落人伝説 3
S市にあるK山地区にあるM鍋住宅。
そこには、異説の平家落人伝説が伝わっている。
壇ノ浦で難を逃れた5人の平家武将が、悲運の幼帝である安徳帝をより安全な地へ移す為に、約半年間隠れ住んだ里がこのK山地区だと言われているのである。翌年、屋島の合戦が起こり、その時には安徳帝は長門の国に渡ったとされる。
しかし、安徳帝をこの地区へ連れてきた五人の武将たちはK山地区へと戻り、そこへ移り住んだと伝えられているのだった。
「これは異説平家落人伝説と言われている。この地方にはそれ以外にも、落人伝説はそこかしこに語り継がれているけれどね。石田くんがまみえた『やすのり』は、この話に縁があるのかもしれないと思ったんだよ」
「じゃあ、その時の安徳帝縁の何か、っていうことですか?」
「いや、断定はできない。情報が少ない上に曖昧だからね。ただ、どうせお祓いに行くのなら、そういった縁の神社の方がいいかもしれないと思ったんだ」
「へぇ……! 小松先生って、本当に怖い話とか好きだったんだぁ」
まりあと小松がやり取りをしてる中、空気を読まない声を上げたのは、まさに渦中の人である幸代だ。先ほどまでは青い顔をして震えていたのに、少し解決策が見えてきた途端にこうである。
「幸代……?」
つい怒気を滲ませた声を出してしまったけれども、それは仕方ない。まりあからすれば、我慢に我慢を重ねてこの場で話を聞いているのだ。幸代を思えばこそであり、そうでなければここが小松の研究室だとしてもすぐに立ち去りたい。斜め前に座っている古沢が肩を揺らしているから、つい唇を尖らせてしまった。
「ごめんごめん、まりあ。先生、そのアドバイスに従って、今から神社に連絡を入れてみます」
「うん、そうだね。事前に予約をしておく方がいい。金額の相談も忘れないようにね」
「はぁい! じゃ、小松先生、古沢先生、まりあ、お先に失礼しますー!」
幸代はキャンバス地のトートバックを取ると、小松に頭を下げて颯爽と研究室を出て行く。まりあはそれを唖然として見送った。
「へぇ、ちゃんと先生をしているじゃないか」
笑い混じりにマグカップを傾けている古沢の揶揄に、小松を肩をすくめて応えている。窓から差し込む光は赤みを帯び始め、男性ふたりの顔を朱に染める。相談をするために訪ねてきてから、随分と時間が過ぎていたようだ。
ふたりのやり取りをぼんやりと眺めつつ、軽やかに立ち去った幸代の残像に思いを馳せる。確かに幸代は自分と違ってあまり落ち込んだり、しんどいことを引き摺ったりする性格ではない。少し彼女が眩しくて、コーヒーを思い切り流し込んだ。
「そういえば、まりあくん」
「はい」
「君、進学のことで俺に相談があるって言ってなかった? 今からなら相談に乗れるけど」
「本当ですか?」
小松の提案に、今度はマリアが前のめりになってしまう。前言撤回。自分だって案外現金なところがあるのだ。小松の隣に腰掛けた古沢が、さらに肩を揺らしている姿は見ないことにして、「先生。実は……」と食い気味に話し始めてしまうのを止められないまりあだった。




