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美術館での出会い~3~

2019年8月27日(火)

加筆訂正を行いました。内容に変更はありません。





「そうか、あちらの二人が君のご両親?」

「うん」


 しばらく母の横顔を眺めていた男の子に、お母上に似ていると言われた。


「よくお母さん似って言われる。あたしね、大きくなったらお母さんみたいな人になりたいんだ。お母さん綺麗でしょ?」

「ああ、品のある方だと見ていて分かる。君が憧れるのも分かるよ。だけどお母上のようになりたいということは、淑女になりたいということだよね? 淑女は君のように、突然見ず知らずの人の隣に座って、あまつさえ相手の手元を覗くことなんて真似を行うと思う? 行わないよね? つまり今の君は、憧れには程遠いということだ」


 突っ込みに呻いてしまう。彼の言うことはもっともだ。


「……その通りです、ごめんなさい……」


 落ちこみ俯く。

 やっぱり怒っているのかな……。気になり上目づかいに男の子の様子をうかがうと、意地悪そうにニヤニヤ笑っていた。

 ……もしかして、からかわれている?


「君って素直だよね。だからああ言えば、どういう反応するかなと思って言ってみたんだ。ひどいこと言ってごめんね」


 心を読まれ、ニヤニヤ顔もそのままで悪いと思ってなさそうな顔を見ていると、不満を覚えて顔を上げるなり、むすっと頬を膨らます。


「その顔、リスみたいだ」


 男の子は愉快だと言わんばかりに笑いだした。


「お兄ちゃんが意地悪言うからじゃない!」


 両手で抗議の意味をこめ叩く。もちろん力は強くないが、彼はますます愉快だと笑う。


「もう! お兄ちゃんが綺麗な絵を描いているから見ただけなのに! 素敵な絵を描いているお兄ちゃんが悪いんだよ!」


 無茶苦茶な論理を並べるが、男の子は気分を害した様子を見せなかった。


「ははは、ごめん。つい膨らんだ顔が面白くって」


 事も無げに私の両手首を掴み、じっと見つめてきたと思うと嬉しそうに笑う。


「絵を褒めてくれてありがとう」


 その顔を見た瞬間、胸がドキッと大きく高鳴った。

 なぜか声が出なくなる。口をパクパク金魚のように動かしていると、どうかした? と言われ、心配そうな目を向けられる。


「あ……う……。えと……。なんでもない! それより手! そう! 手! 手!」


 手がどうしたというのか、自分でも分からない。

 これまで村の男友達と手を繋いだことなんて何度もあり、その時はなにも思わなかったのに……。今は彼に手を掴まれていると思うと、恥ずかしくて嬉しくて……。温もりが気持ちいいなんて、どうして思うのか。初めての感情にまごつく。

 私はこんなに混乱しているのに、男の子は平気そうに涼しげな顔で腹立たしい。恨みがましい目で睨むと、手を離してくれた。


「ごめん。紳士にあるまじき行為だったね」


 私を淑女に例えたからか、自分を紳士に例える。


「……別に怒ってないし……」


 手が離れて嬉しいどころか、ちょっと残念にすら思う。

 やはり私はどうかしている。相反する感情が同時に生まれるのだから。

 妙な沈黙が訪れる。

 ……気まずい。なんだか、とても気まずい! なにか言わなくてはと、とりあえず思い浮かんだことを口にする。


「えっと、この美術館ってすごいよね! いろんな綺麗なのが沢山あって!」

「君もそう思うか? そう、この美術館は国で一番……。いや、世界で一番素晴らしいと言っても過言ではない美術館だからね」


 よほど芸術品が好きなのか、愛国心があるのか、男の子が明るい顔で誇らしげに言う。

 その嬉しそうな顔を見ていると、なぜか私まで嬉しくなってきた。


「ところで美術館以外も、どこか観光する予定が?」

「うん。この後お城を見に行くの。綺麗だってお父さんが言っていたから楽しみなんだ。お城を囲む壁が輝いて見えるんだって! すごいよね! 村に帰ったらお城見たって友だちに自慢するの」


 うっとりとお城に期待している私を、彼は不思議そうな顔で見つめる。


「城を見るといっても中へ入る事もできないから、外から眺めるだけだろう? 自慢できることかな?」

「自慢できるよ! 村はここから遠くて、王都に来れる機会は少ないもん。王都に来たのだって、友だちの中ではあたしが初めてだよ」


 腑に落ちない様子だが、これはもう王都に暮らしている者とそうでない者との差なのだろう。


「お兄ちゃんは王都に住んでいるんでしょう? お城なんて珍しくないと思っているから、あたしたちの気持ちが分からないんだよ。あたしたちにとって王都は、憧れなの。特別なの!」


 少し口を尖らせ拗ねたように言うと、わざとそっぽを向く。


「ごめん……。怒らせるつもりはなかった。確かに王都で生まれ育ったから、当たり前になっているな。驕っていたかもしれない」


 困った顔で頭を下げてきたので、私は慌てふためいた。


「謝らなくていいよ、お兄ちゃん! あたし怒っていないし、さっきのだって冗談だし!」

「……本当か?」


 今度は彼が私を上目づかいに見てくる。


「うん」

「そうか、良かった」


 顔を上げた彼がほっとしたように笑う。その顔を見ると、胸が甘く締めつけられた。

 ダメだ、ドキドキしてきた。一体なにに緊張してドキドキしているのだろう。

 恋を知らないこの時の私は、胸に手を当て自分に落ちつくよう言い聞かせるだけで一杯だった。

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