こっくりさんの代償 3
幸代はあれからしばらくして、目を覚ました。
長い睫毛をふるりと揺らして目を開けた彼女を見つけた時には、足がガクガクと震えた。目を覚まさなければどうしようかと、固唾飲んで見守っていたのだ。日はすっかりと落ち、辺りは既に宵闇に沈んでいる。蛍光灯をぼんやりと写していた瞳に意思の光が宿ると、幸代は目が覚めて開口一番「お腹すいたぁ」と言い放ったのだった。
「……ばか!」
「ふは」
こちらの心配とは裏腹な言葉は流石に受け入れ難く、幸代を怒鳴りつけてしまったまりあを誰も責められはしないだろう。背後で小松が吹き出した気もするが、今は幸代のことだ。とにかく心配した。怖い思いもしたし、なんで軽はずみにコックリさんなんて怖い遊びをしたのか、そのことにも怒りが湧く。
「心配したんだからね! すごく、心配したんだから!」
言い放ってから、唇をきつく引き結ぶ。そうしないと、限界まで膜を張った涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。怒りと安堵と、その両方がない交ぜになって心が千々に乱れる。
「秋山くん、落ち着いて。石田くん、体調はどう? ひとりで帰宅できそう?」
肩に温もりを感じて視線を上げると、すぐ隣に小松が立っている。肩口にあるその手の重みに、込み上げていた感情の塊が解けていくような安心感を感じた。ゆっくりと息を吸って吐き出す。
「はい、ちょっとぼんやりするけど、大丈夫! お腹すいてるぐらいです。まりあ、心配かけてごめんね! 今度、あのまりあの好きなカフェでパフェおごるから」
こちらの心配をよそに、いつもの彼女らしくあっけらかんと口にされる謝罪に、呆れるよりも先に笑いを誘われた。彼女のそういった明るさが好きで、友人になったのだと思い出す。しかし、ここでなしくずしに許してしまうのはどこかシャクだ。
「……一番高いの」
精一杯口を尖らせて、自分なりの抗議を口にする。
「はいはい、仰せのままに」
腕を伸ばして幸代に抱きつき、その無事に涙腺が緩む。震える吐息を吐き出すと、腕の中に感じる温もりをしっかりと抱きしめた。こちらの真摯な様子に気がついた幸代も、しっかりと抱き返してくれる。
「本当に心配したんだから」
「……うん、ごめん」
すん、と小さく鼻をすすると、抱き返される腕の力が強まった。その力強さにほっとして顔を上げると、小松が目を細めてこちらを見ているのに気がつく。
「落ち着いたら言ってくれるかい。僕はちょっと研究室に鍵をかけてくる。石田くん、送って行くから少し待っているように」
思いがけない提案に瞬いていると、幸代は「はぁい」と間の抜けた返事をした。小松はそれを聞き届けると、医務室を出て行く。確かに、小松が送り届けてくれた方がずっと安心出来る。先生としてではない別の一面を見つけて気持ちが少し浮上したが、送ってもらえるのは自分ではない。その事実が寂しいし、どこか心細い。
日が落ちてだいぶ経つ構内は水を打ったように静まり返り、互いの息遣いがやけに大きく聞こえるほどだ。普段は意識しなかった夜の恐ろしさが、じわりじわりと心に侵食してくる。ただでさえ恐ろしい出来事に遭遇したのだから、それは仕方ない。
それからお互いに帰る支度をして、夜の九時ごろ、やっと帰宅の途についた。小松が幸代を送っていくことに対しては、心中穏やかではないのだけれどそれには目をつぶることにする。




