は男爵のまま! 跡継ぎ問題も生まれ、なにもかもアイツとあの男のせいだというのに! それなのに口答えしおって! 何年経っても立場をわきまえん娘だ! あんなのが実の娘とは我慢ならん! 育て方を間違えた!」
今度はテーブルクロスを掴み乱雑に引っ張る。お菓子が床に散らばる。食器も、がしゃぁん! と、ぶつかる音を大きくたて、床に落ちては割れていく。音が鳴るたびに、私は震えた。
それから祖父は私の両肩に手を置く。その力は強く、爪が食いこむほどに痛い。
正面から祖父の顔を見ていると呼吸が乱れてきた。荒い息を吐く。そう、私は祖父に恐怖を抱き始めていた。こんな人とは思わなかった……。こんな人が祖父だなんて……。
「あの二人なら、馬車に乗って出て行ったよ。お前を置いてな」
ニヤリと笑う祖父は喜んでいるのか、それとも楽しんでいるのだろうか。分からないが、恐怖と同時に気味悪さを感じた。
「う、嘘……」
「うん?」
「お父さんとお母さんがあたしに黙って、どこかに行く訳ないもん!」
途端に祖父の眉が上がる。
「……母親に似て、可愛気のない娘だな……。これは矯正が必要だ。いいか、よく聞け。お前の両親は不良品だ。不良品から生まれたお前を受け入れてやったのだ! 感謝しろ! あんな不良品共との田舎暮らしから、この私と王都で贅沢に暮らせるのだぞ⁉ 良い話だろうが‼」
「ふ、不良品なんかじゃない……っ! お父さんとお母さんは、不良品なんかじゃない!」
涙目になりながら言い返すと祖父の目が細められた。
肩から手を離すと殴ってきた。突然の衝撃に私は吹き飛ばされるように床に倒れる。
なにが起きたのか、すぐに分からなかった。
じんじん痛む顔。見上げれば祖父が拳を握りしめたまま、冷たい目で私を見下ろしていた。
あの拳で殴られたのだと理解した時、祖父は腰を屈めると、私の髪の毛を掴んで無理やり立ち上がらせる。髪と一緒に頭の皮膚も引っ張られ、鋭い痛みが走る。
「や……っ。いた……っ」
「この家の主は私だ。二度と口答えをするな。お前はただ大人しく、私の言うことを聞いていればいいんだ」
耳元で冷たくそう言うと、乱暴に床に投げる。
顔から床に突っ込んだ時、むき出しの右腕が擦れた。ヒリヒリとした痛みが右腕を襲う。いつの間にか止まっていた涙が、また溢れてきた。
「……う、うぇ……。おと……、おか……さ……」
床に転がったまま私は泣いた。
「うるさい! さっさと泣き止め!」
祖父が足を振り上げ、何度も背中に下ろしてくる。最後には脇を蹴られ咽喉をつまらせた。
声が出ない。背中が痛い。脇腹も痛い。私は蹴られた脇腹を押さえ丸めた。
うっすら目を開けると、祖父が「書斎まで酒を持って来い!」と叫び、部屋を出て行った。
部屋にいる祖母もオーベンスさんも見ているだけで、起き上がろうとする私に手を貸そうともしなかった。祖父を諫めることなく、心配する言葉すら発さない。
今もオーベンスさんは祖父の命令を受け酒を用意するのか、部屋を出て行った。私を気に掛かる様子を見せない。
祖母は割れたティーセットの欠片を拾い、「もう使えないわね」と呟き、片づけを命じるためかドアに向かう。
誰も心配してくれない。誰も助けてくれない。誰も私を見ようとしない。
私は泣いた。孤独だった。
◇◇◇◇◇
私は知らなかったのだ。この家の支配者である祖父が暴君だということを。
母は恐れていたのだ。私が祖父から暴力をふるわれることを。
王都へ行きたがらない母を知っていながら、なにも言い出せなかった無知の己。なにより許せず後悔した。
この時から私は、祖父に支配される日々を送ることとなった。
お読み下さりありがとうございます。




